壊すのは簡単、だけど作るのはその何倍も難しい。

「はぁ、はぁ、何処だ、何処にいる!クソ悪夢が!やはりお前は信用できない!あいつの為を思うのであったら、さっさと身を差し出して死ね!」


 あの夢が俺の前から消えて早十分程。たかだか十分と言う奴もいるかもしれないが、十分もあれば、俺が危惧している大抵の事は出来る。

 千金以上の価値がある時間を十分。与えてしまった。


「手応えはあったんだがな…。何故、俺を短時間で仕留めようとしてこない?傷は浅くはないのに」


 俺が背中に投げたナイフは、いくら相手が夢と言えども骨に達するまでの威力を持っていたはずだ。流石の奴でも、これは相当な痛手となる。

 それなのに、傷が開いて悪化する前に俺を倒すのではなく逃げた。逃げる事自体が作戦の一部だったのか、俺の一撃は奴に全く届いていなかったのか。


「どちらにせよ、随分と屈辱的な事だな。元々許すつもりはなかったが、更に加点だ」


 俺は今三階にいる。一階から順に虱潰しに探し回り、丁度今、三階の全域を確認し終わり、奴がいないという事実を受け止めた。


「それにしても、田仲達は何をやっているんだ?さっきから連絡の一つも寄越しはしないし、反応もない。まさかやられたんじゃないだろうな、あいつら」


 やられたというのならば、渡された強力な装備も碌に使いこなせないとんだ愚図だが、しかし田仲それが考えられない程には優秀だ。

 万が一にも、やられる事はあり得ないと思う。だがもし本当にそれが有り得たとしたならば。


「…十分の間に、奴が覚醒でもしたのか?」


 あり得る話だ。だが、先程から小さいものの銃声が上から聞こえてきている。その対戦相手によっては今すぐにでも向かうのだが、違った場合、俺は隠れ潜む奴をみすみす見逃したという事になる。

 それだけは御免被りたい。


「…いないな。これで、尻尾は掴んだぞ!」


 この学校の、三階までの場所すべてに奴がいない事が確認された。では、やはりあの対戦相手は奴なのか。

 俺の足は最初に四階に向かわなかった後悔と焦りを燃やし、田仲達の不審な行動に対する怒りでギアをあげ、人間離れした速さで階段を上り切った。


 人間離れした者に待つ未来も、同時に人間離れしていたものだった。


 ――――パク


「………は?」


 田仲達が蹴散らされ、恐怖の表情を浮かべているので疑問符が一つ。


 何故、田仲達の体から流れてはいない血が大量に廊下に撒き散らされているのかで二つ。


 そして、何で奴の口から出た何かが、人型の生物を喰らっているのかで三つ目だ。


「…意味わかんねぇんだけど。とりあえず、死ね」


 奴の心臓に向けて片方のナイフを鉛筆を握るのと同じ感覚で投擲。人型の何かを捕食するのに夢中になっている奴は、避けるのに迷うようなそぶりもせず、その刃を胸に受け入れた。

 何の躊躇もなく。


 ずぶり、と刺さった。


「あ゛ぁあああ、ああああぁぁぁぁ。っご、はぁ」

「血を吐きながら喰ってんじゃねぇよ、汚らしい。ご都合主義は大っ嫌いだが、こういう時ばっかりはテンプレ通りに血と共に吐き出してくれないのか?」

「…総員、撃てぇえ!」


 背後から聞こえた裏返った田仲の声を聞き、奴の前から俺は素早く退いた。その数舜後、俺がいた場所を何十もの銃弾が通過し、奴の肉体に突き刺さった。

 夢の体を貫通、とまではいかないようだが、元々傷だらけだった体の銃創が約二倍程になっている。


 流石に死ぬ直前に覚醒したパターンだったとしても、これだけの致命傷を与えれば死ぬだろう。力を振り絞って動くような体の状態ではない。


「土壇場で覚醒までしてコレか。それにしても、気色悪い上に惨めな最後だな。その上、あれ程の大口をたたいておきながら随分と呆気なく死ぬと来た」


 奴が血を吐きながらもその最後の灯が消えぬ間に喰らっていた何かが奴の瞬間。奴は張っていた緊張の糸でも切れたのか、全身から血を流しながら崩れ落ちた。


 そして、俺はこの組織に入った大きな目的。この夢を倒すという巨大な壁を、打ち破ったのだ。


「だが、これで目的も果たされた。あとは、優斗を攫って行くだけ――――」

「――――あの、すみません、友田様」

「何だ?」


 俺の足元にスライディング気味で土下座をしてきたのは、俺の部下の中では一番優秀だと自他公認である田仲だ。田仲は別にプライドが低いだとか、人様に言えないような特殊な性癖を持っているなんて事はなく優秀なので、土下座という行為とは疎遠な人物だ。それが何故。


「非常に申し上げ難いのですが」

「何だ?言ってみろ。安心しろ、怒りはしない」

「…あの悪夢が捕食していたのは、優斗様です」


 ん?


 は?え?


「…もう一回発言のチャンスをやる。言うのは真実に限る。なぁに、一つ嘘をついた所でガチギレする俺じゃない。安心して吐け」

「…あの悪夢が捕食していたのは、優斗様です」

「嘘をつくなぁああああああああああああああああ!」


 俺は土下座をしている田仲の頭を蹴っ飛ばした。「うぐっ」と呻き声が田仲の口から零れるが、そんな事は今の俺にとってどうでも良い事だ。


「なぁ、嘘は良くないぞ?社会でそんな事をしたら段々信用を失うし、泥棒の始まりだとも言うじゃないか。古来から受け継がれて来た教訓でもそう言われているんだから、本当の事を言うんだ。さぁ、早く。それともアレか?嘘も方便という事か?ちゃんと事情を説明してみろ。嘘以外なら、俺はどんな事を言われても怒らないし、暴力に頼ったりはしないぞ」

「…方便じゃ、無いです。事実です」

「だから嘘をつくなって言ってんだろぉおおおおおおおおおおおお!」


 俺は理解した。俺なんかよりも優秀な田仲は頭がよく回るから、俺を騙して無気力な状態にして、自分の駒としようとしているのだ。

 きっとそうに違いない。


「お前が嘘をついているという事を証明してやるよ、田仲!この悪夢の腹を切り裂いて何も出なければ、お前が嘘をついたという事実がここに、皆に証明される!」

「や、めて…くださ、い」

「なら、早く嘘をついたと認めろ!俺は嘘つきを待つようなお人好しではないからな!」


 俺は大股で悪夢の死体へと近寄り、その胸に突き刺さっていたナイフを思いっきり引き抜いた。そこから溢れ出る血の暖かさで、俺は気づくべきだったのだ。

 夢中症候群が死んだ「夢」の死体は、残らないはずだと。


「らっぁあああああああああ、あ、あ…」


 ――――がきぃいいいいいいん


 俺にとって悪夢のような光景が、俺にとっての悪夢によって作られた。

 左腕が動くと、振り下ろしたナイフを金属音と共に弾かれ、そのままぬるりと動いた細い腕で、俺は首を絞められた。


「がぁあ、かはっ」


 息が苦しい。夢とは言っても大柄ではない女子がベースである事には違いないのに、俺が両手を以て全力で足掻いたとしても、首を絞めつける左腕を首から話すことは叶わなかった。


「っ!死にぞこないが、死ねっ!」


 ――――るぅぅうううぉおおおおおおおおん


 奴の口から小柄な女子がベースだという確信が薄れる咆哮が上がると同時に、発砲した田仲に向けて俺はぶん投げられた。田仲は声を出す暇もなく、余裕で五十キロは超えている俺の地面と平行な頭突きを胸に喰らい、完全に沈黙してしまった。感触的に、胸骨が何本か逝っただろう。

 勿論俺も、走馬灯のようにスローモーションに感じる世界の中、頭に柔らかいが感覚を感じると同時に、意識は闇の中へ消えた。


 ~~~~


 邪魔者は始末した。あとはマスターの体を修復し、吐き出すだけだ。

 今は私の体内だから多少の応急処置が出来るが、マスターの体の状態は刻一刻と悪化しているのだから、仮に病院の緊急治療室の前で吐き出したとしても、その場で即死するだけだろう。


 さっきまでは流れ込んできていたマスターの思念が今では鳴りを潜めているのも、体の状態の悪化が主な原因だろう。今マスターの体は、所謂植物状態とやらに近い状態になっている。


 さて、修復の方法だが、いくら私が「夢」だからって治癒魔法やらを使う訳ではない。新しく私の体内で欠損部位を生成し、そのままくっつけるという、極極原始的なものだ。

 本当に、途中にある過程を強引に縮めた、というより消し飛ばしたこんな方法で、マスターが帰って来るのかと言われれば、私は躊躇いなくイエスと答える。


 私の夢としての性能が、それが不可能ではないという事を教えてくれている。


「さぁて。じゃあ、まず最初に右腕を治しましょうか。このまま大量出血して気を失っちゃあ、あのクズ共を昏睡させた意味がないし」


 私は独り言ち、周囲を見渡す。


 見事な四面楚歌ではあるものの、一部は昏睡、他は失禁か気絶かそれとも逃げ出したか。私という化け物を前にして逃げ出さないのは蛮勇か、それともただただ恐怖におびえているだけか。


「…リ、リーダーをよくも、よくもやりやがって!死ね、怪物が!」

「お、おい!よせ!やめろぉおおおおおお!」


 腰が抜けていた隊員の一人が、正座のような姿勢を続けていたせいか少しふらつく足取りではあるものの、確かに私に斬りかかった。その手に握られたやや大ぶりなナイフで。


 やめろって言ってもやるって事は自分の意志でその行為を意図的にやっているという事の証明であって、それで人様の命を身勝手な事にも奪おうとし、さらには私のよくも知らない癖に怪物と言って侮辱した。私を愚弄するという事は、マスターを愚弄するという事に等しい。

 だから別に――――


 だから別に、殺しても良いよね?


「ぁはあ、あ?」

「その蛮勇は褒めてあげるよ。けどね、力の伴わない勇気はただの言葉でしかない。その言葉程度では、私を相手取る事は出来ないよ」

「ひっ………?!」


 素手でナイフを弾き飛ばし、頭から突っ込んできた奴の顔面をそのまま地面に叩きつける。ドゴン、と鉄の塊でも高所から落としたかのような音が鳴ったが、大事なのはそこではないのだから別にいい。

 胸から愛剣を取り出して大上段に構えると、ばたばたと抵抗をしなくなった目の前にある右腕をそのまま、切り飛ばした。


 ようやく自分の身の回りで起こっていたという事を認識できたのか、今更のように私の姿を見て恐怖し、逃げ出すものが出て来た。

 しかしまだ決定打にはなり得ていないのか、まだ腰を抜かしていたり、空虚な目で明後日の方向を向いている者がいる。


 だから、喰ってやった。


 落ちている腕を。


 むしゃむしゃと、それはもう美味そうに口元を血で染めながら。


 バリバリと、腕の骨をかみ砕く咀嚼音をわざと響かせながら。


 腕を切られた痛みで意識が覚醒した様子の突っ込んできた男は、元の顔から作画崩壊したかのような酷い顔をしながらも、その瞳に私が喰らっているものを映し出した。


 それはもう愉快だったよ。自分の右肩を見て、私の口元を見た次の瞬間、全身から液体と言う液体を垂れ流しながら気絶する様子は。

 私が楽しい捕食行動を終え、右腕を完全に再生させると、そこにはもう息も絶え絶えな男の体と私、それ以外、どんな生物も居なかった。虫も鳥も異様な恐怖を感じ取り、息をひそめているのかもしれない。そんな上位者としての悦に浸りながら思う。

 どうせこの男も死にかけなんだから、喰っていいでしょ。


 そしてそのだらりと垂れ下がった首を掴み、力を入れてその首を折ろうと思った。


「ふ…ふざけるなぁ!」

「はぁ?」


 面倒くさそうな奴が来た。こういう奴らはどうせ、自分の願望を他人に押し付けるだけで、人の思いを聞きもしない害悪だと相場が決まっている。だから私は、剣を抜いてさっさと始末にかかった。

 かかりはしたが、実行は出来なかった。


「お、お前がアイツを殺したんだ…この人殺しの化物が!リーダーを殺せなかった腹いせか?!なんだよ、何でアイツが犠牲にならなきゃいけなかったんだよ!何で、お前は!」

「…つまんないな。さっさと消えろよ、私の前から」


 そのまま喚き散らしている男に瞬く間に肉薄し回し蹴りで意識と体を飛ばす。

 聞くに耐えなかった。


 私の心は、聞くのに耐えられなかった。


「私が人殺しの化物、か…。ははは、何も間違っちゃいないじゃないか。何で、何でこうなったんだ?いつからおかしくなった?どこを間違えたんだ?」


 いくら自問自答をしても答えは返ってこない。返ったとしても現実は変えられない。もう罪は犯してしまった。被害者からすれば、社会からすれば、犯してしまった理由などどうでも良い。その事実そのものが大事なのだから。


「私、マスターと一緒に、第四大隊と一緒にいる資格ってあるのかな?人殺しの化物にまで慣れ果てて、気づかない内に躊躇もなくなってた私は、会わない方が良いんじゃないのかな?」


 再生したばかりの右腕を見つめながら思う。自分の腕はこうも簡単に治ってしまうのに、何故現実は自分の思い通りの道へ修正されてくれないんだろう?無から有は作れないというのは当然の話だが、材料さえあれば現実も修正出来るのだろうか?


 …私の死という材料とか。


「うじうじしてても仕方ない。とりあえず、紗季を探さないと」


 私は出来るはずもない現実逃避を目指して男の首から手を放すと、恐らく紗季が捕らえられている屋上まで天井をぶち抜いて行った。


 今の私はマスターを体内に吸収しているせいか、スペックが明らかに以前よりも高くなっている。だから、たかが学校の鉄筋コンクリートの天井をぶち抜くぐらい造作もない。


 案の定、紗季は屋上の中心部辺りに設置されている有刺鉄線のフェンスに服一枚で縛り付けられていた。箱舟の騎士の連中も何人かはいるようだけれども、今の私からすればこの程度は障害物にもならない。


 だけど、私は助けに行く事を恐れた。また、私のせいで出さずに済んでいたはずの犠牲を出すことが怖かったからだ。


 私は、結局最後まで自分で決めるという行為を実行に移す事を決めあぐねた。

 この期に及んで、未だ誰かに責任を押し付けようとしている私は、救いようのない何かなんだろうなと思った。


 思っただけだった。


 意識と体の主導権を紗季を救い出すまでという条件付きで譲り渡し、私は無事責任逃れに成功した。

 そのツケがいつか回って来るのだと理解しながら。


 ~~~~


 何で、僕は屋上にいる?しかも生きていて、体が動く?僕は四階で死んで、何故かある紅里の記憶を探っていたはず…。


「おい!リーダーは誰だ!」

「え、ちょっと待ってください、今目覚めたばっかりで、状況が何も把握でき――」

「敵だ。殺せぇええ!」


 何がどうなったのかは知らないが、どうやら敵陣のど真ん中で目が醒めたらしい。敵は箱舟の騎士の下っ端らしいが、相手が大人であり、さらに人間離れした力を持っているという点に変わりはない。

 誰かは知らないが、僕をここで起こした人物を心から恨む。そして、何とか活路を見出そうとして右往左往している内に見つけた。

 紗季を。


「――――けて、助けて!」

「っとぉおおらあぁああああああああ」


 自分が今置かれている状況、戦力差、活路。そんなものは全て二の次にして、自分よりも紗季の命を優先した僕はどうなんだろうか。生物として歪であり、まるで恋に狂ったかのようだ。


 袋の鼠と言える状況でうつつを抜かしている僕が逃げられるはずもなく、そこであえなく僕の生涯は終幕を迎えた。


 だが箱舟の騎士達にとって不幸であり、僕からしてもあまり嬉しくはない事に、僕の人生はもう既に終幕を迎えている。

 だからと言って転生特典が貰えたわけでもないが、僕は事実、突き刺さるはずだったナイフを弾いている。肌で。


 しかもよく見ると、肌が元々の自分のモノより倍は綺麗になっている。化粧に興味の欠片も無い男子中学生の中では平均程の綺麗さを保っていた僕の肌より、ずっと。


「は?、は?!お、お前があの化物か!なんだよ、男もいるのかよ!クソが!二匹も始末しなきゃいけねぇのかよ!」

「人間を匹数えは良くないと思うなぁ!」


 ナイフが弾かれたのが余程気に喰わなかったのか、ブツブツと悪態をつきながら再び突っ込んできた男、男Aは、ヤケになった元引きニートの中学生の拳のフルスイングを受けた撃沈した。


 他の男B、Cは刃物がダメなら!とでも考えたのか、僕の左右に並んで走りながら、タックルを仕掛けてきた。

 それも、軽くジャンプをするだけで回避は出来たが。


 確信を深めるというか、信じざるを得ないというか。この体は明らかに僕の物ではない。身体能力が人間離れしているし、男Aを殴った時も引きニートが繰り出すへなちょこパンチではなく、この一連の動作を体が覚えているのか、壊れた機械の様なぎこちなさは全くなかった。


「こんなに全力疾走しても息が上がらないのもおかしいし…あ、それよりも紗季を助けないと」

「それ本人の前で言う?」


 苦笑いしながら、されど歯はがちがちと鳴り、顔から赤みが抜け落ちていながらも、紗季は有刺鉄線のフェンスに縛られつつ言った。


「何だ。割と元気そうだね。心配して損した」

「この顔を見てそんな事言えるんだったらどんな修羅場を潜り抜けて来たのさ…って、本当に修羅場潜り抜けてたりしてる?」

「うん。だってもう死んでるんだし」

「…は?まあ、冗談は置いておいて、早く助けてくれない?寒い上に同年代に縛られてる姿見られるの結構恥ずかしいんだけど」


 あ、はいとすんなり俯き気味で僕は頷き、パパっと有刺鉄線を引きちぎって紗季を解放した。僕が助けたはずなのに、待っていたのは感謝の言葉ではなくドン引きだった。

 別にそういう性癖は無いから感謝だと思わないんだけど。


「じゃ、じゃあ、隊長達の所に向かおうか。多分今頃、校庭にいると思う」

「うん。質問したいのは山々なんだけど、私が堪えられる内に下りよう」


 僕らは、屋上の床に空いている巨大な穴にドン引きし、何故か大量に血がぶちまけられている地面に恐怖し、吐瀉物が撒き散らされている床を見てドン引きしながら、早足に校庭に向かった。


「あれ、誰もいない…いや、いるな。あそこから隊長が走って来る」

「え…?あの黒い豆粒みたいなのが隊長?よく見えるね、そんなの。って、待って待って待って待って!優斗の夢って、何処にいるの?!」

「へ?僕の、夢。紅里?」


 ドンと足を震えさせる振動が地面から伝わり、僕らの隣に隊長が降り立った。その眉は眉間に深いしわを作っていたが、僕らを見るとそのしわが少し小さくなった、気がした。

 隊長が落下した結果巻き上げられた砂埃の先から、一人の女が現れる。

 場違いにも程があるだろって言いたい、バニーガールが。うさ耳女が。


「どうやらお遊びの時間はこれまでの様ですね。ここからは、私の狩りの時間です」

「ハッ、君にとって狩りであっても、僕にとってそれは未だお遊びの域を抜け出していないんだよ」

「そうですか?では、もっと楽しめるように主役の猟犬ことおもちゃを二つ、用意いたしましたよ」


 双方かなりのダメージを受けているようである田仲と友田、この二人が現れた。

 一触即発と言った空気の中、一番最初に動いたのは他でもない、僕だった。


「?!優斗、どうしたの?!」

「おい――――チッ!このタイミングで仕掛けるかお前らぁあああああああああ!」

「おやおや、お仲間が倒れちゃいましたねぇ。大変ですねぇ」


 ただし、転倒という形でだが。


 紅里と口にしたその瞬間から、意識がどこか奥底に溶けていくようにあやふやな物へと変わっていた。しかもこの緊張の中、限界が来るのはそう遠くないとは分かっていたけれど、全身に力が入らないまでになるとは。


「ちょっと優斗!?起きてよ、起きてよ!」

「フンッ!らぁああああああああああああ!」


 紗季の鼻声の悲鳴と隊長の戦闘音を子守歌に、僕の意識は眠りについた。


 いつ醒めるのかも知れぬ眠りに。

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