〈13〉ゲストは丁重に扱えよ
「――罪滅ぼしの闇について」
将希の声に、エルドラムはただ耳を傾けた。
「今の魔王は元人間なんだろ…もしそいつが、その闇になったらどうなるんだ」
エルドラムは表情を明るくすると、人差し指を立てて意気揚々と答えた。
「闇について聞きたいんだね、まずあれが勇者をつけ狙う理由だが…仇である勇者を喰らう事で呪縛の苦しみから解放されるからなんだ。そして魔王が闇化した場合――」
「場合は?」
「女神から渡されている、あの加護だけでは防げない。すでにアシュレオに絡みついている闇までを取り込んで巨大化し…真夜中にアシュレオを食い殺して吸収する。本来ならそれで、目的を果たして無に返還されるが…問題はここからだ。禁忌を犯した勇者の魂を取り込んだ魔王の闇は、そのまま強大な力を蓄えたまま残留する可能性が高い。復活するかもね」
「――え、それじゃあ、倒しても一緒?」
「だから、言っただろう。そもそもあのアシュレオは、最初から勇者失格なんだよ。魔王を倒しても、倒さなくても害悪でしかない。だから我々はやつへの協力を拒んできたんだ」
将希は聞きながら困惑していた。
エルドラムは、そんな顔色を眺めながら会話を続ける。
「ちなみに、ショウキが勇者の権限を得て魔王を倒した場合…夜になる前に向こうの世界に帰れば問題ない。罪滅ぼしの闇は、こちらの世界にだけ存在する概念。この世界の外に出ることはできない」
「…それじゃあ、アシュレオに魔王を倒させようとしていたティファヌンはどういう考えなんだ。いくらなんでも酷すぎだろ」
抑揚のない声で言う将希に、右手のボブが反応を示す。
声をあげると、ティファヌンについての誤解を解こうとしているようだった。
「それは違う!アシュレオが成し遂げた後に考えがあった!だが今は、それが難しくなってしまった…。ティファヌンは女神としての掟を、何度も破りながらもやれることはやった!ショウキが女神に選ばれた理由も、気まぐれや好みだけじゃないんだとオレは思ってる。今の勇者を救える可能性を、一番秘めていたからなんだ!」
「お前ら…マジでなんなんだよ、意味わかんね――」
将希は納得できずに言いながら、妙な違和感に身を捩った。
何もかもが近い、エルドラムの顔を睨みつける。
将希とは裏腹のエルドラムは、高揚した浮ついた笑みで口を開いた。
「――とにかく、これがこの世界の事情。そしてこれから君にやって欲しい事は、とても簡単なこと」
「テメェ…っさっきから、なに触ってんだよ」
エルドラムの冷たい
――ドダッ!!
「あれ?その反応…なんだぁ~男の子でそんな格好してるから、てっきり――」
将希は勢いを付けエルドラムの腹部に膝蹴りを入れ、側頭部へデリンジャーのボブの鋼ボディーを叩き付けたつもりであった。しかし聞こえたのは呻き声でもなく、涼しい声だ。さらに景色は変わり、さきほど歩いていた図書館に戻っている。自身がそこに並ぶ長いテーブルの中央で、無様に腰を折るように突っ伏している事に目を見開いた。
「まあいいや…とにかくショウキには、アシュレオと深い信頼関係を築いてもらった後に…勇者の剣を回収して欲しい。君に勇者の権限を移す為にとても重要で、魔王を討伐するのにも必要なんだよ」
「――意味わかんねぇことばっか言うな!んなこと知るか!」
エルドラムは言いながら、将希の後頭部を片手で押さえつけた状態で腰を密着させていた。スカート越しであるが、
「彼には少し静かにしてもらおうと思って、ほら。君の斜め上」
右手が空っぽな事に驚く将希の様子を眺めおろしながら、エルドラムは声で示した。将希は机上に突っ伏したまま、なんとか顔を横に傾けると視線を上へ持ち上げる。いた、光のオーブに包まれた漆黒のデリンジャーは沈黙したまま宙に浮かんでいる。
「ショウキの家族は、向こうの世界で元気なのかなぁ」
「…っ元気だと、思うけど――」
エルドラムから唐突に言われた事に、将希は戸惑いながら答える。
家族といえば、母親しかいない。
祖母や祖父は健在であるが、最初に頭に浮かんだのは母の「美千代」だ。確認はできないが、いつもと変わらぬ日常を送っている事を願うしかない。
「僕の言う通りにしたら、すぐに元の世界に帰れる…君は今思っているはずだ。ここはなんて怖い世界なんだろうと――」
「――それは…っとにかく、離せ!」
「ねえショウキ、ここ…使えるようにしてあげようか」
ヒンヤリとした感触に、将希は「はっ」と思わず息を吸い込んで全身が強張る。
エルドラムの指が下着の内側に滑り込むと、直に割れ目を押し広げていた。その突拍子もない行動に、声の震えを必死に抑え込む。それから嫌悪を露にし、叫んだ。
「ゃ…ッやめろ!!」
「あのアシュレオは…人を愛せない、だけど家庭の事情ですることはしているよ。そういう関係になってしまえば融通が利くんじゃないかな?勇者の剣の在りかは、我々にもわからない。だからね、気を許したところでさり気なく聞いて欲しいんだよ…」
「そんなん知らねぇしッ…大体…っ俺は男で、あいつだって――」
「――ショウキ、何を言っているんだい?」
「え?」
「好意を抱くのに、性別は関係ないよ。肉体とはそもそも、魂の棺に過ぎないのだから。それに性別という名前が付けられているだけだ…君の世界ではどういう考え方なのかはしらないけど」
「そんなの言われてもわからなっ…い――」
「――今日は使者に会えて、すごく気分がいい。君のことがなんだかとても愛おしくなってきたよ。痛くないように魔法で柔らかくしてあげよう…汚れても、綺麗にしてあげるから…大丈夫だよ」
「…すんなっ、何もしなくていい!このヘンタイ…ッどけ!!」
局部が外気に触れた事により、将希の素肌が一気に粟立つ。
エルドラムは突っ伏した将希の背中に上半身を重ねると、唇を寄せながら耳を
――え、嘘、怖い。
もはや絶望しかない、そう思っていた瞬間だった。
将希の頭上で、硝子細工が粉々に打ち砕かれるような音と共に光が走った。
「エルドラム、そこまでだ。テメェは相変わらず、ゲストへのスキンシップが過剰みたいだな」
これは、ボブの声だ。
それと同時に、エルドラムへ流星のような光の雨が降り注ぐ。
周囲で積み上げられていた本が被害を被るとバラけて散らばり、紙吹雪のように舞っていた。エルドラムは将希の身を解放して飛び退き、魔力で形成した強固なバリアを展開する。それは透けた球体で、表面には麻の葉の模様が張り巡らされていた。
そして休むことなくボブが放っているのは、光の弾丸――
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