分身と魔術を携えた親友討伐(準備)
いくらオタクだからって、現実世界で小刀を掲げて「魔術です!」と言い張るのは少し無理があると思う。
「所長、疲れていらっしゃるんですね。偶には休息を取る事も大事ですよ?」
「え?それを仕事を全部部下に任せていた俺に言うか?」
「自覚あったんなら自分でやれ!」
思わず叫んでしまった。おかしい、一応今、僕ら以外碌に動ける人がいないというかなり危険な状況ではあるのだが。何故僕は所長にツッコミを入れているんだ?
「っと…。気を取り直してね。大連さんに大切なソレを壊されちゃたまったもんじゃないから」
「壊すなんて真似はしないよ。…ただ、途方もなく不愉快なだけだ。そんな人の願いをエネルギーに燃えるようなモノは」
小刀はどうやら、人の願いをエネルギーに燃えるものらしい。ソウルイーターの感情版か?
「この『魔術』は、俺の知り合いである夢中症候群の『魔術師』が作り上げたものなんだ。代償を支払って対価を得る。等価交換の願望器と言った方が簡単か。まぁ、君が思っている願望器の様に、人類の救済やら歴史の改変やらの人の身には余るような、おおそれた事は出来ないけどね」
「そんな事でなくとも、疑似的な不老だったり念動力だったりと、人間一人では到底不可能な事を可能に出来るがね。まぁ、
隊長が一部だけ語気を強めて吐き捨てるかの様に言った。不老は人類が永く追い求めて来た夢の一つであるが、それだけの事となると、支払われる代償も相当なものなのか。そもそも、代償とは何なんだ?
「あの、説明されてるようで説明されてないような、僕からしたらフレーバーテキストの音読を聞いてるような感じなんですけど、もうちょっと具体的な説明ってないですか?」
「ありゃ、後輩とも言えないような年齢の子に説明不足をダメだしされるとは…俺も堕ちたものだな」
あんたの自作フレーバーテキスト(自分用)なんて聞きたかねぇんだよ!何で悩まし気に手で髪をかき上げてんねん。あんた金八ちゃうやろ!
「僕の後輩は置いておいて、代償ってのはね、優斗。そのまんまの意味さ」
「こっちも駄目だった…。八方塞がりとはまさにこの事か」
僕がエセ関西弁に突如変貌した謎のテンション急上昇は、隊長すらも頼りにならなかったという絶望感でジェットコースターの様に一気に下げられた。
上げて落とすとはまさにこの事(勝手に上がって勝手に落ちました)。
「いや、適当に言ったんじゃなくて、本当にそのまんまの意味なの。まあ、代償って言葉には意味が三つあるけど、『ある行為を成し遂げるために払う犠牲や損害』ってのがここでは正しいな」
「そのぐらいは分かりますよ!だから、僕は何を支払うのかを――――」
「――――何かだ。自分が認め、魔術が認め、世界が認めた。その魔術の対価を得るに相応しい代償だ。この小刀、『魔術』を作った魔術師は、記憶や経験を代償に様々な対価を得ていた」
記憶や、経験…。それは、辛い記憶や経験も、代償に為しうるという事か?
「だが、記憶や経験を無くすのには断じて反対だ。だから、僕はその小刀を真っ二つにしてやりたいと心から思っている」
「いくら先輩だからって、こんな貴重な物壊させませんよ。俺の唯一にも等しい護身道具なんですから」
「何を言っている?この研究所そのものがお前の護身道具だろうが」
辛い事を代償にして、幸福な対価を得る。実にクリーンな循環だろう。だが、辛い事も代償に出来るという事は、価値があるという事なのか。自分には分からないが、大いなる存在が認める価値が。
「記憶や経験は人格の元となる部分だ。つまり、魔術は使えば使う程、個人としての性格や特徴を失っていく。肉体を代償にする場合もあるが、その場合は二度とその部位は使えない。例え義手や義足だったとしてもだ。だから僕はこんな邪道な力に頼るべきではないと言って「でも、自責の念を感じちゃってるんですよね、彼」…い、る」
隊長が言葉に詰まる。所長の言葉によって僕の感情はまたぶり返した。僕さえいなければ、何とかなったのかもしれないのに。
本当の答えは分かっているにも関わらず、湧き出てくる無限の可能性が鬱陶しくてしょうがない。
「ちょっと前まで無力な一般人で、今も紅里が居なければ一般人とそう変わりはない彼が、「自分さえ~」とか思っちゃってるんですよ?普通、そういう子供がいれば導いてやるのが大人の務めだと思うんですけど?どうですか、先輩?」
「だがそれは魔術を渡す理由には!」
「あのガスマスクから呼び出しを受けているのは
そう言えば、僕ってまだ全然子供か。この国の定義だと、まだ余裕で少年じゃないか、僕。
「だから、普通に考えて戦闘能力とかが総合的に一番高そうな紅里ちゃんを連れて行くとして、紅里ちゃんが戦闘している間にそれこそウチの紗季みたいに攫われたらどうします?優斗に何の抵抗する手段も持たせておかないんですか?そりゃあちょっと、危険すぎるでしょう」
「それなら、僕が隠れ潜み、相手が油断した隙に一気に叩き潰すというのはどうだ?」
「脳筋にも程がありますよ。良いですか?相手は『個』ではなく『群』です。それこそ隊長が出て来た隙を狙って、襲い掛かって来られる可能性だってあるんですからね」
群。前に紅里が切った(?)
「それに、来いと言われているだけで、紗季がいるとは一言も書いてはありませんよ。相手側は、和平交渉のつもりで代表として優斗を呼んでいるのかもしれませんし」
「なら何故紗季を攫うんだ…!」
「はぁ、流石にそこまで考えが及んでないと僕の方がびっくりしますよ?どうせ奴ら、仲間の一人でも攫わないと交渉のテーブルに乗りすらしないって思ったんでしょうね。というか、大丈夫ですか、先輩?僕でも理解できているような事を聞いてくるだなんて、らしくないですよ?」
隊長は、いくらか平静を欠いているように見える。脂汗が額を通り、呼吸も荒い。
「紗季を仮面を被ったダークヒーロー気取りの雑魚如きに攫われた自分に、途轍もなく腹が立っているのさ。それに、その魔術にもな…」
「じゃ、魔術を使って冷静にしてあげましょうか?」
「…遠慮しておく」
僕の自責の念と、隊長の自責の念。言葉で表せばどちらも同じ意味なハズだが、僕には全く違うように思えた。
「安全を重視するなら隊長と紅里と魔術を連れて。あちらとの交渉を重視するのならば紅里だけを連れて。全面戦争をするなら、俺の所の職員全員たたき起こして武装させて向かわせますが」
「最後はまず危険すぎるから却下。箱舟の騎士の連中の頭は我々と全く違う構造をしている事を考えると交渉は不可能、もしくは決裂して即座に戦場へと早変わりする可能性がある。よって却下。だから、僕と紅里と連れて魔術を持って行くのが一番安全ではあるのか…」
そう言えば、安全を重視(安全を四肢欠損するまでと定義した場合)するのならば、あの言語中枢がぶっ壊れる代わりに凄まじいパワーを得られる、ある意味現代の魔術は何故候補に挙がらなかったのだろうか。
「『BB』は使わないんですか?いざという時を考えた場合、瞬間的に超絶的な力を得られる『BB』が一番安全だとは思うんですけど」
「死にたいの?死にたいなら別に使っていいよ?死ぬけど。まあ、今は材料も調合時間も確実に足りないから無理だね。盗まれないように一回作るごとにぶっ壊してたし。今頃畑の肥料になってるはずさ」
どうやら使ったら言語中枢以前に死んじゃうらしい。なんてこった。薬の既製品も、中学生の検索履歴の如く毎回消去されてしまうんだった。
あと畑の肥料の下りは流石に実行してないですよね、所長。
「『BB』は使わない、っと。先輩、大体こうすればいんじゃね?的な事は纏まりましたが、どうしますか?一刻を争う事態なんですよね?」
「僕を急かすな!…自分でも分かるぐらい、僕は今焦っている。一刻を争うような緊張感の中、何か致命的なミスをしているんじゃないかって。だから、ちょっと考えさせてくれ…」
隊長の真剣な顔を見つめ、僕は思った。
「あれ、そう言えば、紅里ってまともに動ける状態なんでしたっけ」
「「あ、やべ」」
致命的なミスが見つかり、隊長の不安が一気に解決された瞬間であった。
また、遥かにそれを上回る紅里復活への不安が誕生した瞬間でもあった。
~~~~
「あれが…紅里ちゃん?あんなに明るい子が石像みたいに微動だにしていないなんて、俺からすれば違和感の塊なんだけど」
「右に同じ」
「以下同文」
意見の合致は早かったが、それだけ違和感を抱きやすいものだったと思う。遠くから見ても、胸、瞼などの生きている限り動くはずの器官が動いていないように見られる。
だが、夢中症候群の『夢』という性質上、致死以上の傷が出来たとしても僕の血肉を喰らって復活するはず。だが、紅里は僕を襲おうという素振りは一切見せていない。よって、紅里の精神上の問題だと考えられる。
「おーい、おーい。まさかこんな所で寝ているとは思いたくないが起きてるかー?」
「所長にその剣を盗られたくなければ早く顔を上げてくれ」
「…うへへへへh?俺は今、何を?!」
一人でに手をワキワキさせて、隊長の警告の前に紅里の体をぴくっと反応させた所長は社会に出せないタイプの
業界からの取り合いが生じるに違いない。
というか、自身のマスターの言葉よりも、変態の変態的行動に対する防衛本能の方が優先されるってのはどうなんだ。貞操観念が強い事は別に悪くはないが。
「おい、そんな間抜け面さらしてないでさっさと職務を全うしろ」
「こいつって紅里にだけ当たり強くありません?」
「同年代だと話しやすいってのはこういう事か…」
「インザユアワールド?」
僕の言の通り、紅里と随分な間抜けな面をしていた。多少、こんな状況なのにハイになっている所長への困惑も含まれているだろうけど、僕と同じように自責の念に駆られていたんだろう。
どちらかと言うと、隊長が抱いていたものと同じような。
「紅里、お前はさっきの事を悔やんでいるのか?」
「…そうですよ。私は『夢』。人間程度軽く蹂躙出来る力を持っていたはずなのに、多少鍛えた程度の人間に易々と逃げられた。本当、役立たずにも程があります――」
ここで僕がどうするか。そんな事は決まっている
「――だぁあがそんな事は僕にとってどぉおでも良いんだよぉお!人間に逃げられた?人間とお前じゃ物事から逃げて来た歴史がちげぇんだよ!役立たずだと?よく僕を前にしてそんな事を言えたもんだな!だからな、紅里!」
全否定だ。
「そんなに自分を下に見るな!お前は強い、だから奴は逃げた!本当ならお前にとってアイツは役不足なぐらいだろう!それともなんだ、僕に対する嫌味なのか?!」
紅里は僕に珍しく褒めちぎられているせいか、「何を言っているんだ」みたいな、ぽかーんとした顔でこちらを見ている。
自発的に仲間になりたそうな目でこちらを見てくれれば楽なんだけどなー。
「…ふふっ、確かに、私がそんなに自分を下に見ちゃうと、マスターの自己評価が相対的にどんどん落ちちゃいますよね。それで私の自己評価も下がる、悪循環ですね」
「そうだ。現代社会は悪循環を社会から消し去ろうと努力している最中なんだからお前も努力しろ」
「社会と私を同列に並べてもらっても困りますけどね…」
そう言って、紅里は陽光を受けて輝く一筋の涙をその紅の瞳から落とす。
僕は勿論慌てる。強くものを言い過ぎてしまったかと思うと同時に、それほど離れていない場所で一人番人のようにみんなを守っている颯斗にバレたらどうしようと思った。
ただじゃすまないどころか目から紅の液体が溢れ出る可能性だって捨てきれない。
それ以前に女子が泣いている場面に遭遇した事なんてないから対処法が分からない!教えてくれよ僕の半身…!
「す、すまん。強く言い過ぎたか?」
「え、何で謝ってるんですか?もしかしてあなたはマスターじゃなくて所長が秘密裏に作り出したホムンクルス?」
「何故そうなった!」
「…先輩、俺って人体錬成に手出してそうに見えますかね?」
「ん?うん、全然見えるけど?大体『BB』作ってる時点で手遅れだとは思わなかったの?」
「俺、そんなに手遅れだったのかな。いつから道を間違えたんだろう…」と項垂れている所長は兎も角(そもそも救いようがない為)、紅里の涙は止まる事をしらないかの様に流れ続けている。
「いや、だってお前、泣いてるじゃん」
紅里は「何を言っとるんじゃ」と今にも言わんばかりの不審そうな顔をしていたが、自分の頬を触ると目を見開いた。感覚神経が死滅しているのか、はたまたそんなに自分の心に自信があったのか。
「ハハハ…。まさか、よりにもよってマスターの前で泣くとは。嫁に行けません」
「純潔を汚されたみたいな言い方するな!人聞きが悪いし、僕は無罪だ」
「でも謝って来たのはマスターの方じゃないですか」
「うぐっ…」
何を請求されるか分かったものじゃない。いや確かに、心当たりがないかと言われればあるが、泣かれる程のものだっただろうか…?
「じゃあねぇー。どうしましょうかね。私の涙腺の損害賠償は高くつきますよ?」
「涙腺に損害賠償があって堪るか…」
というか、「若者っていいっすね」「そだね」みたいな目で見るな所長と隊長!所長なんて永遠に自分がマッドサイエンティストだったという事に気づき直してショックを受け続けちまえば良いんだ!
「でも、払わないとそれはそれでマスターはもやもやするんじゃないんですか?」
流石半身。僕の事を良く分かっていらっしゃる。だからたいかはできるだけかなえやすいものがいいなー。
「じゃ、某作品の某家が作った某魔術儀式みたいに…」
「もうこの時点で使われてるネタな気がするし、寒気が止まらないんだけど」
嫌な予感が止まらない。所長と隊長だって、「頑張れよ」「頑張ってね」みたいな目を向けている。…そう思うんだったら助けてくれればいいのに。
「使い魔に対する絶対命令権みたいに…」
「もう出し渋るの止めない?もう覚悟決めてるの」
「マスターに対する絶対命令権を三つ要求します!」
してやったり、みたいな感じでピースすな。…あれ、涙止まってる?じゃあ僕、体の良い感じに騙されただけ?
所長と隊長を見た。笑顔が見えた。
僕は言った。
「所長、魔術持ってるんでしょう?貸してください。ちょっと赤い汚れが付くかもしれませんが、洗って返すので」
「…怨念とか情念とか吸い取って呪術用品になりそうなので却下」
「ア゛?」
「子供は出会う最初が一番かわいいのかァー!」
ショタに目覚める現役変態がここに一人。自分が一番呪術用品になりそうだという事に気づいていないんだろうか、この人は。
「勿論、法外な要求とかはしないので安心してください!多少、マスターの羞恥心が焼き切れたり、血を吐くような思いをするだけですから」
「ねぇ、僕が元なら分かるでしょ?多少ってどういう意味なのかさぁ、分かるでしょ?」
「アレ?シラナイ娘じゃないんですか、私」
「めんどくせぇええええええええ!」
こいつって、召喚当時からこれだったっけという変貌具合だった。まあそれだけ、僕の性格もより良い方(快活と言う意味。決して紅里の性格ではない)に転がったという事なのだろうけれども。
「ま、さっそく一回目を使用しましょうかね。ふふふ、マスターに命令する従者…。背徳感溢れる言葉ですねぇ。ゾクゾクしてきました」
「お前登場する作品間違えてるんじゃないの?三歳ぐらい」
「否定はいたしません。だって想像するだけで興奮が止まらない」
「やっぱコレ無しって事にはできない?」
…スルーされた。同年代のスルーと後輩のシカト程辛いものはない。
いい加減、所長と隊長は動いてくれないものだろうか。
「じゃあ…一つ目の命令権を以てマスターに命ず」
「…」
怖い。何をされるか分からなさ過ぎて。僕の半身なのだから、三つしかない命令権をケチって絶対に使わないと思ったのに…。
「今から私が良いと言うまで目を閉じて棒立ちしなさい」
「…?!?!?!」
僕は最後に、「あとは任せました」という、諦念で満たされ一周回って虚無と化した目で隊長達を見、棺桶にでも入るつもりで目を閉じた。
「おい先輩。これが噂のアレか。あれなのか。」
「僕ら非モテ独身組が人生で前にも先にも経験しない事だろうね~」
「…言ってて悲しくなりません?」
「もう直ぐ
「嫌な未来ですね~」
…煩い二人のおっさんに気を取られ始めるぐらいに気が散り出した瞬間、草を踏み分けこちらまで歩いて来る足音が聞こえた。
紅里は僕から離れた所で命令権を行使したから、紅里のモノだろう。
高まる緊張感により、僕の鼓動は自分でも分かる程高くなる。何を期待しているんだ、僕は。くだらない。
「…ッ?!」
「…ふぅ」
抱き着かれた。
…は?
意味が分からない僕はどういう理由を以て抱き着かれたというかこの状況は本当に抱き着かれているのか正確にいうならハグと言うべきなのかだけどそんな事を三十歳でもない思春期真っ只中の青少年である童貞の僕が分かり得る事ではないだが接触している肌の感覚と首に回されている手によってこれはハグだと思われるだが僕がそんな事をされる道理も義理もないというかこれはきっと幻想だろうだからこんな感触があるに違いないというか(以下同文)
女性と話したとこが母親とぐらいしかなく、免疫が一ミリもない脳は意味不明な謝罪文やら否定文やら肯定文で僕の思考回路を埋め尽くした後、声が聞こえた。
「…良いよ」
そこには、顔を赤らめて下を向き、だけども決して目は外そうとしない。内またの女の子がいた。
というか、紅里だった。
この公式から導き出される答えは?
「え、ちょっと、マスター!?」
Answer:わずかに鼻血を出しながら倒れる。
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