事後承諾
「――?!――!―――――!?」
何だよ、煩いなぁ。僕は疲れてるんだ。さっきまで戦っていたのだから、ちょっとぐらい休ませてくれたっていいじゃないか。
戦っていた?誰と?何のために?
そうだ、僕は依頼を受けていて、その最中に意識を失った。
何でだ?
「―斗!大丈夫?!」
「殺すぞ」
首元にある手の冷たさと、殺気の籠った声により、僕は跳ね起きる他無かった。何となくではあるが、意識を失った直後より生命の危機を感じた気がする。
「痛っ?!」
「無理しないでね?!…でも良かった。意識を失ったなんてはやちゃんから連絡されたから、最初の任務から何しちゃってるのよって思ったけど、そこまで深刻そうじゃないみたいね」
「私がいながらこの体たらく。死んでも死にきれない」
「大丈夫だよ。私もちょっと動揺して、動けなくなっちゃったから。はやちゃんにダメだしなんて出来ないよ」
「姉ちゃん…」
いつの間にか、話の中心であったハズの僕を放って二人だけの世界を生成しだす月花姉弟を前に、僕は意識を失う時に痛めたのか、跳ね起きたと同時に背中に激痛が走ったのであった。
まるでそれをトリガーとするかのように、記憶が段々と蘇ってくる。
姉さんが殴られ、颯斗君が
「そうだ、紅里はどうしたんですか!?あの時、僕は、あ、あ」
「ん?紅里ちゃん?今は優雅に隣のベッドに転がって爆睡してるよ?」
「…」
そういう事じゃなくて、でも確かに安全の確認という面では知りたかった情報ではあるのだけれども。
「僕は、あいつに命令して、あの女を――――」
「気にしなくていいよ」
「気にするな」
姉弟は、口をそろえて言った。だが、そんな事を言ったって、不慮の事故でもなんでもなく、僕が明確な害意と目的を持って行った事だ。あいつがいくら悪くても、許されるような事じゃ――――
「
「精々、多少の貧血を起こしているぐらいでしょうね」
「…は?」
あの時、僕は確かに目にした。紅里だと思われる人影が剣を振るい、あの女の背を切り裂いた瞬間を。
毒を以て毒を制すと言わんばかりに、魔性の女に向けられた魔性の魅力を放つ刃の切れ味というか、威力と言うか。それを僕はよく理解している。何せ頭上で鉄骨を両断されたのだから、理解できない方がおかしいとも思えるが。
「私もその瞬間ははっきりと捉えはしたのだが」
「私も、流石にそりゃ不味いって思って、駆け出しはしたんだけどね」
「傷は無かった」
「あたりも血まみれだったから、目にはっきりと映るくらいの大きな傷じゃなきゃおかしいんだけどね」
そうは言われましても。
それでもなお知らないというのならばお手上げだ。
出来れば、必要な時に必要なスーパーパワーが覚醒する便利性能であると良いんだけど。
「経験上、こういう現象は三つのパターンに分けられる」
「…三つも、可能性があるんですか?」
「夢中症候群の総人口舐めないでよね。一つ目は、目に見えない程の速度で切って、血は出たけど傷口が開かないタイプ。むっちゃ怖いよ、対戦すると。いつの間にか全身血だらけだもん。二つ目は、切ったっていう幻影を周囲に見せるタイプかな。でも、今回はちゃんと血が残っちゃってるから、コレは違うと思う」
じゃあ、三つ目だろうか?紅里がそんな超高速で剣を振るえるのなら、あの、
「三つ目は、
「…それって、僕がチキンって事ですか?」
「いやいや。他の二つは、殺し合いを心の底から楽しんでる頭のねじが外れてる奴だったり、周りを騙すがの好きだったり、隊長が嫌いそうな人格の持ち主が持っている傾向だからさ。消去法的にそうなのかなって」
確かに、隊長だしね。そんな奴は嫌いそうな気はする。…過去の僕は明るめの引きこもり陰キャだったと思うが、それは隊長的にどうだったんだろう。
「ま、未知の斬撃方法かもしれないから、今のところは何にも言えないね。とりあえず、本人に聞かない限りは」
「アウェイク!紅里!」
「…むにゃむにゃ。アウェイクじゃなくてウェイクアップですよ、ますたぁ」
ネコかお前は。お前のせいで姉さんは幸福そうな笑顔で硬直するわ、颯斗君は「煩いぞ貴様」と目で見下してくるわで大変なんだぞ!
現状に猫の手は借りたくとも、お前の手だけは借りたくない。
猫に負ける手の価値とは如何に。
「はぁあ、で、引きこもっていてその時間を勉強にそこそこ費やし、自分は勉強が出来ると思っていたけれど、結局ろくに英語も喋れなかったマスター。私に何のようですか?」
「ろくに英語も喋れないという点においては最高裁に持ち込むまで抵抗をしたいところだが、紅里。お前はどうやってあの女を切った?」
「…ちょ、優斗!ごめん、紅里ちゃん。私たちは、責めているつもりじゃないの」
紅里は一瞬不思議そうな顔をし、長々と三分ほど俯きながら頭を揺らした。姉さんが「大丈夫かな?泣いちゃったのかな…」と心配そうにつぶやき、僕が視線によって氷像になりかけた時、紅里は顔を上げて言った。
「…切ったって、一体いつの話ですか?」
「「「…は?」」」
驚天動地、心慌意乱。僕らの頭の上にははてなマークがポップコーンメーカーの中を跳ねるポップコーンの様に生まれている。
最初から最後まで実行した張本人が、それを覚えていない。これはどういう事だ?
「あのー、いくら私がボケキャラだとしても、今回ばかりは驚かれる方が困るんですけど…」
「いやいやいやいや。紅里ちゃん、優斗を担いで合流した時の事、覚えてないの?」
「え?!私、マスター担ぎながら移動してたんですか?マスターの意識ありましたか?!」
「…な、なかったけど?」
「良かった~」
まるで僕に意識があったら見境なく人を襲っている(小学四年生が辞書を開いた時最初に探す言葉を突き動かす三大欲求の意)かのような発言だが、それは今は置いておくとしよう。
…置いておくだけで、忘れはしないが。亀甲縛りで済むと思うなよ!
「じゃあ、あの時紅里ちゃんの意識は無かったの?」
「意識がなかったも何も、私、この話の流れに混乱せずに付いて行けている時点で凄いと思いますけどね?だって、教室で待機してたら
意識が、なかった?
「一部始終何が起きたのか見えていた私が言えることだと、お前が天井から急に現れて、主犯の女の背を切った。そして、その後男子生徒と男性教師が茫然と立ち尽くしている中を掻き分け優斗を救出。そしてお前は私の後ろにぴったり付いてきた、という訳だ。理解できたか?」
「What is he saying?」
「こんな時だけ英語やめろ!」
思わず声に出てしまった。だが、紅里がちゃんと声を出せているという事は、多少は理解できているという事なのだろう。
知らんけど。
「はぁ~、まさか、確認依頼でここまで色々新事実が出てくるとはね。下手くそな奴でも、君らに比べれば出すボロは少ないよ」
「え?確認依頼って何ですか?」
「隊長は甘いからねぇ。外には厳しくしているって本人は言うけど、子供には甘いんだ。私の作るお菓子よりも断然ね。だから、新しく入って来た子は、全員簡単な依頼を受けさせるんだ」
さっきの和やか(記憶騒動でとてもそうとは言えないのかもしれなかったが、今と比べればだ)な空気が一転。どこの寝室かは知らないが、この部屋にはベッドに腰掛ける姉さんから、不穏な空気が漂っていた。
病院であるならば病院の経営陣の皆様申し訳ありません。ちょっと経営費がいつもに比べて多くなる可能性が大です。
「そして、そこで敢えて私達がやられるフリをして、新入りの子を命の危機ギリギリまで追いつめる。そこで私達を襲うなり、隠していた強大な力を覚醒させるなりすればクロだね」
「前者は兎も角、後者は――――!」
「突然得る強大な力は、大体の場合、未成熟な精神に宿る。未成熟な心を持つ者が、その強大な力を振り回せば。そしてその強大な力が振るえる環境にあったとするならば。無駄な犠牲が生まれるかもしれないじゃない?爆弾と同じなのよ」
――私と隊長とはやちゃん。この三人で過ごせている平穏な日常を、自らが招き込んだ爆弾で壊したくないのよ。
その声に万感の思いが込められているのが、関りが決して長くはない僕でも容易く分かった。この家族を、僕たちという不穏分子を招く事で失いたくないという事が。
「でも、それって卑怯じゃないですか」
「何だと貴様…!」
颯斗君が目じりを吊り上げて怒るが、その程度で止まるぐらい、僕は部外者ではないつもりだ。僕にとっても、ここは第二の家族なのだから。
「引きこもりの生活をずっと送ってきて、その中に手を差し伸べてきた姉さんたちは、僕にとっての光であり、救いであったんですよ…?!自分たちで一度招き入れたんだから、その言葉と手に希望を抱けたのだから!僕が抱いたその希望を!無駄にさせないでください!」
今更再び悲鳴を上げ始めた背中を無視し、溢れてくる思いのままに。あの日、姉さん達にも、他の人から見ても軽かったとしても、僕からすれば何よりも重く、何よりも大切だった言葉を胸に抱きながら。
「黙れ!貴様らに、私達が過ごしてきた過去の何が分かる!私と姉ちゃんが、どんな思いで隊長と三人で過ごしてきたかが――――!」
「お前が黙れよ犬っころ」
聞き覚えの無い、暗い声が部屋に響いた。僕も、あまりにもいつもの本人の声からかけ離れていたから分からなかったが、あいつだ。もう一人の僕――――
「過去の何が分かるだって?何も分かんねぇに決まってんだろ。過去なんてものは見ても聞いても所詮は昔の事。分かる訳がねぇよ」
「ならば――――!」
「今大切なのは、
「…それに何の関係がある」
「関係あるよ。そりゃもう大ありだよ。人生百年時代と言われる今、お前は人生の約十パーセントしか生きてない訳。分かるよね?そのぐらい」
「舐めた口を利いておいて…!後悔するなよ小娘ッ」
颯斗君の手が横に置いてあったカバンにかかる。対して紅里は見透かしたような目で颯斗君をベッドの上から見下ろすだけだ。カバンから『影刃』が姿を覗かせた瞬間、キィィィィンという金属音と共に影刃が弾き飛ばされた。
「姉ちゃん?!何故!」
「良かった。姉さんはちゃぁんと分かってるって思ってたよ」
「…まあね。君たちにだって正当性はある。こういう話し合いの場に武力は不要だよ。はやちゃん、ここでの武器は言葉だ。決して、刃なんかじゃない」
隣の壁に弾き飛ばされた影刃と、それを弾いたナイフが突き刺さっても、僕は気にも留めなかった。何故か、紅里が自分の目指すべき姿に見えて仕方が無かった。
…今は、悪役の様に気持ちの悪い冷笑を浮かべているが。
「じゃあ話を戻すよ?さっきからお前は、人生の十パーセントしか生きてない癖に過去に拘り過ぎなんだよ。九十パーセントある未来はどうした?お前はその十パーセントに縛られて、残りの九倍以上ある人生を生きていくのか?」
「それ、は…」
「未来に目を向けろよ。今お前が一番大切にするべきモノは、過ぎてしまった過去じゃなくて、これから迫り来る未来だ。私だって姉さんの言い分は分かるよ。けどさ、過去と何も変わらない未来なんて、意味あるの?惰性に生き続けてさ、何も変わらなくて。言ったら悪いけど、そんな人生なら今この場で死んでも、早いか遅いかだけの違いでしょ」
紅里の言葉はきついが、確かにそれは事実だ。紅里と同じ立場にいるから味方になろうとしているのかもしれないが、感じさせられる何かがあった。
当然か、自分の分身が、これまで言いたかったけど言えなかったことを形にしてくれて。すっきりするわけだ。
「…そんな事は、ない」
「へぇ?そう?でもさ、結局原点回帰させて言わせてもらうと、私達みたいな爆弾を制御するために、あんたたちの、第四大隊の隊長がいるんじゃないのかな?そうでしょ、隊長?」
紅里が、後ろを向いて背後の空間に向けて喋りかけた。そんなに都合よく隊長がいるわけが無いだろうと思っていると、こんなに騒いだのにやけに静かだなと思っていた背後のカーテンが開かれ、開かれたカーテンから隊長が出てきた。
「僕がここにいるの、いつから分かってたの?」
「うーん、颯斗君が動き出した瞬間にですかね。凄い速さでカーテンの奥の影が揺らめいたので、あ、いるなと」
「さすがだね」
気づけていない僕がおかしいのだろうかと思っていると、颯斗君と姉さんが茫然とした顔で隊長の事を見ていた。
良かった。この常人が一人もいないグループの中で、随一の
というか今更だが、同室にカーテンがありベッドがあるとなると、ここは病院なのか。突き刺さったナイフを見て一言。合掌。
「で、隊長が今までのOHANASHIをご清聴しました感想は?」
「うん。君らの入隊は僕が決めたことだし、別に入り続けていて構わないよ」
「よしゃぁー!マスター、勝ち取りましたよ居残る権利を!」
「なんか嫌だな居残る権利って!」
「あ、要らないんだったら別に大丈夫ですけど?」
「お前ホントに性格悪いな!」
「自虐ネタはやめといた方が身のためですよ!」
語り手一転
私は、
だが、はやちゃんが手を出し、紅里ちゃんの話に少し納得してしまっていた自分がいた時点で、このまま話していても負けだろうとは思っていた。
あるいは、心で負けていたその瞬間に、私の負けは決定していたのかもしれない。
隊長がいた。
今私が話していたことは、隊長には初公開の事実だ。いくら私がこの生活を守るためにやってきたとしても、優斗達のような人たちにやって来た事はただの締め出しに過ぎない。本気で来た人達の思いを踏みにじるような事を、何回もしてきた。
あぁ、私、ここまでやって来たのに、バレちゃったか。踏みにじってきた人の分、頑張ったつもりなんだけどな。と思い、私は目を閉じた。
頭に、大きくて、温かくて、優しい手が乗せられた。
「ぇ?」
訳が分からない。いくら隊長が子供に甘いからって、私達がしてきた事は酷いって、分かるはずだ。はやちゃんも私の事を思ってやって来た筈であり、責任は全て私にある。
そのはずなのに――――
「そうか。お前は、そこまでしてでもこの生活を守っていきたいと、それだけの価値があると、それだけ尊いものだと、思ってくれていたんだな…」
「は…?」
本日二度目、いや三度目の愕然。この隊長は、何を言っているんだろうか。当然の事を、今知ったように、何今更感傷に浸ったような声で言っているんだろうか…!
「尊いよ、大切だよ、そんなの当然じゃないか!私とはやちゃんは本当の家族というモノを知らない!そんな私達に、家族の温かみを、一緒にいる安心感を、その価値を!教えてくれたのは、あなたでしょうが!
ここまで絶叫したのは何時ぶりだろうか?最近受けてきた依頼より、断然今の方が悲しいし、苦しい。でも、希望を踏みにじって来た私には、正しい罰かな。
でも、私達の隊長は、そんな罰さえ与えてくれなかった。
「…僕は不安だった。母は体が悪く、僕は幼いころ毎日母親を助けるためだけに動いていた。大人になって母と再会してから、寂しかったと泣かれて、僕は初めて、体を治そうとする母の体は気遣えても、心は気遣えなかったのだと自認した」
「そんな事に気づいた最中、杏子達に会った。自分には、この子達を大人にまで育てる事は出来ても、優しさや、家族というモノの暖かさを教えてやることは出来ないだろうと。そう思っていた」
「…」
「だから今、当然と言われて確固たる自信が持てたよ。僕は君らの――――家族だ」
こんな優しく、温かい腕に包まれた罰があるだろうか?そのせいか、涙と鼻水が止まらない。声を出そうにも、全部涙声の意味のない言葉の
「僕が連れて来たあの子たちは、僕が責任をもって制御する。それに、紅里ちゃんが言っていた通り、未来は過去よりもっと素晴らしいモノにしたいと思わないかい?」
「…ッ、ずるいですよ、こんなの。頷く以外の選択肢、ないじゃないですか…」
「したくないんだったら、良いんだよ?」
「…隊長が、ちゃんと暴走しないか見守ってくれるなら」
「当然さ」
隊長は、近くで座り込んで話を聞いていた颯斗も抱き寄せ、理由になっていない理由を、カッコつけて言った。
「だって、僕らは家族なんだから」
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