鍛冶家紗季という女の子・下
あの惨劇(ただの喧嘩)から一日。僕らはドリアの食堂でパンとハムとスクランブルエッグという、何だか会社の方針に似合わなさそうな朝食(普通に美味しかったです)を頂くと、どうやら医務室で寝かされているらしい鍛冶家さんのお見舞いにやって来た。
「紅里、お前ちゃんと謝れよ?流石にありゃやり過ぎだったって」
「…あんにゃろうが売ってきた喧嘩ですよ?私はそれを買っただけです。第一、偶然喧嘩を売った相手が強くて、そんでもって死にそうになったからって、喧嘩を買った側が謝んなきゃいけないってのはおかしいと思いますけどねー」
吹っ掛けて来てる分際で虫が良すぎますってー、とぶつくさ呟く紅里だが、あれは本体である僕が少し忌諱してしまう程の戦闘、否、殺し合いだった。
試合と言う名の、第四大隊に入る為の選抜試験と言った所だったのだろうか?
鍛冶家さんが自ら実力を示し、隊長達を安心させたくなる環境を作り、全力を以て挑ませる。
それなら、紅里は体よく隊長に利用されていたのだろう。紅里の全力にいつまで耐えられるか鍛冶家さんを観察していたようだし。
…全て隊長の天然でやっていたという可能性も、捨てきれはしないが。
「ま、優斗の意見も
「でも、それじゃあまるであのレベルの戦――試合が、日常茶飯事みたいじゃないですか――――」
「そうだよ?確かにちょっと危なかったけど、それだけだ。僕から見ればどんぐりの背比べでしかない」
昨日に続き絶句する。あれが、日常茶飯事?おかしい。そんな事が起きていれば、今頃この国の人口は百年間程前まで逆戻りしているハズだ。
あたりへの影響が大きすぎるから、被害者の増加は避けられないはずなのに。第一、あんなのを見て、この国に住み続けようと思う奴はまともじゃない。
僕だったら一番に逃げ出すね。
「危ないって言うのはな、優斗。腕が切れたり、全身切り傷塗れで血まみれになっている状況の事を言うんだ」
「…それってもう、手遅れなんじゃないんですかね」
「そんな事はないよ。僕も部位欠損までとはいかなくとも、全身血まみれとかになった事はあるけど、その時の傷は一つも残っていない。僕にとってその程度でも大した事が無いんだから、いくら強力であろうが打撲だなんてあっても無くても同じようなモノなんだよ」
あなたみたいな主人公属性持ちと、僕らは違うんですよー!という怒号を喉の奥に留め、救いを求めるかの様に姉さんの方を向いた。
「はやちゃん、鍛冶家さん?入ってくれるかな~。入って欲しいな~。でも紅里ちゃんと戦ったのがトラウマになっちゃってたら嫌だな~」
「安心して、姉ちゃん。その時は私が奴の記憶を消す。物理で」
都合の悪い記憶は物理で消し飛ばすのが、姉を思う弟の常らしい。一人は妄想の世界に飛び立ち、一人は拳をポキポキと鳴らしながら姉の方を緩みまくった顔で見ている。
駄目だ。第四大隊、変人しかいねぇ。そう遠くない内に僕も染められてしまうのか…?
「お、もう病室だね。一応休養中って事だから、あんまり騒がないように。他の患者さんもいるから」
「「「「はい」」」」
こうして、紅里がフルボッコにした相手の元へ続くドアを開けた。
「?!!!??!?!!!????!」
「やっほー。遊びに来たよマイシスター」
「死ねぇい!」
どうやら、片腕で懐からナイフを引き抜いて二本の指で紅里の方まで飛ばす元気はあるらしい。体をひねったのか、再びベッドに倒れ込み苦しみ藻掻いているが、そんな事は別にどうでも良い。
あと、紅里の認識で鍛冶家さんを妹として見ているか、姉として見ているか地味に気になる。
半身だから大体答え分かるが。
「おや、ナイフが飛んでくるとは、随分と元気があるようだね。嫌いな奴でも死んだかい?」
「あともうちょっとで殺せるのでそこをちょっと退いてもらえると助かります」
スッと手を伸ばしガシャンとナイフの刃を掴んで砕いた隊長はもう知らん。紅里が隊長を肉壁として隠れてもいるが、それも知らん。
「ま、茶番はこれまでにして。おめでとう、鍛冶家さん。君には第四大隊に入る資格がある」
「え、あ、ひゃ、ひゃい?」
あまりにもあっさりとした独断行動をかました隊長にお小言でも零してやりたい気分ではあった、が、皆がその事について異論はないだろう。あれだけの戦闘を見せられてまだ尚、反対するならばそれはただのバカだ。
現実が見えていない。
「どうしたんだい?そんな驚いた顔をして」
「いえ…私が気絶する前に頼んだ時は、あれ程私をこの道に引き込みたくなさそうでいらっしゃったのに、何故かと思いまして」
「そんなのは単純、力だよ力。『夢』に興味があるからって言って夢に突っ込んで殉職してもらっちゃあ流石に寝覚めが悪いから、最低限でも時間稼ぎが出来るような力があるか確認したかったのさ」
隊長はそういうが、僕はそうではない気がする。力はあるだろう、だがそれよりも遥かに強いものがその黒い瞳にある。そこに封じられていても溢れ出る、劇薬のような気炎が。
「それとも、紅里ちゃんとの戦いで自信を喪失しちゃったりしたかのか?なら無理に入れとは言わないけど」
「怖気づいたんですかぁ~?」
挑発して、大隊に入るという考え方に誘導させている隊長は兎も角、紅里は何なんだ。謝る立場のお前が煽ってどうする。
お陰で鍛冶家さんが俯いて、青筋を額に浮かべて、背後に気炎を立ち上らせ始めている…?
「そんな訳ないでしょう!私は今すぐにでも第四大隊に入ってやりますよ!覚悟してくださいね!いつか絶対、あなた達を超えるので!」
明らかにフラグと分かる捨て台詞を吐いて、鍛冶家さんは立ち去る…事が出来ないので、鍛冶家さんの知り合いだと思われる看護師の人に「あの子ツンデレなんですけど、どうか見捨てないであげてください」と微笑と共に頼まれ、僕らはその後に下された指示通り、緩やかに退却した。
「あ、そうそう看護師さん!これを鍛冶家ちゃんに渡しといて貰えますか?それと一緒に、出来れば『超えられるものなら超えてみなさい』って伝えといてください」
「ふふっ、分かりました」
姉さんが今更思い出したかの様に取り出したデコレーションされた箱の中には、恐らくかなりの量の手作りお菓子が入っている事だろう。
丹沢さんのカツ丼並みに思い入れが強いのかは知らないけど、真心を込めて作ったのだろう。
作ってる時の顔がちょっと放送禁止味を帯びていたからね。
「じゃ、私たちは…何するんでしたっけ?」
「何をするも何も。あそこで怒らせて追い出されちゃったのは想定外だからね。本当だったら軽い自己紹介でもしようと思ってたんだけど、キレられちゃ仕方ない」
その後、正気であるメンバーによって鍛冶家さんが許してくれるまで待つという方針が定まった。許してくれるまで待つというと、場合によっては引きこもられてかなりの苦戦を強いられそうなイメージがあるが、そこまで難しそうではない。
紅里みたいに餌でつられて出てくるという事はないだろうが、恐らく鍛冶家さんの知り合いと思わしき看護師の言から鑑みるに、鍛冶家さんは一人でいることに耐えられないタチの性格なはずだ。
ツンデレは警告色の様に言葉をツンツンさせる事で周りに見てもらい、ある一定のラインを超えると甘くなる、という事らしいからね。ぼっちが弱点に違いない。
案の定、修繕作業をしている
昼前に届けられたものだったため、確認後直ぐという訳にもいかず、僕らは一度食堂を経由して医務室まで向かった。
「それにしてもあのツンデレっ娘、思ってたより早く謝りに来ましたね。謝るのなら自分から来るというのが礼儀だというのに、あの小娘は」
「第一にお前は小娘なんて言える年齢じゃない。第二に謝りに来たわけでは多分ない、そもそもこっちが怒ってない訳だし」
そろそろコイツには自分の立場を弁えた発言と言うのを覚えて欲しい。途中退場するメインキャラかのような微妙な立ち位置にいる自分の立場を。
そう言えばだけど、あの看護師さんはどうして隊長のメールアドレスを知ってたんだ?と思いながら歩みを進め扉の前に立つと、案の定姉さんが暴発した。
「うぅうううううらららららららららららららぁああい!」
「百も承知でしょうがここ医務室ですからね?!」
流石、鍛冶家さんの意志をものの見事に汲み取れる看護師さんだ。姉さんの鬨の声にもちゃんと冷静なツッコミを入れてくれた。
その言葉に本音が何割含まれているのかは知りません。
「ひっ?!よ、ようやく私に超えられる準備が出来ましたか?」
「いやぁ、僕たちを超えるには、まず第四大隊に入って、その中で競い合わなきゃいけないっていう前提条件があったのを思い出してさ。超えられちゃうのが怖いけど、ぼこぼこにされる前に入れようってのが皆の総意なんだ」
ボコボコにされるのはどっちだよ、というツッコミはさておき、隊長が凄まじく自然な笑顔を浮かべている姿に、中学生や小学生をメインターゲットとした詐欺師のような印象を抱けてしまった。
それも、言葉巧みに騙し、小中学生を金を吐き出させるマシーン化させるような悪質なタイプの。
「なら私を入れてください。というか、正式に入隊したとかって書類を書きますよね?」
「いや、今はもう第四大隊は諸事情あって国の支援とかを受け取れなくなっているから、書類とかは書かなくても良いよ。別に書いても構わないけど、時間の無駄だと思うよ」
「実際私は書いていない。姉ちゃんも」
僕もそんなのを書いた覚えもないし、知らぬ間に印鑑を押されていたというのも無い。のは兎も角、国の支援が受け取れなくなったってどういう事よ。
何をやらかしたんですか隊長は。
「書いてるのは僕だけ。だから、書類上だけだったら第四大隊は僕一人で動かしているって事になるね」
「そ、そうなんですか…。他の大隊は違うんですよね?」
「当たり前だよ。奴らは国が創立した、最初期の夢喰いだからね。それに昔から支援者やらなんやらが味方に付いているから、もし仮に国からの支援を受け取れなくとも続けていけるとは思うね」
まるでゴキブリみたいだよ、あの老害共は。と苦虫を何匹も嚙み潰したかのような表情で吐き捨てる隊長。僕と紅里、姉さんと颯斗が登場する前の隊長の物語には、他の大隊との対立の歴史が強く刻まれているらしい。
いつか自伝でも書いて欲しいものだ。
「僕らはそんな時代遅れの話題は置いておいて、もっと必要性の高い話題を持っているんだから、そっちをしよう」
「あ、自己紹介」
新しい話題に付いて行けず、もう過ぎた事に関する話題の方に心が惹かれるのは現代人としてどうかと自分でも思った。
隊長以外全員同じ顔をしていたって駄目な物は駄目だ。周りに流されちゃ駄目だって親に言われなかったか?僕は言われなかった。
…鍛冶家さん、そんな「え、そんな事やるの?ここ拳で殴りあって自己紹介じゃないの?」って目しない。
「じゃあ、最初に自己紹介を要求しちゃうのもアレだし、改めて僕の自己紹介をさせてもらうよ。あ、面接みたいにする気はないから安心してね」
鍛冶家さんが座るベッドの前に、気軽に立つ隊長の背を見て思う。
あれ、これって僕たちも自己紹介するのか。
「僕の名前は
「よろしくお願いします。では、二番手は私が貰いますね」
鍛冶家さんがベッドの上で居住まいを正す。僕の焦りは増す。
「私の名前は
「最後のいるかね?」
「マスター。放送禁止ワードマシンガンしていいならファンボックスにて回答解説させて頂きますが」
「遠慮させていただこう」
案外、鍛冶家さんは――紗季はネタキャラなのかもしれない。最終的に、「真面目だと思っていた僕がバカだった!」ってなるタイプだろう。多分。あとファンボックスでそれの回答解説するな。
その後は、颯斗の姉ちゃん愛溢れた自己紹介で姉さんがその愛情のあまりの重さに押しつぶされて倒れたり、紅里の野郎が余計な事を口走りかけたので、文字通り釘を刺して二度とそんな事を言えなくしてやろうかと思ったりした。
ちゃんと心と連動してストレートパンチは繰り出された後に思った事だが。
「僕は
「この中に全国に十人以上いる苗字の人の方が少ねぇのにしゃしゃってんじゃねぇよ!」
「…優斗、さん?あなた、本当にコレの本体なんですか?やけに反抗されてますけど」
「あれですか?知らない娘ですね」
本当に知らなかったらどんなに幸せだったことだろうか?まあ、出会わなかったら僕はあの体育館の中で痛みを感じる暇も無く、鉄骨に全身の骨を粉々にされて死んでいただろうけど。
身近で自分の悪いところを反面教師のように晒してくる奴は、為になるのではなくただ単にウザいだけだ。想像しただけで怖気がするではないだろうか?永遠に付き纏ってくる、自覚している悪い面の塊がいるなんて。
「じゃあ、締めは私ね。私は月花杏子。はやちゃんの姉ちゃんだよ。私の事は姉さんとでも呼んでくれれば嬉しいね。好きな食べ物はお菓子全般かな。よろしく。あ、あとこの大隊は家族みたいなものだから、他人行儀な喋り方はやめてね?」
「あ…分かり、分かった、姉さん」
ズキュウウウンと効果音が付きそうな感じの倒れ方をした姉さん。唇を奪われたとかそういうのではないのだが、取り合えずそんな感じがした。
胸に手を当てて安らかな顔してるし。
「さーて、これで全員の自己紹介も終わったね。じゃ、今後一週間の方針を伝えておくよ」
隊長が言うには、
との事らしい。
「では、各自解散!」
「「「「「おー!」」」」」
あれ、なんかうまく口車に乗せられた気が…と呟いている紗季さん、紗季は看護師さん(後に利用した際に知ったが江口さんというらしい)に任せ、僕らはまた護衛に戻った。
それから三日間。僕らは護衛をするものの襲い掛かるものも無く、徒労に終わるのではと思いながらも護衛をしていた。そろそろ大丈夫だろうと、ここを襲う奴なんていないだろと思いながらも、「万が一があるじゃん」と言う隊長の言葉に従い、過ごしていた。
そして四日目。僕らは今、あの軽トラの中にいる。荷台のテントが二人でも狭かったのに、紗季が入った事でさらに狭く感じる。
何より、女子二人に男子一人だ。断じて何か起きるわけではないが、気まずい。そんなわけで、護衛割と楽しかったな~と思っていると、不穏な言葉が聞こえ始めた。
「はやちゃん。下りて。僕らは暫くここら辺でフロントガラスを拭いてる」
「了解」
はやちゃんが窓から飛び出し、瞬く間に狼へと姿を変え、疾風の如くドリアへと走り去っていく。
「え?!どうしたんですか、いきなり?」
「もし狙っている奴らがいるなら、僕らが居なくなり、修理も大して出来ていない今がチャンス。僕らも足止めで襲撃されるかもしれないから、注意だけはしといて」
恐ろしいものだ、人間と言うのは。護衛の意味を奴らは知っているのだろうか。守っている時こそ襲い掛かるものだろう。いなくなった瞬間を狙うなんて邪道だぞ!
そんな事を考えながら、フロントガラスを拭いている体で今いる車道に居座っていると、お客が来たようだった。
ガサガサと茂みが動き、その向こうからは愛らしい目のモンスターが!
来るわけではなく、その瞬間、隊長が凄まじい速度で僕に迫り、突き飛ばした。
「がふっぁ、たい、ちょう。何を!」
「後ろ!もう既に包囲されているはずだ!とっとと車に乗り込め!」
立ち上がった先で見えた山沿いの車道には、おぞましいぐらいの数の人間で溢れかえっていた。
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