魔性から見た怪物



ごめんなさい投稿忘れてました。

――――――――


 結局昼休みの後、午前と特に何ら変わった事は無く授業は進み、私達と合流したのだと。優斗は言っていた。

 特に何か変わった事があったら困るのだが。


 この依頼は、私―月花杏子げっかきょうこ―の経験則から言わせてもらうと、比較的簡単だが、精神的な負荷が多く掛かるモノだと睨んでいる。

 目の前で紅里ちゃん、いや紅里たんの方が良いかいやでも嫌がられたらどうしよう嫌われるのだけは嫌だ…ゴホン、紅里ちゃんと戯れている優斗を見た限りでは、この依頼に耐えられると思う。

 そう思ってきて、上手くいった試しが殆どないから、私とはやちゃんがここにいるんだけどね。


「じゃ、隊長が借りてるアパートにこのまま直行ね。ここから直ぐ近くだから、その間はお互いが見ず知らずの他人を演じてね」


 同じ家に向かう時点で相当怪しいのだとは思うけど、前後左右を彷徨っている心ここに在らずと言った様子の生徒たちにそれを考えるだけの判断力が残っているとは、どうしても私には思えない。

 多分彼ら、し。


 ――――ピーンポーン


 一人一人別々に帰宅し、全員が家に揃った事で無意識に張られていた緊張の糸が切れたのか、紅里ちゃんと優斗は少し眠そうだ。

 そりゃそうか。私達にはもう、は出来ないから、少し羨ましくはあるけど。


 閑話休題


 隊長が台所からミカンを持って来た所で、今日一日を通しての報告会が始まった。

 報告会と言っても、今日は学校中で特に大きな騒ぎが無かった為、普通の学校との相違そうい点を見つける、という非常に簡単なモノだった。


 だが、世の中に真に簡単なモノなどいくつあろうかと言わんばかりに、私達の前に問題が立ち塞がった。それは、紅里ちゃんの発言により暴かれた。


「あれ?そう言えばこの中にまともに学校に通った人っていましたっけ?」


 空気と表情と余裕が凍り付いた。

 私は小学校を中退したし、はやちゃんに至っては小学校にすら通っていない。頼みの綱であるように思えた優斗ですら、少ししか学校に通っていない為、殆どの事を覚えていないとの事だ。

 絶望だった。

 この中に本当の常識人がいないと気づいた瞬間でもあった。


「こういう時こそ、僕を頼ってくれて良いんだよ?」

「いや、隊長が学校通ってたのは何十年前の話でしょ。そんなに時間が空けば物事なんて結構変わるから、とてもじゃないけど参考にはならないわよ」

「…僕も年を取ったなぁ。未だ独身だけど」


 何だか悲しくなってきた、とぼやきながらミカンをちびちび食べる隊長は意識の外に置いておく。正直言っては悪いが今回隊長は当てにならない。

 さりげなく隊長の分のミカンを貰いつつ、私は考えた。これ、詰みなのでは?と。


 流石に、ほぼ全ての男子生徒が心ここに在らずと言った表情をしているのは異常だとは分かるのだが、それ以外はおかしいのか分からない。


「と、取り合えず、今日一日を通しての報告をしよう!相違点は…後でどうにかするしかないなー」


 暫く各々が持っているクラスの事を話し合うが、常識が分からないので今は何とも言えない。

 それにしても、調べる対象の女子中学生―確か、新妻希星にいずまきららと言ったか―は、異常に持て囃されていたいたような。

 それこそ周りに催眠術が掛かってるんじゃないかってくらい。


「あ」


 突然、優斗が「うっしゃ閃いた」と言わんばかりの速度で顔を上げ、背中で爆睡していた紅里ちゃんを勢いよく叩き落した。


「?!敵襲?!」

丹沢たんざわさんの所を頼れば良いんじゃないんですか?」

「でかした優斗ォ!」


 そうだ、その手があった。丹沢さんの所には私と同年代くらいの子も何人かいた。流石にその子とかなら、学校に通っていたハズだ!


「はやちゃん!丹沢さんに電話かけて!」

「もうかけてる!」

「弟が優秀過ぎぃ!」


 はやちゃんは私の意志でも読み取っているのだろうか?本当、私には勿体ないくらいの優秀な弟だ。だからと言って、手放すつもりはさらさらないが。

 それ以前に離れないだろうし。


「私が出るね。――もしもし、えー、ドリアの社長の丹沢彰洋たんざわあきひろさんでよろしいでしょうか?」

「はい、洋食だと思われがちですが、実は日本発祥の食べ物であり、しかし作ったのは日本人ではなくスイス人な美味しい食べ物ドリアのファミリーレストランの事を言っているのではないのならこの会社であっています!」

「…?今、丹沢さんは不在なんですか?」

「所長はですね…」


 私がスピーカーモードに変更した電話から流れる声によると、丹沢さんだけでなく、ドリアに勤める人々は今総出で出れないらしい。


 襲撃があったそうだ。


「襲撃って…!」

「――颯斗」


 私の一言で、動き出そうとした紅里ちゃんと優斗の首元に、黒く艶やかに輝く刃が提示された。そのまま動けば、命の保証は出来ない程の距離だ。


「――なん、で?!」

「今の私達に何が出来る?大体、人の話ってのは黙って聞くものなんだから、黙ってなさい」

「…」


 私だって気が気じゃないのだ。丹沢さんにお世話になった回数は、両手の指の数で数えるには何時間もかかる程ある。


 だが、襲撃は既に行われた。今行ったとしても、戦う事しか能のない私達に出来る事など、全くないだろう。


 自分の無能具合に腹が立つ。


「一応、会社の敷地内にいた人たちは全員無事です。怪我をした人も多数いますけど、軽傷で済んでいます」


 この場にいる全員が肩の力を抜き、安堵のため息を吐いた。重傷が一人でもいたら、依頼どころの話ではなくなっていただろう。


「襲撃者は、化け物染みた身体能力から恐らく『箱舟の騎士』だと思われるんですが、上に、全身ローブと顔全面を覆うマスクで、人型ではありますがそもそもです」


 確かに、あの組織ならそうだとしてもおかしくは無いだろう。ドリアに監視カメラが無いのは、監視カメラに映る前に必ずトラップに嵌るからだし。


 そして、ドリアの現状を説明してくれている女の子が、少し、いやかなり不可解な事を口にした。


「襲撃者は、社宅棟と経営棟に侵入したのにも関わらず、。ただ、離れた実験場テストルームだけは爆弾で破壊されましたけど」


 おかしい。襲撃者の目的は何だ?最初は、所長が秘密裏に開発しているという、噂の新兵器かと思ったのだが、それならデータや設計図が盗まれていないとおかしい。

 理解が出来ない。


「それで、何故ドリアに電話を?また何かご入用ですか?」

「あぁ。私…いや、優斗と同年代くらいで、小学校と中学校に通ってる子で、手の空いてる子って、いる?」

「…?条件だけなら、私は当てはまりますが?」

「じゃあ聞かせてもらおう!」

「?!?」


 これからしばらく、私は彼女に尋も…質問を繰り返した。


 約三十分後、私は電話を切り、いくつかの情報を手に入れた。

 あのクラスの中心にいた生徒、新妻は異常という認識であっていたそうだ。手の空いていた彼女曰く、


「いやいやいやいや。クラス中の男子がぞっこんだとか、そんなのあり得ないですよ。絶対振られて玉砕する奴とかいて、それで高嶺の花になるでしょうから。とんでもない美少女だったら話は別かもしれませんけど、別段顔面偏差値が高いって訳じゃないんでしょう?」

「顔面偏差値…?まあ、アイドルをやれるか、やれないかの境を彷徨うような感じかな?」

「そんなの学校に二、三人はいるでしょう。異常ですね」


 との、事らしい。優斗の話にあった、「女子の悪口が一極集中している」というのも、それが原因で間違いはないとの事だ。


「それほど難しい依頼ではなかったんだけどなぁ。この依頼」


 私の思っていた以上に、現状は狂っていたらしい。経験則から言わせると、狂った状況を作り出すような奴ほど、周りを巻き込みやすい。


「怪我人を出さないようにしたいんだけどね…」


 かなり厳しそうだ。

 だが、今横でじゃれあってる紅里ちゃんと優斗、それにそれを少し楽し気に見るはやちゃんを見ていると、そんな事はどうでも良く思える。

 実際、どうでもいいのかもしれない。


「よし、今日は早めに寝て明日に備えるぞー!隊長ー!夜ご飯は?」

「ヤンニョムチキンと後なんか!」

「よーしその間に風呂入っとくぞー!」


 優斗と紅里ちゃんを老婆心で風呂に一緒にぶち込み、私とはやちゃんも後に一緒に入り、ささっと出て、ささっとご飯を食べて、泥のように寝た。


 出来れば、このメンバーが欠けるような事は起きて欲しくないんだけどね…


 ~~~~


 職業主人公の夢咲優斗です。なんだか、何時もなら僕が解説王主人公を務めてるパートを盗られた気分だ。

 別に世界が突如小説化したわけじゃないけど。

 そんな気分だった。


「眠い…」


 僕がこんなぐてーっとしているのには理由がある。教師から教わる内容は新しいモノが殆どなのだが、教師側も生徒側も上の空で、授業が全く楽しくない。

 だから眠い。


「大体何でこんな授業でこいつらは平然としてんだよ…人間味が薄すぎる」


 今だったら、授業中に寝る奴不真面目な奴の気持ちが非常に分かる。つまんねぇ。

 僕が無意識に刺激を求めたが故にか(主人公補正は本作品は持ち合わせておりません)、隣の教室から女子の悲鳴が上がった。


「悲鳴…?いやでも、これが常識かもしれない。周りも特に反応してないし、大丈夫か」


 どちらかと言えば、隅っこでぼそぼそ呟いている僕の方こそ大丈夫ではないだろう。


「一応、準備はしようかな?」


 無意識に、手が竹刀袋という名の何か銃のケースに伸びるが、さっと引っ込める。これを下手に使えば、あっと言う間に正体がバレる。

 今流行りの異世界にいるのに魔法が使えない系主人公とかみたいに。


 ――――ってよぉ!


 微かに、隣の教室からまた声が聞こえた。昨日とは違ってやけに煩いなーっと思いながら、何でこんなに小さな声がよく聞こえる?と疑問を抱き始めた時。


 教室の男子(僕とぼっち君中谷君を除き)が一斉に立ち上がった。

 そりゃもう軍隊みたいに勢いよく立ち上がった。そして、隣の教室に猛ダッシュで駆けて行った。もちろん、先生も。


「…?????」


 意味が分からん。何が起きたというのだねドラ〇もん。僕は君に説明責任を追及しているのだよ。

 …落ち着くか。


 一旦正気に戻って周囲を見ると、全員が男子が出て行ったドアを茫然と見つめている。どうやらこれは、やはり異常事態の枠に入るらしい。


 もはや選択の余地は無いように思えた。


「嘘だと言ってくれよパトラッシュ…!」


 僕は銃ケースを抱え、逆方向の扉を使って廊下に出た。


 絶句した。


「「「「「「「イィィイイイイイイイイイイヤァ゛ア゛アアアアアア゛!」」」」」」」


 教室に入りきらない量の人数が、教室に突っ込もうとしてドアに突っかかり、絶叫を上げている。絶叫を上げる程って、どうなんだよ。


 彼らが洗脳されているとしか思えない。


「おい貴様、正気を保っているな?早くその銃を出せ」

「颯斗君?!」

「何だ。私がここに居て、正気を保っているという事に文句でもあるのか?」


 無いですと言うかそんなこと言ったら颯斗君僕殺せるでしょというか殺すでしょ。要するに、びっくりしました。


 心臓に悪い事はやめましょう。


「貴様のその腕は何のためにある。とっとと銃を出して窓ガラスを撃て。威嚇射撃をしろ。そして敵の髪の一房でも持っていけ。その間に私と姉さんが奴を捕縛する」

「お客様いくら何でも注文が多すぎるのでは…」

「銃のトリガーを引いて、デカい的を割って、その先の床にすら当てる事が出来ないのか?愚図が」


 私共の業界でもそれはご褒美とは呼びませんのでご容赦のほどお願いいたします。


 という事で、状況が良く分かりませんが発砲することになりました。

 先ほどの平和な空間が嘘のように狂気に染まっていく中、僕はめちゃくそ重い(この銃しか持った事ないから分からない)銃を取り出して組み立て、教室の外に広がるコモンスペース(コモン=共用部分)に設置した。

 照準を床に合わせ、構える。


 銃を扱う腕は殆ど初心者その物だが、一センチ四方の紙を撃ちぬけと言われているのでもないのだから、何とか出来るハズだ。


「敵は貴様に背中を向けている。気づかれるような事は無いだろう。恐らく、銃を撃たれ、振り向いた瞬間を姉ちゃんは狙っている」

「つまり、失敗しても最悪大丈夫だと?」

「命の保証はしないがな」

「全力で取り組ませて頂きます」


 そう言えば、紅里はどうしたんだ?この異変に気付いていないはずは無いのだが…


「撃て」


 ――――パァァァン


 乾いた音が鳴り、窓ガラスは粉々に砕け、床に弾痕を刻んだ。

 誰もが注目し、黙り込んでいた。


 その隙を、姉さんが見逃していたわけが無く――


希星きららァ!」


 ――意識を狩るべく繰り出された剣の柄は、それを見ていた男子生徒によって遮られた。


 代わりにその一撃を喰らった男子生徒は、当たり所が悪かったのか、泡を吹いて倒れた。


 教室中の全員の視線が、床に刻まれた弾痕から男子生徒、そして姉さんに移り変わった。

 その視線は、恐怖と憎悪に溢れていた。

 姉さんが庇うようにしている女子生徒でさえ、そうであった。


「あの人マジで誰?」「あの人怖いんだけど」「転校生らしいよ」「ストレスでやったの?信じらんない」「人気絶させるとか映画の中だけにしとけよ」「私達巻き込まないでくんないかな」「お前がこいつを庇ったせいでこんなのになったんだろうが」「責任取れんのかよ」「慰謝料払えよ」「無駄にされてるこの時間にもさぁ」「金だけで許されると思うなよ」「転校して浮かれた結果がこれかよ。お前なんか少年院にぶち込まれちまえ」


 暴言の嵐。台風の目は、姉さん。自分が庇った女子生徒からも畏怖を浴びさせられて俯き、黙り込んでいた。


「よくも貴様ら勝手に喋りやがって…!姉さんがどんな気持ちで動いているのか、一かけらも理解してない癖に…!」


 目に殺意を滾らせて、手はリュックに入っている武器を探っている。今は、何とか抑え込んでいるという状況だった。


 僕だって、何も思っていない訳じゃない。少なくとも、この学校の奴らよりは姉さんの事は分かっているつもりだ。

 だが、出会ってから一週間もしていない僕が、分かったような事を言う資格があるのか。


 わからなかった。


「何なの…?本当、何で倒れちゃってるの?何で血が出てるの?何で私に刃向かった奴を庇うのがいるの?おかしいよ、みんな、私の味方なハズなのに」


「お前、死ねよ」


 まるで息を吐くかのように自然に吐かれた毒は、姉さんに幾分かの動揺を持たせるのには十分だった。


 誰かが走って姉さんの腹を殴った。

 倒れた所を、決壊したかのように四方八方からの人の波が埋め尽くす。あんなのを喰らったら、中心にいる人間は押しつぶされ、死んでしまうだろう。

 そんな事故が、過去にあった。


「姉、さん…?」

「姉ちゃんなら大丈夫だ。奴らを粉々にして切り裂いてぐちゃぐちゃにしてから喰ってやりたいのは山々だが、姉ちゃんの『夢』なら一撃必殺の豪速の一撃でもないかぎり必ず避けれる。安心しろ」


 颯斗君が抱く安心感は、姉に対する絶対的な信頼から来ているモノだ。そういう面から考えると、やはり僕は完全に信頼出来てはいないのだなと、思わされたりする。

 颯斗君もちょっとは動揺していたが。


「逃げちゃったみたいだし、止めちゃって、みんな」

「「「「「「「「「「「「「うん」」」」」」」」」」」」」


 ここから微かに聞こえるような小さな声で、ワラワラと蠢いていた人の波は一気に引き、潰されて体に青あざが出来ている生徒も平然と立ち上がった。


 まるで痛みなんて気にならないかと言うような彼らの行動に、生物として怖気がした。他人の為に、死の危険性があるような物事を平然と行えるのは、生物として失敗作で、異様だ。


「じゃあ、次は銃を撃った奴を倒そう。この学校に、私を狙うような怖い人なんて、要らないよね?」

「「「「「「「「「「「「そうだね」」」」」」」」」」」」


 聞こえた瞬間、鳥肌が立った。次のターゲットは、僕らなのだ。颯斗君は逃げる手段があるだろうけど、僕はこの銃を取ればただの一般人だ。人殺しなんて出来ないし、かと言ってやすやす殺されるわけにもいかない。どうする…?


「颯斗君、どうすッ!?」

「逃げるに決まってんだろバカが!」


 これじゃあどっちが年上なのか分からない暴言によって、僕は竹刀袋(笑)を持ちながら、既に狼と化した颯斗君に引きずられていった。


「あ、銃がっ!」

「銃と自分の命を天秤にかけてみやがれ!」


 実戦の時の意識が違う。モノに拘る一般小市民的な思考ではなく、自分の命を最優先に考えるという意識の持ちようが。

 初の依頼なのだから、もう少しお手柔らかくしてもらいたいものなのだが。

 現実はそうはいかなかった。


「チッ、既に包囲してやがったか」

「ざんねーん。戦う前に気づいたら負けてたって気分はどう?狼さん」


 僕らが姉さんが殴られている場面に意識を囚われていた間に、十数人程がベランダを通して抜け出して、僕らの逃げ場となる道をを封じていたのだと。その女子生徒は高らかに言う。

 最初からバレていた。


「それにしても、狼になっても喋れるなんて凄いね。前にもけど、そこまで綺麗に変身出来てなかったよ?」

「…私の前に、私のような人が来た、だと?」

「うん。そうだよね、みんな」

「「「「「「「「「「「「そうだよ」」」」」」」」」」」」


 あの女子生徒が主犯なのだろう。彼らを洗脳だかして、姉さんを殴らせたのも。


 殺すか。


「確かぁ、第三大隊のなんちゃらって言ってたっけ?まぁいいや、どうでも良い」

「あのクソ共が…!余計な事ばっかりしやがって!…それは兎も角、お前、自分の立場ってのは理解できているのか?」

「うん。私が勝者で、あなたが敗者。違う?」


 あぁ、こいつの為に時間を使うだなんて、颯斗君も立派なもんだなぁ。さっきまであんなに溢れていた殺意を押し殺して、そんな事が出来るなんて。

 僕には無理だ。


「…戦闘職じゃないな。きっかけがあって、変質したという感じか」

「さっきから良く分からない事を言ってるね、君。そもそも、私に従わないって時点で理解が出来ないけどね」


 お前以上に意味の分からない事を言っている奴が居るか。あぁ、そのよく回る口を閉じさせたい。出来れば、永久に。

 銃は奪取されているので使えない。ゴミ捨て場の決戦(笑)の時の様に、そう上手い具合に木製バットなんぞが転がっている訳もなく、武器と呼べるものは持ち合わせない。


 …あぁ、でも、一つだけあったか。


「では、取り押さえさせてもらう。今降伏すると言うなら、痛い思いはせずに済むが。どうする?」

「アハハハハ。勝てると思ってるんだ。凄い自信だね。あと、降伏?そんなの、するわけないじゃん。私は、


 姉さんは無事だろうか?実際に喰らった攻撃は男子生徒の腹パン一発だったが、中学生でも体重を乗せればそこそこの威力のパンチは打てる。

 手加減なしともなれば、かなりの力だろう。


 知らない環境で、家族同然に優しくしてもらったり、教えてもらったりした存在が傷つけられて、耐えられる人って、いるんだろうか?

 やり返すだけの力を、持っていながら。


「では、――――死ね」

「殺しちゃえ」


 手のみ人の姿に戻し、カバンから『影刃』を取り出した颯斗君と、また高波の様に襲ってくる男子生徒と男性教師。

 そして、勝利を確信している顔で、教室の方へ振り返る女子生徒。名前は、何だっけ。希星きららか。僕なんかは眼中にないと言わんばかりに、どこか優雅に教室に戻る。


 その面一発は殴りたかったが、そのような力は僕にはない。残念ながら、今回はお預けだ。


「やれ、紅里」

「御意」


 ――――ザシュッ


 突如として現れた人影に切りつけられ、何が起きたのか理解できないと言った顔をしながら、血を撒き散らしながら倒れる希星きららとかいう女と、アホずらかきながら倒れ込む男達に自分が潰されたという事実が。僕の最後の記憶であった。


 …最初は兎も角、二つ目は酷すぎないか。

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