依頼後の休日
旅行してたので遅れました。
――――
あの後、僕らは隊長立ち合いの元、仲直り(?)をした。仲直りと言っても、握手をするだけの簡素なモノではある。だが、互いの思いを吐き出し、尊重する事が出来たので、和解成立の儀式の様にも見て取れた。
まあ、形式なんてどうでも良いのかもしれないけど。
「…今後君付けを止めろ」
「へ?」
「君君君君と付けてくるのは
「傍点付けてまで全くを強調しますかねぇ!?」
「当然だろう…君を付けて呼ぶのはやめろ。我々は第四大隊という一つのコミュニティであり、家族だ。家族に君付けで呼ばれるのはよそよそしく感じるだろう?お前たちの方から歩み寄ったんだから、これぐらいの事はしろ」
確かに。折角この
「赤髪、お前もだぞ」
「うん…って、あっれれぇ?紅里ってはやちゃん呼んでたんだから、紅里姉さんとでも呼んでくれることを期待してたんだけどなぁ?」
「お前は赤髪で十分だ。それと、私にとって姉ちゃんは、原点にして頂点、唯一無二の呼び名だ。姉ちゃん以外は存在しない。あとはやちゃんって言うな」
「そんなこと言わないでよ~は・や・ちゃ・ん?」
早速内部抗争が起きているのだが。流石に颯斗君…はやちゃ、颯斗は堪えているようだが、顔に青筋が何本か浮かび上がっている。わぁ、目がギラッギラしてて怖いなぁ。だから「こいつを止めろ」と言わんばかりにその目線で僕を睨むの止めてもらえませんかな?
その内魔眼にでも覚醒しそうだな。
「まぁそこら辺にして。隊長、依頼主が何処に居るかわかりますか?依頼の完了報告をしたくって」
「え、でも、あの女。この調子だとまた暴走し始めると思うけど?」
「いやいや、流石にそのまま放り出すなんて事はしないよ。身柄は警察に預けて、夢中症候群の精神病院に連れて行くって感じだね」
夢中症候群としての力は弱い方だし、と続ける姉さんだが、何気にぞわっとした。あれほどの力を持っていた女ですら、弱い存在であると改めて思い知らされたのだから。
「…えーっとね、今返信が来たよ。この度は本当にありがとうございました。依頼の報酬はこの後現金で支払わせてもらいます。場所は校舎裏、時間は一時間後でお願いします。例の女子生徒はこちら側で適切な処置をして預からせてもらいます、ってさ」
後ろから「赤髪ィ!」や「はっやちゃーん!」とか言って、紅里がとても活き活きしている事が分かる声が聞こえて来て、大して集中できなかったが…
「あっち側が預かるのって、大丈夫なんですか?」
「まぁ珍しくはないよ。依頼人が裏切るような事はまずあり得ないからね。ただ、依頼人が…アレだしね。ちょっと怪しそうな感じだったし。その不安も分からなくは無いけど、人は見た目によらないって言うし」
メラビアンの法則が思い出される。あの依頼人は、見た目どころか声も、その発言内容もちょっと危なかった気がするが。
まあいいか。珍しくはないらしいし。
「じゃあ、僕は依頼の報酬金を受け取って来るから、みんなは自由にして待ってて」
「「「はい」」」
その後、僕らは姉さんが何処からともなく取り出したトランプで遊んだり、ボロ負けして絶望している紅里を仕返しと言わんばかりに盛大に颯斗が煽り、そのまま乱闘している所を姉さんと観賞したりと。
「…この穴、修理代いくらするんだろう」
「…最初から空いてた事にしようか」
と、多少青い顔になったりしつつ、そこそこあった時間をあっという間に消化した。
「じゃ、お金も受け取ったし、帰ろうか」
と言われ、軽トラに乗った後の記憶は…ない。
~~~~
「ドリア行くか?」
気づいたら僕は、第四大隊本部にある自分の寝室にいた。珍しく知ってる天井だ、と思いつつも下の階に下り、みんなで朝食を食べている所に加わった時に言われた事が、ソレだった。
「え?何でですか?特に理由もない…あ!」
「特に理由もないは酷いでしょ、紅里ちゃん。あの時軽くパ二クったんだからね?私達」
確か、ドリアの研究所が『箱舟の騎士』だと思われる何者かに襲撃されたんだったっけか。直接被害を
「今日は流石にみんな疲れてるだろうから、明後日にでもお見舞い兼護衛としてドリアに行こうかなとは思うんだけど、大丈夫?」
「大丈夫、というか隊長。今日は兎も角、何で明日に行かないんですか?護衛も兼ねるんなら、なるべく早く行った方が良いんじゃないのでは?」
その間にドリアの皆さんがばったばったとやられてしまう事は、あの所長と一番弟子を見ている限り無いと思うけれど、やっぱ心配っちゃ心配ですよ…?
「別に?明日は焼肉に行って心機一転しようと思ってただけで、そんなに心配なら明日に行っても――」
「「「そんな事は私が認めない!」」」
珍しく僕以外の三人の声が揃った。と言うか、今更思い返してみたが、全員一人称「私」なのか。…あれ、颯斗、最初「我」だった気がするけどな。
殺気を感じて体中の産毛が逆立った。
「優斗、勿論ドリアよりも焼肉の方が大事だよね?言ってなかったけど、あの人たちの敷地内に監視カメラが無いのは、監視カメラが必要じゃない程の実力者しかいないっていうバカげた理由なんだから、自業自得だと思わない?」
「ぐへへへへ、マスター。焼肉ですってよ、肉を焼いたらじゅわーって音がして香ばしい音と匂いが広がって、口の中でよく噛むと肉汁がブワッとあふれるアレですよ!食べないなんて事、あり得ないですよねぇ」
「優斗、食べに行くと言え。さもなくば吊るす。見るも無惨に吊し上げてやる」
お巡りさん、誰か最後のに脅迫をしてきたこの男の子を脅迫罪で逮捕してください。実力がちゃんと伴っている発言なので怖いです。
僕なんか悪い事した?
「…も、もちろん焼肉に行くよ?」
「「「ならば良し」」」
「ハハハ、まあ、杏子とはやちゃんにとってはかなり久しぶりだからね~。最後に食べたのいつだったっけか」
そう言えば、紅里は焼肉は人生(?)初か。とはいったモノの、まだ生まれて一年も経っていないのだから、当然と言えば当然か。
そんな事が出来るのは異世界転移系主人公だけだ。
「ごちそうさまでした。さてみんな、そうと決まったなら今日は各々自由に休んで、明日は焼肉に行こうじゃあないか!」
「「「「おー!」」」」
隊長の一声で二日の予定が決まった三十分後。
「どうしよう。暇だ。」
僕は暇人と化していた。別に、やる事が無いかと言われたらあるに決まっている。銃の扱いに、その知識の詰め込み。そして何より体を鍛える事。新参者の僕にはやる事が無い時の方が少ないというのが分かるであろう。
だが考えてみて欲しい。今日は『休日』なのだ。体を休めなければ意味がないッ!
そうではあるのだが僕はそんな時間に世間一般の人々がするであろうゲームという代物に取りつかれてしまっていた過去がる為、それには再び手を伸ばせない。というか伸ばしてまた引きこもりになりたくない。
「どうしよう…。そうだ、姉さんとかが何をして過ごしてるのかを聞いてみるか」
「ぶつくさ独り言が煩いですねぇマスターは。思った事を言わないと気が済まないんですか?」
自室のベッドで何気に久しぶりに得られた安息を噛みしめるかのようにごろごろしていた僕に、突如横から声が掛けられた。
というか、紅里だった。
「それ以前にお前何処から現れた?!」
「…マスター、ここって相部屋ですよ?いくら記憶がぶっ飛ぶような衝撃的な事件があったとしても、それくらいは覚えときましょうよ。流石に合鍵程度は持ってますよ」
そうだった、僕は相部屋に居て、紅里と同じ屋根の下に暮らしていたのだった。
同じ屋根の下と言う言葉が修飾しているのが紅里というのが非常に嘆かわしい。馬子にも衣装とは言うが、元が魅力ゼロであればいくら修飾しても意味がないであろう。
「何だか壮絶に失礼な事を言われた気がするんですけど、それは兎も角マスターが姉さんの所行くなら私も付いていきますよ?」
「本音は?」
「正直言って寝る以外の事が思い浮かばないのでどうせならマスターがはやちゃんにぶっ飛ばされるところを見たいと言った感じでしょうか?」
「お前優しい嘘って知ってんの?」
まあ、どうせ僕も暇なのだし。手始めに姉さんの所に行くとするか。
――――コンコン
「姉さーん?入っても大丈夫?」
「ん?いえあいやおうえんというかなんというかちょっと待って今散らばってるから!」
「…こーっそり、中見ても良いですかねマスター」
「僕はどうなっても知らないぞ」
主に、颯斗に殺されそうになっても。姉さんのプライベートは姉さんと颯斗のみ知るというのが一番平穏だろう。…身近に姉弟がいないから分からないんだが、シスコンの弟ってこんなに姉の事を知っているモノなのか?
そしてドアノブに触れた時点で何者かの強烈な視線を浴びせられて固まっている紅里の様に、眼光と気配だけで人を冷凍保存出来るのか?もしや
その後、僕は姉さんの部屋を出る際に、ド真ん前に設置されてあった監視カメラと目があった。
…姉愛が強すぎて軽く恐怖した。
「は、入って良いよ~。決してやましいモノは無いから!」
「そんな典型的なフラグ建てないでくださいよ~、姉さん。まるで僕らが家宅調査に乗り出した警察みたいじゃないですか…紅里、お前何やってる?」
「ここは社会の常識に則ってベッドの下を覗こうかと思って」
仮に社会の常識がベッドの下を覗くというモノであったのなら、この国はもう滅んだ方が良いと思う。颯斗と言い紅里と言い、他人のプライベートを尊重するという風潮はないのだろうか?
そして姉さんも「見るだけ見な!」みたいな顔しないで!
「ふむふむ、コレは…ほう」
「出てこいやァ!」
いくら何でも失礼過ぎるので、少し出ていた足を引っ張って引っこ抜く。奴のパンツが丸出しになっているがそんなものはどうでも良い。親しき中にも礼儀ありと言う言葉をしらんのかボケが。
今、巨大なブーメランが帰って来た気がした。
「どうだった?恐らく秘密裏に調査しているはやちゃんですらその内容は知らない、私の秘蔵のコレクションは」
「是非、今度語り合わせてもらいたく思います」
にょろにょろと気持ち悪く立ち上がった紅里と、がっしりと手を掴んで握手をする姉さん。二人の友情が深まった瞬間であった…。
百合に興味ないから特に描写は必要ないだろ。それ以前に、秘蔵のコレクション実在したのかい。しかもベッドの下に!
お約束守り過ぎでしょ!
「ところで、何で私の部屋に来たの?」
「それが最初に発するべきセリフでしょ、というツッコミは置いといて」
姉さんに、僕たちは休日を過ごそうにも何もやる事が無く、お手本として姉さんが何をしているのかを聞きに来たという事を伝えた。
すると、姉さんは困ったような顔をした。
「うーん。私はいつも自作のマンガを描いてたり読んだり、料理のレシピをネットで漁ったりしてるかな」
「え、マンガ書いてるんですか?」
「そうそう。とは言っても、この大隊の中で女子は私だけだったし、良し悪しが分からなかったからね。よかったら紅里ちゃん、この後試し読みに来てくれないかな?」
…オカシイ。僕が一番何をして過ごせばいいのか分からないのだから、僕にコメントが来ることを期待していたのだが。
「あの~、僕は?」
「ダメ。と言っちゃうと暇なのにかわいそうなので、私達でお昼ご飯でも作ろっか?」
「それでお願いします!」
今はまだお昼の時間ではないが、昼前の時間を空虚な気持ちで過ごすよりははるかに良い。「じゃ、12時になったら台所に来てね」というセリフを最後に僕は部屋を後にした。
とは言っても、あと一時間以上はある。はてさて、何をして過ごそうか…?
「次は颯斗の部屋にでも行くか」
紅里が居たら「また独り言ですか」とお小言を吐かれそうではあるが、姉さんの部屋に紅里は留まっているので、僕はボソボソ呟き放題だ。
目の前の監視カメラから殺意が放たれ始めた気がするからしないけど。
ぶーらぶーらと、改めてこの第四大隊の中を歩き回っていると、割と知らない部屋が多くあったりする。
「立ち入り禁止」と書かれた紙が貼ってある部屋や、「火気厳禁」と扉に書かれた部屋。はたまた、扉が玄関の扉と同じか、それ以上の硬度を誇っていそうなモノもあった。
一体中に何があるんだ。
「この部屋は何があるんだ…?」
その中でも特に目が引かれたのが、僕の前にあるこの部屋。中からひっきりなしに機械の排気音がなっていて、大きなディスプレイが机の上で輝いているのが見える。
隊長の仕事部屋なのだろうか、と思い、扉を開けたが最後。僕は盛大に後悔した。悔いた。
ディスプレイには、監視カメラの映像がちゃんと録画されており、機械の排気音もそこから流れているようだった。
問題は、ディスプレイのど真ん中に、僕の姿が映し出されている事だった。
「し、失礼しました…」
ゆっくりと扉を閉め、そろりそろりと部屋を出る。家族内なのに何を警戒しているんだ、と思うかもしれないが、家族になって間もなくなのに重要そうなところに入り、しかもしっかり撮影されていれば誰もが気まずくなるだろ。
「はぁ、12時までちょっと時間が余ってるし、隊長の所にでも行くか」
本日何回目か分からない(数えたりするなんて虚しい真似はしない)つぶやきを漏らし、僕は隊長と始めて会った部屋へと足を進めた。
「やぁ優斗。僕は今颯斗達がぶっ壊した建物の修繕費を数えるので忙しいんだが、手伝いに来てくれたのかい?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど…」
「手伝いに来てくれたのかい?ありがとう。この書類に目を通しておいてくれ」
顔は笑顔だったが、目が全く笑っていなかった。書類に書かれている金額で頭のねじがぶっ飛んだのかもしれない。
そうして、僕も書類をみて絶句した。
「病院の壁、家の扉、外壁、ガラス、机、フローリング、精神的ケア。全部合わせて、ウン百万円…?隊長、これで、焼肉に行けるんでしょうか?」
「ハハッ…今更そんな事僕に聞かないでおくれよ」
今だけ、隊長の背中が物凄く小さく見えた。そして、焼肉に行くときは安い物をメインに注文しようと心に決めた。
「でもコレだと、運営的に見ると相当な赤字じゃないですか?僕たちもあまり周りに被害が無いように戦った方が良いんだったら、それ相応の努力はしますけど…」
「いや、それは大丈夫だよ」
突如、隊長の声に力が戻った。今にも倒れそうな頼りない声から、しっかりとした軸のある、大黒柱を体現したような男の声に。
「戦いってのはこっちがそうじゃなくても、命を懸ける場所だから、周りの被害なんて気にしてられないだろう。それに、経営的にはそこそこ厳しいなんて事を知られて、杏子達に気苦労を掛けたくない。間違っても言うなよ?」
分かってますよ、そんな事は。そもそも周りを壊す程の力がない僕には、よーく分かってます。それに、口は軽くない方だとは思っているし。
忘れるかも、しれない。
「それにな――――」
――――あの笑顔を、何時までも守りたい
隊長の視線の先には、開かれた扉から見える姉さんの横顔。紅里と喋りながら、とても楽しそうにしていた。
男しかいなかったこの大隊に姉さんが長らくいたのは、隊長に一つの負い目として積まれていたようだ。
女子が一人来て、姉さんの理解者となったのは隊長的には良かった事なのだろう。その証拠とばかりに、隊長は表情が緩み、とても嬉しそうだ。
「だからさ、焼肉とか修繕費程度でしょげてる訳には行かないのさ」
ま、財布には大打撃だけど。と言って笑う隊長の顔には、悔いの一つも無く、人生を自分の足で生きている。そんな輝きが内包されていると思えた。
「隊長」
「なんだ?まだ手伝ってくれるのか?」
「いえ、今日のお昼ご飯は姉さんと僕と紅里で作るので、ぜひ楽しみにしておいてください!」
「…そりゃ、楽しみにして待ってるさ」
その後出来たお昼ご飯は、味はそこそこだったが、とてもおいしく感じられたとだけ言っておこう。
…ただ、何故料理を長らく作っているようなのに、姉さんは塩と砂糖を間違え続けていたんだ?
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