入隊と犯罪は等価

「まさか、ここで会う事になるとはね…」


 そうは言われても、僕だって望んでここまで来たわけじゃないんですけど?というか、何であなたがここにいるんですかいな。特務課って忙しくないわけじゃないんだろ?ただの家庭裁判になりそうな事件ごとき(十分大きいとは思いますが)、特務課の管轄外なハズなんですが――――


「夢咲君さ、自分が夢中症候群だって自覚あるんだよね?その夢中症候群が起こした事件って言うなら、私が出向くほかないんだよ」

「え、でも僕夢中症候群ですけど、夢としての能力は全部紅里あかりにありますよ?僕が暴れそうって理由で来たんだったら、僕を過大評価し過ぎじゃないですかね?」


 本体は、走ろうなら直ぐへばり、体育の授業となれば理由をこじつけて保健室にずっといるような体力カスなんだが。


「いるんだよ、なんかいきなり覚醒して「力の使い方がようやく分かったぞ!俺は無敵だ!」みたいな奴が。毒を以て毒を制すって言葉があるでしょ、一応君二名も殴打によって重傷を負わせた犯罪者扱いになってるから、ただの警官じゃ荷が重いって事で私がここに来たって訳さ」


 ありゃー、ちょっと申し訳ない事をしてしまった気がする。家の紅里と飼ってる脳筋がすみません。何気に、僕が全面的に悪いみたいな感じになってる。悪いのあのバカ共なんだけどなー。


「とりあえず、署の中の部屋部屋借りてるからその中で話そう」

「あ、はい。ところで、やっぱ僕のお先って真っ暗ですかね?」

「このまま行けば、ね」


 僕は、このまま行くとほぼ確実に少年院とからしい。あれ、少年院って何歳までだ?刑務所じゃないよな?僕この年で犯罪歴を、しかも冤罪で履歴書に付けられたくないんだけど。


 署の中に入ってみると、若干返り血(?)を浴びている僕がいるせいか、空気が硬く、全員の手がいつでも銃に届くようになっていた。

 僕って、そんなに怖い顔してるっけ?


「頼むから変な事しないでね?ただでさえここの空気ピリピリしてるんだから。駄目元で銃を乱射してくる可能性があるから、ね?」

「そんなに夢中症候群だからと言って過大評価しないでください、僕なんてただのひょろがり引きニートですよ…」

「そう言われても、そうなるかもなんだからしょうがないよ」


 そうなるもんだって…まあ、間宮なら確かにやらかしそうな気はするし、あいつを何処かに連れて行った『ゲヴェーア』?って奴も、例えここの全員から一斉射撃されても死なずに、逆に返り討ちにしてしまいそうな恐ろしさがあるし。

 僕があいつらと同じに見られているんだと思うと、何だか微妙な気分だ。


「じゃ、そこに座ってくれ。水でもいるかい?」

「あ、じゃあお願いします。…なんか、そういう系のドラマで出てきそうな部屋だな」


 ドラマに出てきそうじゃなくて、ここがオリジナルなんだから出てきそうも何もないんだけれどもね。僕も向こうも緊張しまくってた廊下からようやく脱出し、僕らがたどり着いた部屋は殺風景なものだったが、逆に人が少ない空間というのは良い。

 過去が、鬱陶しい。


「じゃ、事情をじっくりと話してもらおうか?」

「拒否権は?」

「行使したが最後、君の刑罰はある程度決まるかな」

「聞いてみただけなので本気にしないでくださいね?」


 安心できる人と、安心できる空間にいると、心の中で言えなかった言葉が溢れ出てくる。これも忌まわしいあの記憶のせいだが、まあ親しい人と楽しく話せるような能力が備わっているのは良い事かな。

 引きニートには割と無縁の能力だったんですけどね。


「で?紅里ちゃんが何人殺しかけた、または殺したんだい?まさか刀で君に絡んでいた男子生徒を一刀両断なんてことはないよね?事後処理が大変だから、そういうのは出来るだけ勘弁してもらいたいところなんだけど」

「紅里に対する信用度がゼロ以下なのはともかく、今回は紅里がやらかしてませんよ」

「…は?」


 余程の衝撃だったのか、目をこれでもかという程開き、微動だにせず固まってしまった。紅里を何だと思っているんだろう。僕は生きる戦略級兵器だと思っているけど。

 町を滅ぼす?楽勝だぜ、そんなの!

 みたいな。


「え、じゃあ、誰がやらかしたの?ま、まさか本当に君が手にかけてしまったのかい…?だとしたら、私は心苦しいが君を処罰しなければいけない」

「話飛躍し過ぎですって!今回やらかしたのは、友田、友田雄介ともだゆうすけですよ!」

「…え?マジで?」


 おーい大連さん、素の口調が出ちゃってるぞー。すごくツッコミたいが、この雰囲気の中突っ込める程、僕のコミュ力は上等な物ではない。僕のコミュ障レベルはカンスト済みなのだ。なめんなよ!


「友田君、返り討ちで殺されてないよね?」

「そこら辺の手加減は分かってたっぽくて、どうすれば良いのか手を焼いてましたよ。代わりに胸を刺されましたけどね、紅里」

「あ、あの強力な夢を、手加減されていたとしても刺した…?それもただの中学生が…?夢咲君、友田君は何かの道場に通ってたり、特殊な施設出身だったりとかは無いよね?」

「そんな近頃のラノベの主人公みたいな事は無いですよ。あ、でもバタフライナイフを親族の集まりで渡されたって話はされましたね」

「やっぱおかしいじゃん友田一家」


 大連さんが珍しくツッコミ役になっている。だよね、友田一家おかしいよね。本当に何なんだよ、バタフライナイフ持って、あんな化け物みたいな力を持っている紅里に、喰いついていける程の戦闘能力持ってるのって。

 あいつが一番近頃のラノベの主人公じゃん。


「…友田君の身元調査をする事は決定として、紅里ちゃんはまあ大丈夫だよね?胸を刺された程度で死ぬとは思えないから」

「はい、傷も軽いって事だったので、僕の血飲ませたら治って寝ました。で、僕が犯罪者って事になりました。なんででしょうね」


 紅里が刺された程度で死なないのが定説化してる。いつかミサイル喰らっても「まあ大丈夫っしょ」って言える時代が来るのかも…しれない。


「友田君は大丈夫?四肢欠損とかしてない?多分刺し違えるぐらいの覚悟だっただろう」

「「この命に代えても!」的な事は言ってましたけど、木製バットでぶん殴られた時の傷以外は特に傷は無いはずですよ」

「…それやったの、君だよね」


 ご名答。友田、紅里の攻撃避ける暇があるんだったらさ、引きニートの木製バットの一撃ぐらい避けようぜ?そのせいで僕がどんな目にあってるって。


「僕がやりました。後悔はしてません。僕が友田が何故か殺気立って紅里に襲い掛かって、白刃煌く剣戟が発生する喧嘩を言葉木製バットで仲介した結果、返り血が付いた僕が倒れている二人の真ん中にいただけで」

「君逮捕しようとした警官たちに敬意を表すよ。僕だったら見なかった振りしてそのまま逃げるよ?」


 いや、暴走した夢中症候群と戦うのが専門な特務課がそれを言っちゃあお終いだろ。しかも、返り血が付いているといっても思いっきり見かけ倒しだし。実際に戦闘してみ?秒以下で殺せるから。


「ところで、何罪ですか?僕は。死罪と無期懲役と、あと懲役は勘弁してもらいたいですね。あ、あとできれば金欠なので罰金もお願いします」

「つまり無罪放免して欲しいって事だよね?」

「だって冤罪なんですからぁあああああああ!」


 うん。しょうがないじゃん。やったのあのアホ共なんだから。


「…まあ、無罪放免に出来ないことも無いけどさ」

「ど、どうするんですか?!金ならあります!」

「堂々と賄賂を渡そうと考えられる君の神経、相当ず太いね。というか罰金はダメなのに賄賂は良いのか…最近の中学生はどうなってるんだ?」


 僕を中学生の代表だと考えないでほしいんですけどねェ!僕引きニートなんだから…


「君にとっての救済の手は――「私、登場!」もう帰ってくれない?早く」

「主人の命令だ至急土に還れ」


 読者の皆さんも飽きましたよねぇ!こんな長々と待たされるのは!だから早く紅里に引っ込んでくれと祈ってくれ!そして作者は早くこいつを引っ込めやがれ!


「いやだなマスター。私の登場を読者の皆さんは待ち望んでいたに違いないですよ」

「僕の思考を読むなそして黙りやがれぇえええええ!」


 そこから、紅里を黙らせるのに何分かかかった。最終的には、警察の皆さんが「うるせぇな…今休憩中名のによ」みたいな顔で部屋に入り、ドン引きしながら素晴らしい抜き打ちを見せてくれた。

 最終的には、大男が少女の顔面を机に叩きつけている画に落ち着いた。

 …落ち着いているのか、これは?


「…結局、何をすれば僕は無罪になれるんですか?」

「ああ、そういう話もしてたね。紅里ちゃんのせいで忘れてたよ」


 そう言いながら紅里の顔面をゴリゴリと机の上に叩きつける大連さんは、社会に疲れている社会人のような表情をしている。

 …そういえば、何歳だっけ、大連さん。


「君が無罪になれる手段は、事だよ」


 …oh。


「無理だよそんなの!」

「そう思うかもしれない。けど、君が無罪で済むには、僕の権力の元で庇護するしか…」

「引きニートに働けなんて酷ですよ!」

「…そっち、ね」


 勿論冗談ですよ。本気は五割…いや六割はあると思うけれどね。

 それにしても、まさか特務課に来い、とはね…。果たして僕にできるのだろうか?


「とりあえず、突然入れって言われても訳わかんないと思うから、内容の説明だけしても良いかい?それから、よく考えてみて欲しい」

「…中学生が働くのって、不味くないですか?」

「夢中症候群が暴れるのよりは不味くないから、事実なんていくらでも改変できるんだよ」


 …まさか大連さんにそんなに闇タイプな面があるとは思わなかった。でも、さっき紅里潰す事件も発現してたか、闇タイプ。


「じゃ、説明始めるよ」


 まず、僕が呼ばれるとするならば入るという『特務課・夢喰い』は、大連さん自身が隊長を務める第四大隊らしい。

 特務課には第一から第十大隊までがあり、その中でも第四大隊は、かなり小さな大隊らしい。


「本当、何でか知らないけど僕の第四大隊って凄い少ないんだよね。みんなキャラが濃いし。君も、多分馴染めると思うよ」

「…遠回しじゃなくて、直球で僕のキャラ濃いって言ってますよね?」

「違うかもね。だって第四大隊キャロライナリーパー並みの個性だから」


 この人、例えそれしか思い浮かばなかったのか?しかも、濃いというよりかは、辛いか刺激たっぷりかだろ。大丈夫か第四大隊。


「というか、他の大隊は平均で百五十人ぐらいいるのにさ、何で僕の所君含めて四人しかいないの?何で?」

「…よ、四人ですか」


 大丈夫じゃなかった。というか、何で三人しかいない組織の存続を認めちゃってるんだ?僕だったら確実に別の大隊に合流させるのに。

 大連さん一人称変わっちゃってるよ!


「はぁ、じゃあ仕事の内容と行くか。そんなに仕事内容多くないから安心してくれ。あと、僕の一人称は本来僕だから」

「脳労働に疲れてミスってたのかと思ってた…」


 基本的には、通報が来た夢中症候群の無力化らしい。大隊のグループごとに町を割り振られ、そこで無力化活動をするらしい。

 割り振られた町――縄張り的な?――に他の大隊のグループが応援などで来ると、敵意が凄まじいらしい。それこそ、市街地で嫌がらせをしてくるぐらい。

 いや、何をしてきたんですか隊長。懐かしそうな顔で語るような事じゃないでしょうがな。


「あの時は確か、都会に行った時だっけ?杏子きょうこちゃんが嫌がらせしてきたチャラ男を完膚なきまでボッコボコにしてたのが面白かったな。相手、恐怖で立ち上がれなくなってたよ」

「な、何をしたんですか…」


 大連さん、それはゆっくり見てたらダメな場面じゃなくて?助けに行く感じではなくて?

 …キャラ濃いって、こういう事なの?


「あ、杏子は君が病院にいた時に看護していた子だよ。第四大隊は、その人数の少なさから、みんな家族みたいなものだから、仲良くなれずに破綻するなんて事は無いはずだよ。多分」

「キャラが濃い人が多いだけにあんまり安心出来ない…!」

「私と杏子と、あと杏子の弟が今のところの構成員だ。ちなみに、杏子の弟はシスコンだから」


 第四大隊、致命的にキャラが濃い…!

 ドウシヨウ、ボク、ヤッテイケルカナ。


「話を戻してだけど、こっちに来るのだとしたら君も友田君も紅里ちゃんも犯罪の件は帳消しになるけど、多分二年ぐらいはこっちにいてもらう事になるよ」

「…その間二度と戻って来られない感じですかね?」

「いや?特務課の拠点に住み込むだけで、別に何度でも戻って来れるよ?あ、友田君は無罪放免って形になるけど、紅里ちゃんは君の夢だから、君が来るのだったら一緒に来てもらうよ」


 混ぜるな危険がそろった。こんなの、火薬庫の中に火投げ込むようなもんだよ。

 隣の椅子で疲れて呑気に寝ている紅里を見ると、もちろん殺意しか沸いてこなかった。こいつ、僕の夢っていうか、悪夢なんだが。そういう分類あるんじゃないのか?


「で、結局どうするんだい?粗方話すことは話したと思うけど。勿論、君が特務課に入らなかったって、僕は君にかけられる罪を出来るだけ少なくするように努力はするよ。でも、無罪には出来ないだろうね」

「じゃ、入ります」

「うん、そうした方が良い。一回頭を冷やして考えるのも大事――って、え?は、入るって?!無理をしなくても良いんだよ?僕の第四大隊なんて超ちっちゃい大隊だけど、そんな気遣いは無用だよ!?」


 怒られた。何故だ。入るって言ったのは本心からだし、変に哀れむような気持ちは無いんだが…?


「理由、そう!そう考えるに至った理由は!じゃないと入隊は認められん!」

「僕に協力するのかしないのか結局どうなんですか…(ぼそっ)。とりあえず、僕が入隊を希望した理由はですね、罪が無くなるってのも勿論ありますけど、もっと充実していて、満足できる人生を送りたいからですよ」


 僕がそう言った瞬間、大連さんの目の色が変わった。少し冗談の混じったさっきまでの楽し気な目から、一つたりともふざけた事を言うのを許さないという真剣な目に。


「…それは、君がその力を振るって、快楽的に他の夢中症候群を倒したいという事か?」

「違いますよ。僕には、そんな事をする理由が無いし、やれる程の根性はありません」


 小心者なんですよ。引きニートにそんな野望を求められても困ります。引きニートが持つ野望と言えばガチャで爆死せずに星5と星6を手に入れる事なんですから。


「僕は、今の、ただ生きているだけみたいな生活から、抜け出したいんですよ。僕の人生なんて、今の所寝て、食って、糞して、勉強して、ゲームして、でも結局楽しくなくて。他人と関わらずに、何を変わろうと思えなかった結果みたいなもんですよ。今の学校だって、学校に行かなくて、暇だったからやっていた勉強で、偶然受かったんですよ?本気の人の思いをどれだけ踏みにじった事でしょうね。僕は、そんな行き当たりばったりみたいなのを今回で最後にして、真剣に生きたいんですよ。他人と関わって、自分を変えられるきっかけを得ながら」

「…それで君は、どうするんだい?」

「自分の原型を残さないぐらい変えて、親に自慢しに行こうかなと。引きニートがこんなに変わったって、思ってもらえるようになろうかなと」


 これが、僕のまごう事なき本心。どうせ僕は、こんな絶好のチャンスでもないと動き出さないのだから、変わるなら今しかない。

 元々、出会った時から憧憬は抱いていた。こんな人になれたらって。絶対無理だと思っていた。

 でも、せっかくこんなチャンスが巡ってきたんだから。掴むに限るね。


「…分かったよ。君の覚悟は受け取った」

「ありがとうございます」


 僕の覚悟が、その熱量が伝わったようで良かった。


 この後僕は、椅子で呑気に寝てる紅里を大連さんが何処からか持ってきたハリセンでたたき起こしたり、親にいろいろと大連さんを交えながら説明をしたりした。孝行できなくてごめん。でも、ちゃんと変わるから。


 そして一週間後、僕の荷物と紅里の荷物を載せた大連さんの軽トラックがたどり着いた同日、僕らも乗っていた両親の車から降り、最後のハグを終えた。生涯の分かれなんじゃないから!多分結構会いに行くし!


 こうして親の腕の中から離れた僕の目に映る建物は、白い事には白いが、何だか寂れていそうな建物だった。隊員三人の実情が垣間見られるが、犯罪組織の温床のような雰囲気は無く、むしろ青々と前で茂る街路樹から昔から地域に根付いている温かみが感じられる気がする。


 まあ、引きニート如きが分かる重みではないでしょうが。


「じゃあ、心の準備は良いかい?」

「はい」

「yeah!」


 大連さんはその大きな腕をめいいっぱい広げると、言った。


「ようこそ、第四大隊へ」

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