鍛冶家紗季という女の子・上

 隊長に向かって剣をぶん投げたという、普段なら颯斗による断罪(死刑執行とも言う)では済まないような事をした新たな隊員候補であったが、「ま、あれだけ騒いだし」と、隊長本人によって割と呆気なく許された。

 騒いでいた自覚があったならもう少し慎ましく暴れて欲しかったのだが。


「さ、先ほどは失礼いたしました~。株式会社ドリームアームズの鍛冶家紗季かじいえさきと申します。ところで、あの爆音は一体?」

「特務課夢喰い、第四大隊隊長の大連さんがあの機械人形の群れと単騎でやりあって生まれた衝撃波さ。…本人はピンピンしてるけど」

「やばいな。ウチの所長が遂におかしくなったよ。翔さん、実際の所はどうなの?」

「カハッ…うげぇええええええ」


 胃薬をあげないと相当不味い段階に突入してきた前田さんは兎も角、新隊員さんのルックスを紹介させて頂こう。


 特にこれと言った特徴は無い黒髪に、痩せても太っていもいない、中肉中背とした体。敢えてどこかは言わないが、また敢えて明言はしないが、決して大きくない。小さくもないが。地雷を踏んだか?

 だが、そのよく言えば標準、悪く言えば平凡な体の髪の奥に備わる黒い瞳は、どこか果て無き好奇心で輝いているような。それと少し、恐ろしさを感じさせるものだった。

 目つき自体はそれ程悪くはないハズなのだが、目に僕のような凡百の人間には理解し得ない、化け物染みた輝きがあるような、気がする。


 初対面の人に随分な言い様だとは自分でも思うが、目を合わせて向き合った感想なのだから、是非も無いだろう。

 というか、どこかでその声と、顔を見たことがある気がする…。


「何事もないようなのでしたら、私は仕事に戻らせて頂きますが、大丈夫ですよね?所長」

「(ハッ!)ちょ、ちょっと大連さん達は待っててください。おい紗季!ちょっと話がある」

「次は一体何なんですか…。私は傭兵じゃないんですからね?」


 例えで傭兵が出てくるのは謎だし、散々ルックスで言ってきたけど、何となく悪い人じゃなさそうだ。今なら、悪い顔で「こっちこっち」と手招きをしている所長の方が余程悪人っぽく見える。

 壺でも売り歩いてそうだ。


「まさかだとは思うけど、今から紗季さん?を説得するつもりなんですかね、あの所長」

「…あんな行き当たりばったりのクソ所長の言う事なんて信じちゃ駄目だぞ。一日止まっていけは単純に泊っていって欲しいから。明日ぐらいに帰って来るってのは準備時間を稼ぐためのウソ。年齢とかをぼかしたのはどんな奴でも当てはめられるようにするため。違うかクソったれ!」

「違わねぇよクソ弟子が!」


 一瞬悪鬼羅刹かと思うような顔を見せ合う師と弟子であったが、どちらも次の瞬間には壺売りの商人に、血を吐きそうな人の顔に戻っていた。

 喧嘩するほど仲が良い、というか。元の顔に戻るタイミングが完全に一致している。


「じゃ、僕らは所長が話し込んでいる間、攻撃の余波を喰らって吹っ飛んでいるであろう紅里でも探しますか」

「え?!紅里ちゃん吹き飛ばしてた?不味い、はやちゃんと杏子は僕の戦い方を知っているから避けられてたけど、紅里ちゃんは初見なんだった…」


 早く探そう、と隊長が新隊員を前に大興奮している姉さんとそれを宥めながら分かりやすく嫉妬している颯斗を呼び、僕は紅里の心配なんて一切せず、新しい隊員を前に――自分が望んだわけでもない部外者を前に――して。


 姉さんが何事も無く納得してくれるか。そっちの方がよっぽど心配だった。


 姉さんは僕らを改めて信頼し、仲間だと表面上だけではなく心から認めてくれた日から考え方は変わったのだと思う。そんな姉さんを、僕だって信頼している。

 でも、人間は強い決意をしたところで、そんなに簡単に変われない。僕がその良い例だ。ニート脱却新しい自分になるだの変わるだの大言壮語吐いておきながら、所詮は口だけ。強い覚悟も強い意志も今の僕は持ち合わせていない。

 精神面、僕の意志の貯蔵庫はすっからかんなのだ。

 僕なんかと同じ扱いにするのは烏滸おこがましい事だと思うけど、姉さんだってそんなに早く変われるはずがないのだ。


 人間なのだから。心を持っているのだから。


 自分がずっと正しいと思ってやってきた事を、直ぐに変えようなんて無茶だ。頭では理解できても、心の底では納得できない。必ずそんな事態が生まれるだろう。

 そんな事を、無くしたいのだと。僕はこの身に余る大志を抱いた。いつか自重で、潰れないといいんだけれども。


 それから紅里を探し回り、足だけが瓦礫から突き出ていたのを見つけて引っこ抜くまで約10分。ようやく所長と、鍛冶家さんが戻って来た。

 所長の安心顔から察するに、どうやら説得に上手くいったようだ。


「え~、改めまして鍛冶家紗季と申します。所長から話は伺いましたが、この話、是非とも乗らせていただきたく思います。というか、乗せてください」

「うっしゃおらきたぁあああああああああああああ!」


 コミュ障かと思えた所長だが、人一人を説得させられる程の力はあったようだ。流石に勝ちどきの声を上げる姉さんまでは止めることは出来なかったようだが。


「…っていやいやいやいや。どんな風に聞いたかは知らないけど、君、初対面――――あ!あの時、はやちゃんと杏子を案内してくれた!」


 そしてその話の食いつき具合に違和感を覚えた隊長が、鍛冶家さんに指を指して驚く。そう言えば、確かに顔立ちが似ているというか、そっくりと言うか。

 本人だから似ているも何もないのだが。


「そう、そうですよ隊長さん。あの時月花姉弟様を案内したのは私。鍛冶家紗季です」

「だからと言って、別に第四大隊に入るまでの理由があるとは思えないんだが…?」


 そうだろう。案内したって言っても、たかが一回限り。それに仲良くなる程の時間も無かったから、入るような理由がない。


「いや、私。自分が興味関心がある物にしか本気で取り組めないんですよね。取り組む事自体は出来るんですけど、その場合、情熱みたいな、熱い大切な何かが欠けちゃってるんですよね。で、その私は今、『夢』に強い好奇心を抱いています。そしてこの会社のお得意様は第四大隊の皆様方。ここまで言えば分かるでしょう。私の思いの丈が」

「でも、嫌じゃないのかい?急に名も知らぬ組織に呼ばれて、家族とも会えず、この会社にも暫く戻れなくなる。それに、命の危険も付いてくると来た。これほど悪条件な職場は中々ないと思うよ?考え直すなら今でも遅くは――――」


 何故か、鍛冶家さんは口角をゆーっくりと、まるでニチャアという効果音が聞こえそうな様に上げ、笑った。


「そんなに心配しないでください。まず、夢喰いの方々は仕事の関係上よく知ってますし、家族って呼べるのは肝っ玉がデカすぎる狂ったばあちゃんだけなので、大して悲しいとかは思いません」

「…そ、そうだとしても、君には幸せになれる色々な選択肢が、まだ沢山残っているんだよ?」


 こっち側に引き込みたいのか引き込みたくないのかという、心配性のおまけとして隊長に備わっているヘタレ性が発動している。

 第一呼ぼうって言ったの貴方でしょうが。


「そんな事は無いですよ。私、今一番興味があるのが『夢』なので。今の私が一番幸せになれる場所は、夢が一番身近にある場所ですよ。それに――――」


 一瞬、あのゲヴェーアの余裕たっぷりな顔が、ブレて重なったような気がした。


「私、強いんで」


 ~~~~


 それから三十分後の実験場テストルーム。そこには隊長が暴れた時よりも、更に酷い惨状だった。地面はめくりあがり、壁には大量の斬痕が残っている。しかも、(所長の財布に)トドメと言わんばかりに、巨人の拳が落とされた爆心地かと思うような穴が開いていた。半径十メートル、深さ約二メートルほどの、少なくとも人類が個人で開けるような事は出来ない巨大な穴だ。


 こんなの、誰がやったんだと思うだろう。だが、このを吹っ掛けた本人は今、壁に叩きつけられてほやほやであり、気絶しているので、僕が語らせてもらおう。


 自分が強いという事を自信たっぷりに言い、お前らとは違えんだよと言外に伝えたいのかは知らないが、そんな目で僕らを見た鍛冶家さん。

 気に喰わねぇなとは思ったけど、その通り僕は弱いので何も言わず、姉さんは相変わらず遠くで騒ぎ、颯斗はそれを宥めている。隊長は大人の余裕で話を受け流そうとしていたが、どれにも類せず、僕の隣で寝ていたアホが、ちょっと前に起きて、勝手にキレてた。

 というか紅里だった。


「ア゛ァ゛?あたい達を舐めてくれちゃあ困るなぁ嬢ちゃん」

「でも、私強いよ?多分、貴方より」


 同年代では自分が最強って言う小学五年生ぐらいのプライドに、真正面から唾を付けられた紅里はと言うと。


「あ?じゃあ実際にやってみりゃいいじゃねぇかよぉ。こんな便利な場所があんだし」

「良いよ。序列ってものは明らかにしておいた方が良いからね」


 最近の小学五年生でもしなさそうな喧嘩の決着方法に、何と鍛冶家さんは乗ってくれた。知能レベルの差が大きすぎると会話が成り立たないとは言うが、まさか鍛冶家さんもそっち側の人間じゃないだろうな。


「じゃ、隊長が審判で。ルールはどちらかが審判に戦闘不能だと認められた場合。どっちかを優遇とかは私の誇りにかけてない。これでどーよ」

「構わないさ。じゃ、さっさと始めよう」


 さっきから紅里のキャラ崩壊スピードが凄まじいが、何時もこんなもんだから勘弁してくれ。

 引きこもりゲーマーである僕の半身なのだから、そりゃあもう色々なキャラクターを模倣しているのだから。…完成度は兎も角して。


 アホ臭い事に強者の余裕をもって挑んでくれた鍛冶家さんと、アホの子みたいな方法で喧嘩する紅里。その両者が、隊長によって大量破壊が為された後の実験場テストルームで相まみえる。


「準備は良いか、新入隊員!」

「君のほうこそ、準備はいいかい!」


 両者ともに気合十分。紅里は紅剣、鍛冶家さんは店頭に売ってあるようなタイプの剣を腰に数本括り付け、隊長に投げた剣と対になるかのような剣…というより、刀か?刀を一本持っている。

 紅里は粗雑に、鍛冶家さんは明らかになれている手つきで丁寧に、お互いの得物を構える。


「本当に、後悔しないんだね?危なくなったら止めをかけるけど、その時はちゃんと止まってね?その場合僕が動かざるを得なくなるから」

「「分かってますよ!」」

「…はい」


 蚊の鳴くような声で、小さく心配そうに返事をした隊長は、一瞬で顔を父親のそれから仕事中の真剣な顔に戻す。

 そして、試合開始の合図を、発する。


「試合、開始ィ!」


 最初に動いたのは紅里だった。

 闘牛のように周りをよく見もせず、唯々鍛冶家さんに向かって猪突猛進をする。そのまま大ジャンプをしたと思うと、紅剣を大上段に構えそのまま振り下ろした。


 ずどぉおおおおおんと、ここが住宅街であったなら隕石か爆弾でも振って来たのかと思うような音が響き渡った。まともに当たっていたら、致命傷どころか血煙すら残っているか怪しいくらいだろう。それでも僕が平静を保っていられたのは、隊長が爆音の爆心地を真剣に見ていたからだった。

 鍛冶家さんは、何処にいる?


「予備動作大きすぎだよッ!」

「るうううぁあああああああああああ!」


 僕には見えなかったが、後に隊長に聞くと、紅剣が自分の真上に来た瞬間。構えていた刀で軽く剣先の落下地点をずらし、爆風が発生した瞬間に後ろに自ら吹っ飛んで衝撃を軽くした、との事だ。

 ラノベでしか読んだことも聞いたこともねぇよそんな展開。

 紅里も大概だが鍛冶家さんは本当に人間か?少しどころかかなり怪しい。


 爆風によって巻き上げられた砂塵の中から、一陣の風の様に素早く飛び出た鍛冶家さんが、その刀で紅里の胴体をスパッと切ろうとしたその瞬間。

 急激に紅里のスピードが上昇し、鍛冶家さんを蹴り飛ばした。


「ぐっふぉあ゛、あ。な、にが」

「おっらぁあっはははああああああああああああああああ!」


 一瞬にして実験場テストルームの遥か後方まで吹き飛ばされた鍛冶家さんにまたもや大上段でサーカスの様に腹を軸として回転して追撃を仕掛ける紅里。

 紅里は胴体を切られそうになるまで、新隊員である鍛冶家さんを舐めていたわけではないはずだ。なのに何で、急に身体能力が上がったりしたんだ?

 そんな疑問が頭を過るばかりで、隊長の驚愕に染まった顔に僕は気づけなかった。


「チッィ!何?!これじゃあまるで、バーサーカー――――」

「るうううぐぎぎゃあああああああああああああああ」


 恐らくその体にある筋肉を総動員し、本人曰く予備動作が大きすぎる攻撃を回避した鍛冶家さんは悪態をつき、焦っていた。

 今の紅里はちょっと不味い。眼が充血し、体から湯気のような気体が発生している。それに、その攻撃がどんどん単純で野性的な物に変わってきているのは良いだろうのだが、一撃一撃が重くなり過ぎている。最初は爆弾だったが、今はいうなればミサイルだ。


「ちょ、隊長!流石にこれ以上続けたら鍛冶家さん、死んじゃうかもしれませんよ?!紅里も多分、今正気を失ってます!止めましょう、と言うか止めてください!」

「…アレぐらいの能力、か。紅里相手に何分持つかね。あ、優斗。片方が気絶するなりしないと僕は止めないから。危険だからって途中で止めたら試合の意味がない」

「でも!――――」

「でも何だい?戦場ではちょっと待ったなんて通用しないからね?そんなのに慣れちゃったら、本番でも本気で戦闘に集中できなくなるよ?優斗にはまだ少し早い話かもしれないが、慣れってものは、非常に恐ろしい物なんだ。優斗にもいずれ分かる。…できる事なら分かりたくはなかったけど」


 隊長の言葉を受け絶句している僕を置いて、戦闘はより苛烈に、より素早い物へと変化していった。

 鍛冶家さんは距離を取ってストックしてある剣をブーメランのように投げ、紅里の体を切り刻もうと。

 紅里はそのスピードで投擲される剣の全てを視認し、その上で避けて鍛冶家さんの首を狙おうと。


 最近のマンガでもあるまいし、必殺技がない戦いは隙を付いて倒すしかない。互いの必殺技をぶつけ合うような展開は、少年漫画ぐらいにしか許されてはいない。少なくともこの世界という物語の中では許されざる事だ。


「ぐぼぉああッ!」

「しゃッ今ァ!」


 一定の距離が保たれつつ、睨み合いが続いていた戦場に変化が起きた。


 紅里が急に倒れた。


 鍛冶家さんはそんな紅里に「大丈夫?」と語りかけ、手を差し伸べるというようないかにも隊長がしそうな事はせず、倒れる事によって見えた背に向け、乾坤一擲と言わんばかりに力を溜める事で自らに大きな隙を作り、投擲した。


 鍛冶家さんは、大きな隙となっている剣を投げる前の時に襲い掛かられなかった時点で、勝利を確信したであろう。


「おっそい!」


 ま、そんな事で負ける僕の分身じゃないが。


 剣を放ち、残心をして安堵している鍛冶家さんの元へ一足で飛び、剣の柄で腹を殴って再び端まで吹き飛ばした。

 鍛冶家さんは壁に叩きつけられ、ずるりと力なく地へ落ちる。


「勝負あり!」


 気絶を確認した隊長により、勝利宣言が下された。


 こうして惨状が生まれましたとさ。

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