エンド・アンド・ビギニング
さてと。予定よりも少し時間は掛かったけど、ようやく肉体と意識の主導権を取り戻せた。私は重い瞼を開いて、マスターが数舜前に保有していた記憶と現状とのすり合わせをした。
「…これじゃあ、介入しようにも出来ないな…」
隊長があのバニーガールとマスターの親友クンを一人で相手取り、紗季っちが田仲とタイマンでやりあっている。
私が介入すれば。田仲は秒で片が付くだろうけど、隊長達はそうもいかないだろう。現在も、粉塵を巻き上げながらド派手に戦っているのだ。お互いの位置すらもまともに把握できていない上に双方共に相当な手練れだ。今まで通り力任せにとはいかないだろう。
「でもこのままじゃ隊長も紗季っちもジリ貧だな…。いっその事、私の命一つで見逃してもらおうかな?でも、それだと隊長達は最後の最後まで抵抗してくるよなぁ。どうしよ」
そんな事実に追い討ちをかけるように、マスターと入れ替わる事によって起きた私の弱体化が伸し掛かる。
「物体の状態変化にはエネルギーが必要だけどさー、こんなに必要なの?酷すぎない?」
エネルギーを失い過ぎている今の体じゃあ、精々三分以内の戦闘が限界だ。汎用人型決戦兵器とは違い、私には電力供給ケーブルは接続されていない。同じ兵器と呼ばれるものなのに一体何なのだこの格差は。
最初から分かっていたけれど、解決方法はやっぱり一つしかないっぽい。そりゃ、私だってそれを選ぶのは嫌だった。だから、隊長達がジリ貧で倒される前に別の手段を探した。
けど、見つからなかった。
ハイリスクハイリターンなモノはあった。私が隊長とバニーガール達の戦場にカチコミしに行き、奮戦の末勝利を手にする。なんてものは。
だが考えろ。途中で体力が切れたら、それで倒れて、隊長が私を庇ったら。私が死んで、マスターを道連れにしてしまったら。
そもそも、弱体化している私が、通常時でも倒せなかったマスターの親友クン相手に勝てるのか?
あの片方を潰せるだけの力があると言う前提が瓦解してしまったその時から、私はリスクにばかり目が行ってしまった。
大きすぎるリスクに心は囚われ、一人も死なないという手段にのみ固執した。
そして見つけた、見つけてしまった。
もっと良く、丸く収まる方法もあったのかもしれない。だけど、そんなことを考える時間も、余裕も私には残されていなかった。
そして、第一ここにはいてはいけなかったという事に気づいた。
「…うっし。犠牲は絶対、出させない」
私はその場からぬくりと起き上がり、土埃舞い上がる戦場の中心部へと向かっていく。
「――――!?――――紅里?!」
「な、…何で死んでないんだよ死にぞこないが!」
「酷いなー、そんなに私が生きていて不思議?」
何だか紗季っちはそんな事考えて無さそうではあるけど、田仲がごもっともな質問を投げかけてくれたのが少しおかしくて、真面目な解答をする気が失せてしまった。どちらにせよ、真面目に解答する気なんて毛頭なかったけど。
「おーい、何だかDQNそうなバニーガールとその部下くーん!話をしよう‼︎」
「宣戦布告と受け取っても?」
「何故いる?!早く逃げるぞ、紅里!ッ?!チッ、包囲してたのか…!」
その必要が無いのがこの場に限って少し寂しい。その覚悟を固めるかの様に、いつの間にかこの中学校の全校生徒数に勝るとも劣らない程の箱舟の騎士がこちらを包囲している。控えめに言って詰みだろう。
「質より量ってか…。僕たちにこれ全部を消費するだけの価値を見出してくれたってか?」
「そうですね。で、唯の状況も理解できない阿保か、それとも阿保の皮を被った勇者さん。話なら聞いてあげましょう」
「ありがとうございます」
会話が成立した事にある程度衝撃を受けたが、ここは喜ぶべきだろう。切り捨て御免、となっていたら目も当てられなかった。
あの上司からどうやってあの部下が生まれてくるんだろう。育児放棄して迷惑を被ってるのはこっちなんだけどな。
「一応、和平交渉なんですけど」
「和平…?笑わせないでください。私達は、この友田君の為だけに動いているのではなく、組織からの命令を受けて動いているんですよ?和平なんて、あなた達がこの場で自決でもしない限り実現しません」
「まぁまぁ、そうと言わずに。そちらにとっても悪い条件ではないはずですよ?」
「喋るな!悪夢風情に発言――――」
「――――良いでしょう。和平交渉なんて馬鹿げた事を言って私を楽しませたことに免じて、発言を許します」
女王陛下か何かのつもりなのか?と上から目線の態度にムカつきながらも、茫然としている友田クンにざまぁしてやったぜと晴れやかな心持ちへと変化させ、頭を切り替えて切り出した。
「率直に言います。私がそっちに付くので、どうかこの場は見逃してくれませんか?」
「紅里?!何を言っているんだ?!」
「え、ちょ紅里?!どういう事?!」
「ッ貴様ァアアアア!お前は、そこまでして俺の居場所を奪いたいのか!」
「…………」
正しく三者三様の様相を為した(バニーガールだけ無表情無反応無口なのでノーカウント)が、これは私の言い方が悪かっただけだろう。言い方を変えても、結局はここに辿り着いてしまうのだけど。
「つまり、貴方は第四大隊を裏切り、箱舟の騎士の一員になる。その代わりに、この場では第四大隊を見逃してほしいと」
「そういう事になりますね」
「正気ですか?話にもなりませんね」
「えー?そこまで言わなくとも良いんじゃないですかねー?」
不味い。口上は日常の一コマのような自然さで取り繕っているが、内心では滝のような冷や汗をダラッダラ流している。
交渉決裂、となればどちらかが死ぬまで戦い続けるしかなくなり、その上こっちの勝率はかなり低いと来た。
私は誰かに突き動かされているかの様に焦っていた。
「まず、貴方を受け入れるメリットがありません。戦力的が不足しているという訳でもありませんし、まあ捨て駒が一つ増えたと考えるのなら良い事ですが、裏切りのリスクを内包させる訳にはいきません」
「それを言われると痛いなー。でもさ、ぶっちゃけ言って私がそっちを裏切る理由無くない?」
嘘半分、本気半分を孕む暴言を隊長へごーとぅーさせる。
「それはどうしてですかね?お仲間さんと、散々仲良しこよしで過ごしてきたようですが?」
「私の存在理由であり存在意義である、そして同時に私にとってこの世で一番大事な存在であるマスターが生きてさえいれば、別に居場所何てどこでも良いのさ」
「マスターとやらはこちらの攻撃で死んだらしいですが、よくそんな組織に身を置こうと思えますね?そんなに第四大隊を庇いたいのですか?その涙ぐましい努力を踏みにじる身にもなってください。面白過ぎて腹が裂けそうですよ」
笑いもしていない癖によくそんな事を言えるな腹黒が、と言っても仕方が無い、だが我慢しなければいけない暴言をすんでの所で堪え、私は感情のこもらない笑顔を作りながら言葉の刃を握る心に力を込める。
「ほー、腹裂け女ですか。微妙にいそうでいなさそうな妖怪ですね。まあ、そんな属性までくっ付けたら属性てんこ盛りになっちゃいますけどね、あなた」
「そうそう、下らない話はこれまででいいですか?これ以上の時間稼ぎには恋人でもあるまいし付き合うつもりはありません」
「つれないなぁ?どうしてもそっちに入れてくれないの?」
女が連れないなら、元々マスターを箱舟の騎士に誘っていた親友クンをダシにしてやる。
「バニーさんにその気がなくとも、そっちの男の子は違うようだけどねー。マスターの親友で、箱舟の騎士にも誘ってた友田クンは」
「黙れぇえ!お前が、俺を呼」
「へぇ、じゃあマスター死んでも良いんだ?」
「?!…あいつは、もう」
死んだと思っているわけですか。そうかそうか。私にとっちゃそりゃ非常に好都合。その上、隊長達はマスターが生きていると思ってるわけだから、私に忌避感を持ってもらうのにも絶好のチャンスだ。
「ちょっと待ってくれ、紅里。さっきから何を言ってるんだか全く分からないんだが」
「おやおや?仲間内で生贄を決めてからの行動じゃなかったんですか?はぁ、仲間を自らこんな態度にさせるなんて、どうやらその脳までそのご自慢の筋肉で出来ていたそうですね」
「部外者は黙ってい」
「部外者じゃないよ、隊長。ここでは誰もが、関係者。私が主犯で、全員共犯だよ」
犯罪者が誰かと言えば、取り返しのつかない罪を犯した私以外いないのだ。
「…第一、何故あの元ガスマスクとゲヴェーアは優斗が既に死んだみたいな言い回しをしてたんだ?さっきまでここにいただろ?」
「は…?そんな馬鹿な。俺の前で、優斗は」
「え、ちょ、何で優斗が死んでる流れになってるの?」
「おや、死んだのではなかったのですか?」
全員が優斗についての話題で持ちきりになっている中で、気分はどうだ田仲?マスターの記憶は私に喰われた時に同期したからなぁ、お前が犯人だって分かってんだよ。
「全員正解に半分足を突っ込んでるけど、半分は違うなー。全身致命傷塗れのマスターが、それでも何故か辛うじて生きてて、だから死なない内に私の体内に保存しておこうって思ったわけ」
「…じゃあ、優斗は死んでないのか」
「そう、私のマスターは未だ、死んではいません」
友田クンと田仲が、別々の思惑を持ちつつも緊張が途切れたのか、地面に膝をついた。友田クンに至っては泣き始めてさえいる。バニーガールは一人、静観と決め込んでいるようだ。
これからは、最もつらい仲間の説得、及び切り離しの時間だ。
「でも、それはお前が人質になる理由にはならないだろ!」
「…人質?違いますよ。私は第四大隊を裏切って、箱舟の騎士に付くと言っているんです。見逃してもらえるのは元仲間のよしみだからですよ?」
「そんな訳が無い!お前は、お前なりの方法でここに馴染もうとしてくれていた!何より、お前は杏子と颯斗に自分を仲間だと心から認めさせた!そんな奴が裏切る訳がない!それともなんだ、杏子と颯斗の目は節穴だったとでも言いたいのか!」
はぁ、コレだから元仲間は。切り離そうと、突き飛ばそうと言葉の刃を握る度に、じくじくと握るための心が痛くなる。
何がお互い傷つかない、だ。見えない所で血は流れ続けているっていうのに。
「そうだよ。私の本質を見誤っていたんだよ、みんな。私にとっては、マスター以外は等しく道具でしかない。マスターを幸せに生かすための道具でしかね。第一、私はそういう存在な事を忘れてたんですか?」
「じゃあ、ここは、第四大隊は優斗を全く幸せに出来ない場所だったって言うのか!?」
「そうですよ?だって、マスター死にかけちゃったじゃないですか。あなた達のせいで。役者不足だから、新人だから、こんな危険な任務からは多少強引にでも引き離すべきだった。それをしなかったのはあなた達の思い上がりと傲慢だ」
僅かに感じていたほんの少しの悪意を、何百倍にも増幅して隊長にぶつける。
そんな悲しそうな顔をしないで、隊長。知ってるの?増幅させるのにも大量のエネルギーが必要なんだって。
私だって、この悪意の鉄仮面を保つだけで精一杯なのだ。
「それは、…」
「何も言えないでしょう?だから、私はこっちに付く」
「でも箱舟の騎士には、優斗に致命傷を負わせた張本人がいるだろう!いくら何でも危険すぎると思わないのか?!」
「任務で仕方なく、でしたよ、隊長。あなたの、傲慢で怠惰な考えによるものではなかった。この間には、超えることが出来ない溝がある」
そして今、私と第四大隊の間にも溝ができ始めている。こんな言葉の羅列だけでも人間関係は溝を生成できるのだなと、少し衝撃を受けた。
「もういいでしょ?まだ理由は必要?」
「…わけ、ないだろ。」
「何が無いんですか、隊長」
「行かせる訳ないだろう!紅里!お前を失う訳には、いかないんだ!」
「…」
あぁ、これだから天然モノの主人公は困る。みんなの思いっていう精神論で最終的には戦ってくるから、心を壊さないと諦めてくれない。
幸か不幸か、心を壊せるか検証済みの事実がある。こんな職業柄だから、多少は耐性があるかも…いや、だからこそその苦しさがわかるか。
「私ね、人、殺してるんですよ」
「ッ、…」
「それも、朝ごはんを食べるのと同じように、腕を引きちぎって喰って。そしたら死んじゃってました。私に生きる価値、あると思います?あぁそう、このまま生き続けて罪を償うんだなんて陳腐なことは言わないでくださいね。私にとって最優先はマスターであり、死者じゃないので」
多少話を盛りはしたけど、このダンマリ具合からして効果覿面だろう。
私は「だからもう第四大隊にはいられない」と続きかけた口を噤み、バニーガール改めゲヴェーアの方に向き直った。
「で、まだその固い意志は変わらないのかい?」
「…うーん。人殺しが今更社会復帰できるわけないから、組織に入れてあげない事もないけど、私としては幹部からの推薦って事にしたくないなぁ。面倒を見る人も必要だし。ねぇ、友田?」
「ッ!…はい。俺があの悪夢を推薦します」
「面倒、見てくれるかい?」
「…この命を賭けて」
この中で最も私を憎んでいるはずである友田が私を救うとは、何とも皮肉な話である。それも、命を賭けてまでの特別待遇だ。
家畜以下だ、と檻にでも入れられるのかと思っていたのだけれども。
「では、自己紹介お願いします。悪夢さん?」
「はい。私は夢さ…悪夢。悪夢とでも呼んでください」
「ほう。では、紅里改めて悪夢さん。箱舟の騎士に戻りますよ。第四大隊の隊長さん。今はこの子の願望に免じて逃がしてあげるので、残りの人生を有意義に過ごしてくださいね」
名は捨てた、なんて事をいう派目になるとは思わなかった。でも、今の私にこの名前を名乗る資格はない。人殺しに躊躇が無くなり、保存と言う名目で欲望のままにマスターの体さえ喰らった私が名乗る資格は。
「まだだ…まだ戦ってやるよ、ゲヴェーア!僕を、僕の仲間を舐めるな。こんな雑魚共を何匹も送り込んだ所で結果は変わらないって事を、教えてやるよ!」
「あらまあ。悪夢さんが頑張って勝ち取った停戦なのに、それをこんな形で無駄にさせようとする人がいるなんてねぇ、不思議ですねぇ、そっちは彼女の事、仲間だと思っていると思ったのに」
「ああそうさ!だがな、この戦いは無駄じゃないって事を教えてやるよ…!人殺しの罪を背負っているのが自分だけだと思うなよ、紅里ぃいいいいいいいいい」
ふざけないで欲しい。何で、そこまでして私を助けようと、いや、壮大な自殺から突き放そうとしているの?やめて欲しい、いや、やめろ。
こんな自分の事が大切になって、自分を大切に思う人がいて。
食人鬼と化した私が、死ぬのが怖くなるのは、いやだ。
自然と足が動く。自然と?私の意志は元を辿ればマスターに集約している。けど、マスターは
ならこの足は、誰が動かしている?
「…ッ、さっきから、どういうつもりなんだ。紅里」
「どういうつもりも何も、悪夢に悪以外である事を求めますか?」
「お前が悪夢であると僕は一時たりとも思った事はない」
「私はいつもそう思ってますけどね」
抜剣し、隊長の喉元に剣先を突きつける。同時に隊長も、巨大なハンマーを私の頭の一寸上で止めている。
「はぁ、そんなに私が欲しいんでしたら、置き土産でも作っておきますよ」
「自分ごと置いておいて欲しいんだけど、僕の願いに沿ってはくれないのかい?」
「ちょっとだけなら、良いですよ…がはっ!」
「おい!?」
口から一気に血を吐き出す。もうこれで後戻りなんてできやしない。いや、人を殺してしまったその時から後戻りなんて、この世に強大な力と不安定な精神を持って生れ落ちてしまった時点で、後戻りなんてできやしなかった。
私の自殺計画、第一幕の開演だ。
「ごふっ、どうせ、隊長は私と次会った時、戦う気なんてないんでしょ?だから私さ、正しい関係性であれるような置き土産をあげるよ」
「今からでも遅くない、そんなことはやめるんだ!」
「もう遅いんだよ!もう、責任から逃れるのには遅すぎたんだぁあ!」
裏返った声で、それでも叫ぶ。そして私は、紅剣を大上段に構え、そのまま自分の胸へと振り下ろした。
収納目的で、こんな大ぶりするわけないと分かっていたのか、隊長が身を挺して止めようとする。でも、もう遅い。
そう、全ては遅すぎた。
「ご、ばぁ、が、ぐは、っが」
「紅里ぃ!」
「おやおや?もう新入生さんは死んでしまったのでしょうか」
私の背を貫通するでもなく、でも血は私の胸と背から流れている。ここから先は、私が何もしなくとも自動的に行われる。
――――ぱきぱき、ばき
「っあああああああああああああああああああああ!」
「おいっ!?」
「ち、かよ、る、な」
音を立てて裂けた背から、何か得体の知れないものが出てくるように隊長達には見えているだろう。だが異変に気付き、こちらに顔を向けた友田には違って見えたようだ。そりゃ当然か、だって、あれほど大切に思っていた
「っ」
「っはぁぁぁぁぁあ。ようやく、置き土産の完成だよ」
「…これは、この人は一体何なんだ?」
この時ばかりは、誰もが静かにしていた。隊長と紗季は恐怖を伴った疑問から、ゲヴェーアは単純な興味から、友田は一縷の望みから、田仲は慕う人の姿を一時でも多く心に留めるために。
私達を包囲している箱舟の騎士共も、少しは空気を読んで静かにしているようだった。
「夢咲優斗。その完全な
「「「…は?」」」
こんな状況でも、指を指して笑ってしまいたくなるアホ面が三つ。だがまあそんな顔をしてしまっても仕方がないだろう。
「こいつを、隊長達に託すよ。私がマスターの体を修復し終わったら、そいつで私を殺して。そうすれば、マスターは復活出来るよ」
「…意味が、分からないんだが。何で、お前を殺さないと優斗が復活しない?」
「ッ、お前を殺して済む話なら今すぐにでも殺してやるッ!」
「マスターの体の修復、終わってないよ。最低でも、五年は掛かると思う」
「…」
「私は体を修復することは出来ても、吐き出す事は出来ない。修復が終わった頃には、私の体と一体化しちゃってるんだろうね」
怒涛の情報量を叩きこんで混乱させたところに、一番重要そうに一つの事を教え込む。使い古されている詐欺師の常套手段のような、けれども未だ有効であるようなそれを使い、私は自殺を成功させる。
私なら、出来る。
「だから、この世に生を受け、死ぬ定めにはなかったマスターの命と、その思いだけで作られた命なき人形。救わなきゃいけない方は、わざわざ天秤に掛けなくとも分かるよね?」
「…僕が救わなきゃいけないのは、その両方だ」
「それが無理だっていってるから、それを渡したんだよ?あ、それを渡したのは、途中で優斗を助ける気が無くなっちゃわないように、っていうのと、いずれマスターと同期するそいつには、マスター本人が体験する機会を失ってしまった五年間を、補填してもらいたかったんだよね。一応、マスターの記憶とか性格とかは全部とはいかずとも受け継いでるから、本人とほぼ同じだと思ってもらって構わないよ」
「僕に優斗を助ける気が無くなるなんて事は、ない。同時に、お前を助けないなんて選択肢も、ない」
「私にとっての助けであり救いは、死であるっていう事に気づいて欲しいな」
全部本心ではあるけど、心の奥底ではまだ何か、言葉に出来ない感情が渦巻いている。不思議なものだ。人間じゃないのに。私こそが、人間の模造品なのに。
「じゃあ、さよなら。隊長。行こう、ゲヴェーアさん」
「おや、涙ながらの挨拶はここまでで良いんですか?」
「良いですよ。これ以上留まっていても、余計な迷いが出るだけです」
「よろしい。――総員撤退!本拠地に戻るぞ!」
私は一度だけ振り返った。
隊長と、その後ろで模造品を抱えて茫然と私を見ている紗季が見えた。
「――絶対に振り返るな!今の僕とお前は敵同士だと言うのは、お前が決めた事だろう!だけど、次会う時は!必ずお前と敵対しないで済む方法を見つけてやる!その時まで、お前は僕たちのラスボスとして一番奥で立ちはだかっていろ!僕は、絶対に諦めないからな!」
「――ありがとう」
――ありがとう、さようなら
口の動きで伝わったかどうかは、もう振り返るのを止めた私には分からない。
後ろは振り返らない。
私の自殺計画は、まだ始まったばかりなのだから。
~~~~
背中がざらざらする。瞼がすごく重い。音も鈍くにしか聞こえないけど、人間の声がする。人間?なんで、人って言わないんだろ。なんだかよそよそしい。
「――――斗、優斗!」
音が聞こえ始めて、誰かの名前を呼んでいるのが分かった。その、ゆうととやらの名前には体が勝手に反応した、具体的には瞼が上がったから、僕の名前なんだろう。
なんだろうってなんだ。記憶喪失なのか?
僕は自然と上がった瞼を気力で持ち上げ、まるで生まれて初めて目を開くというぐらいしょぼしょぼしている目を、光に慣らした。
そして視線の先には、一人の女の子と、一人の大男がいた。
「優斗!…良かった、生きてる…」
「守ら、ないとな…」
頭の奥で、うん、とか、言えって、ガンガンと警告のようなモノが流れている気がする。だから、ぺったりとくっついて重かった唇を離し、奇妙な感覚のする少し高い声で僕は言った。
「さむい」
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