久しぶりの中学校

 さっきまで偉そうに語ってきた記憶が僕にはあるが、さっそくやる気が失せてきた。何が確率やねん。力なんて鍛えねぇと無駄なんだよ無駄!

 学校なんて嫌いだ!


「もちろんこれには理由がある。君たちに調べて欲しい女子生徒はウチの中学二年生だ。そこで君たちには転校生という名目で同じ学年に潜入してもらいたい。そのため、制服などの学生として最低限のモノは身に着けて欲しい。当然、費用はこちら側が負担する」

「はい。その辺りは前回話してもらった通りでよろしいんですよね?何か他に追加の連絡事項などはありますか?」

「いや…だが、あなた達に念の為言っておくが、彼らは気に入らない生徒を襲ったり、次の日には狂信者にしてしまっている恐ろしい集団に成長・・・いや、この場合は変質とでも言うべきか。とにかく、身の危険を感じたら、すぐに手を引いてもらって構わない。そうしてもらっても、所定の金額は払わせてもらう」


 学校の校門の前でするような会話ではないと思うが、何というか、不思議だ。僕の目の前に立っている女性は、理性を失っているかというよりかは・・・


 冷静過ぎる?


「いえ、私達はそれなりには対夢中症候群戦闘のエキスパートだと自負していますので。必ず依頼は完遂させていただきます」

「ありがとう。だが、私は夢中症候群どうしの戦いがどのようなモノかは分からないが、出来れば死人は出さないでくれ。勿論、自分たちの命の危機であったら躊躇う必要などないが、私も教師としてこの学校に勤務している。死なせたくは、ないんだ」


 一見、どこにでもありふれて(いやこんな状況がありふれてもらったらそれはそれで困るけど)いそうなセリフの羅列だが、何処かおかしい気がする。


 教師なのに、「」なんて言うか?


 そもそも、かなりの確率で死者が出るという事がこの教師の中では確定しているようだが、たかが中学二年生(ぜんっぜん僕が言えた事じゃないけど)に人を殺せるぐらいの覚悟があるだろうか?


 そうなのだとしたら生まれる時空が500年ぐらい違うと僕は思う。


 話を戻すが、もし仮にこの教師が生徒に対する愛情が全くない冷血漢(この場合、冷血女とでも言うのだろうか?言葉のジェンダー化を進めて欲しい。断じて僕の語彙力が少ない訳ではないのだ)だったとしても、自分の経歴に傷がつくのを少しは恐れると思うのだが。

 そこは意地でも死なせるなと言うんじゃないのか?


「とりあえず、体育倉庫まで来てくれ。そこに制服などは用意してある。丁度その時間帯は体育館は誰も使わないし、閉まっているから見られる可能性はゼロに等しい。安心してくれ」

「…ちょっと待ってください。体育倉庫にいるのを、学生に見られるのは兎も角、他の先生方に見られるのもヤバかったりするんですか?」

「当然だろう?着替えるのだから」

「…!?、あ、いえ、違います。そういう意味じゃなくて、我々第四大隊のメンバーは正当な理由で当校にいるという事は、教師陣の方々も周知しているという認識で良いんでしょうか?という事です」


 まぁ、教師になった事も、こんな一種の極限状態になった事も無いから分からないが。というか人生経験淡泊すぎるから、それ以前の問題でもあるのだが。


 僕が「そんな一挙手一投足にまで注目するみたいになるのは良くないかぁ」と思考を巡らせている間にトントン拍子で話は進み、いつの間にか僕は知らない廊下にいた。


 …記憶が無いって訳じゃなくて、話を右から左に聞き流してただけだけどね。


 その僅かな情報によると、僕らの依頼人はこの教師―名前は田仲鳥江と言うらしい―だが、他の教師は鳥江さんが依頼を出したことを知らないらしい。まあ、その宗教団体?とやらに悟られない為の措置だったようだが、流石に教師間ぐらいでは教えあっても良いんじゃないか、とは思う。

 男性教論の様子が正常な事がまず大前提な話であった。


「ポロっと誰かが零して聞かれたら、それこそ何をされるか分からない、ね~。どこぞの独裁政治でもやりたいのかね?」

「マスター、その人は生まれる時代を間違えたかわいそうな奴なんですよ。ハァ、もうちょっと前に生まれていれば、活躍も出来そうなものだったのに」

「…お前が言えたことじゃあないだろ」

「ハッ、現代人が聞いて呆れる。美少女からのマスター呼びを至上とするメイド萌えとかを知らないんですか?これが今の時代の流行――――」

「その時代、多分もう過ぎてる」


 しかも、多分メイド萌えの意味が違う。


 ガーン、と効果音が付きそう、と言うか付けたいぐらい真っ白になって固まっている紅里の横を素通りしながら、僕は足を進める。

 体育倉庫に来てください、ねぇ。これを言ってくれる相手が僕と同年代ぐらいの超絶美少女だったら嬉「マスター、私がいるっていうのにその思考は褒められたものじゃない」テメェ僕に夢の一つでさえ抱かせてくれねぇのな気に喰わねぇからなぶっ飛ばすぞ拒否権なんて贅沢なモノは望むなコラ。


 僕がくっ付いてくる紅里に時に暴言、時に黄金のストレートを極めながら歩くと、先頭を歩く姉さんから謎のハンドサインが来た。


「(クイ、クイックイックイッ)」

「(フンフンフンフン)」

「「(!?!?!?!)」」


 右手を上げて、時計回りに回すという動作にどのような意味が含まれているのかは、僕には到底推し量れない。と言うか、それで何故姉さんと颯斗君が通じ敢えているのか全く分からない。

 言葉を超えた何かがあるのだろうか?


「マスター、これはきっと会敵かいてき注意というメッセージなんですよ。廊下の曲がり角に例の宗教団体?がいるから、見つからないようにしろという旨の!」

「たとえそうであったとしてもお前が全部ご丁寧に喋ってるから意味ねぇよ」


 小声であったとしても、相手が二、三メートル先にいるんだから普通に聞き取られるだろ。

 相手は難聴系主人公でもあるまいし。


 こうして紅里が「どこに隠れるんだ?」「そりゃ、教室…」「今授業中だろ」「おっふ」と自分の状況が詰みである事に気づいた時、姉さんが「こいつら何やってんの?」みたいな顔で振り向いた。


「静かに。直ぐ横の教室で授業やってるんだから。バレたらそこで依頼失敗になっちゃうし」

「あ、はい…すみませんでした」

「そ、それは兎も角、さっきのハンドサインっぽいモノの意味とは?!」


 器用な事に小声で叫ぶ(叫ぶという言葉には大きな声を出すという意味があるのだが、状況的に使用許可が僕の中で下りた)紅里を前にして、きょとんとした顔をした姉さん、そして「テメェらさっきからちょろちょろしやがってよォ」みたいな目線を向けてくる颯斗君がいた。


 こうして僕は視線で人は殺せずとも、拍動くらいなら阻害できるという事を知った。


「?…あぁ!あれね。アレはハンドサインとかじゃなくて、今何時かはやちゃんに聞いただけだよ?別に、特別な意味があるとかじゃないよ」


 僕たちの脳内文字数の内、かなりの量が消費されて導きだされた回答は、時間を颯斗君に聞いたという事だった。

 …いや、別に、それこそ会敵注意みたいなかっこよさげな意味がある事を期待してた訳じゃないけど?

 僕の隣のぽんこつは期待していたらしく、体育倉庫に辿り着くまでの時間は静かだった。


 時間にして約五分にも満たなかったのだが。


「よし、ちゃんと制服とかは用意してあるね。お、そこそこ悪くはないデザインじゃん。それに、戦闘に支障をきたしそうな感じじゃあ無さそうだね。はやちゃんの方はどう?」

「動きやすそう」


 完全に学生をする気で制服を着るつもり無いな、この人たち。そういう僕も、学校の制服というモノにあまり良い感情を抱いてはいないのだが。なら、僕の分身でもある紅里はどうなのだろうと横を見た。


「うっひょ~。マスターって本業学生の分際で、全くと言っても良いほど学生服の印象が無かったから私に中々そのイメージが伝わらなかったけど、これが学生服か~。なるほど、中学生で色恋沙汰がよく起きる理由が分かるぜ。これはエr――――」

「僕が考えもしていない事をあたかも僕がそう考えたように吹聴するんじゃない!」


 僕は心の中にこんなに汚いおっさんを飼っていた覚えは無いのだが。そうか、コイツは偽物なのであろう。でなければ僕の心に小人が住んでいる事になってしまう。


「紅里、お前偽物だな。どこですり替わりやがった」

「…は?いやいやマスター、どうやってそんな思考回路になるんですよ。というか、マスターの事をマスターって呼ぶの私以外なら耐えられないと思いますけどね。もし私が赤の他人だったら嫌悪感でゴミ箱十箱分くらいはキラキラを吐けますよ」


 偽物だろうと本物だろうと紅里を許すという選択肢が消えた瞬間だった。


 体育倉庫に丁度用意されていた仕切りで壁を作り、そこから特に主人公補正の象徴とでも言えようラキスケも起きず(だからと言って僕が主人公ではない訳ではない)、いや起きてしまったが最後僕は隣で着替えてる颯斗君に見るも無残に惨殺されるだろうが、僕らは体育倉庫を出た。


「これからは、みんな二年生のクラスにばらけて行くよ。一番危険度が高い本人のクラスには私が行くから、みんなはクラス内でどんな異常が起きているか、その対象はどのような条件が揃っている人物か確認してね」

「はい!…あれ?この依頼の最終目的ってなんでしたっけ?」

「こういう依頼の定石としては、保護が必要な対象かをこちらで判断して、必要なようだったら多少強引な手を使っても保護。そんでもって、周りに大した影響を出さなさそうだったら放置、または経過観察と言った所だね。だから、この依頼も中身はそんなもんだと思うよ。ただし、こういうのの九割以上は保護対象になっちゃうんだけどね。この依頼も多分その部類だと思う」


 つまり、交戦する確率九十パーセント以上と。はぁ、僕、結構な啖呵切って来たけど、生き残れるかなぁ?


「自由にクラスは決めて大丈夫とのことだから、はやちゃんは2ーD、優斗は2ーB、紅里ちゃんは2―Aに行って。私は2―Cに行く。これからは各自で動くけど、身の危険が迫ったと感じたら、躊躇いなく仲間を呼んでね。命あっての物種なんだから」

「分かりました!…あれ?学校をマスターの脳内でしか見たことが無い「誤解を招くような言い方すんな!」から分からないんですけど、流石に武器持って歩くのは不味いですよね?」


 どうやら僕が持ちうるこの国においての普遍的な常識の半分以下も紅里には伝わっていないようだ。嘆かわしい。


「あぁ!忘れてた。紅里ちゃんのは自由自在に収納できるからね。私とはやちゃんはカバンの中に入れるとして、優斗の銃はこれの中に入ってるよ」


 こうして僕に渡されたのは、竹刀袋、とでも言えるような代物だった。ただし、入っているのが竹刀だったら何本入れているのか分からないくらいには重かったが。


「これなら教室に置いておいても怪しまれる事はないでしょ。ちなみに、この竹刀袋っぽいの結構頑丈に作られてるから、多少乱暴に扱っても中の銃は壊れないって。所長のお墨付きだよ」

「我が隣でそれがボロ屑のように爆炎と共に空を舞い上がり、無傷で戻って来た姿を何度も見せられたからな。ついでと言わんばかりに刀も吹っ飛んでたが」


 たかが袋の強度の実験でダイナマイトかなんだかの爆弾を用いるマッドサイエンティストがこの世に存在してよいのだろうか?良いのだろう、実在しちゃってるし。

 僕的には、隣で鬼気撒き散らしながら「よぉくも私の刀に手ェ出したな…」とかぶつぶつ呟いている奴の方が悪いと思うが。だって怖いもん。地面なんか今ぴきッっつたよ?体育館の床って500キロぐらいは耐えられるらしいんだけどね。もう恐怖以外の何物でもねぇよ。


「後、校内ではお互いの事を知らないって設定ね。突如現れた新入生全員が顔見知りだったら、結構怪しいでしょ?」

「確かに…。他に、注意すべき所は?」

「私からは無いかな~。はやちゃんはどう?」


 いやできれば颯斗君の意見は参考にならないというか姉さんが世界の軸となっている人だから敬愛というか狂信者特有の謎のパワーが出てそうなのでご遠慮願いたいところではあるのですがいかがでしょうか…。


「貴様らが無駄な躊躇をしないように我直々に言っておくが、身元を知られ、。やらなかったら、次の瞬間やられるのは自分たちだという事を、それで傷つくのがお前らだけではないと言う事も、そのミジンコ以下の脳に焼き付けておけ」


 …やらなかったら、やられるね。まあ、それも当たり前の事なんだろうけど。平和の恩恵を享受している現代社会でも、先手を取って仕掛けなければ、やられてしまう。

 平和な現代社会(よくよく考えてみたら必ずしも平和な訳では無いな。この学校みたいに)と、戦いの中にも共通点があるとは。対のモノのはずなんだけどね。


 僕は少し弾んでいた気持ちを落ち着けて考えた。そして何気なく横を見た。

 

 鼓膜が空気の振動を受け取り聴神経がそれを信号として脳に送る。その間一秒にも満たず、だがたったそれだけの時間でも僕を後悔させるには十分であった。

 いや今のセリフ聞いてそれかよと。


「…ツンデレ?」

「お前ショタコン出してくるの構わないけどTPOってものを弁えようぜ?」

「え?TPOってツンデレ・ポイント・多すぎ、そして萌えるの略なんじゃないんですか?」

「お前は燃えちまえ」


 空気を読めないというのは現代人にあるまじき欠陥なのだと思うのだが、今は別にいいだろう。

 後で勝手に困れ。


「じゃあ、下校の時はここに集合ね。なるべく、普通で目立たない生活を心がけよう。じゃあ、またね」


 姉さんの言葉を合図に、僕らは体育倉庫から出て、バレないように各々の教室に向かった。


~~~~


「はい、全員席についてくださーい。今日、私達に一人の同胞どうほうが加わります!では、自己紹介をどうぞ!」

「…ゆ、夢咲優斗です。よろしくお願、い、します」


 どもった。出来れば僕という種族が根暗な生物の自己紹介なんてみんな聞かないでくれ、という僕の心の声を聞き取ってくれているのか、みんな興味が無さげな顔をしている。

 というか、心ここに在らず的な?


 それらを差し置いて、生徒の事を同胞呼びは教師としてどうなんだ…?


「それでは、一番後ろのあそこの席に座ってください。目が悪いなどの問題があったら前にしますが、大丈夫ですか?」

「ぁ、はい」


 やべ、僕まで心ここに在らずと言った感じになってしまってる。多分理由は違うけど。


 こうして僕は、一番後ろの隅っこと言う、根暗にはお似合いすぎる席を手に入れた。


「はい、では授業を始めますよ~」


 授業が始まった。何気に超久しぶりの学校だし、僕を見る人間も精々先生ぐらいしかいないこの席では、少し平静を保てるから、真面目に授業を受けてみる事にした。


 そして三時間後、昼休み。僕は隅っこで姉さんがいつの間にかカバンに入れていた弁当(隊長の手作り?)を食べていた。

 授業を受けてみた感想と言うと、何だかみんな。一応、特に騒がしくする輩も居らず、ノートもちゃんと取っている。だが、やる気と言うか何というか、人間味がそこに感じられなかった。

 このクラスの担任の教師は、多分天然の女性教師だから対象外だったのかもしれないが、その後やって来た数学の男性教師は生徒と同様上の空と言った感じであり、女性の国語教師も、何かに怯えるかのように授業を進めていた。


 確かに、これはおかしいだろう。そう声を大にして言いたいところではあるのだが、何をされるか分かったもんじゃないから、やらないけど。


 これが灰色の青春というものなのだろうか?


 ――キーンコーンカーンコーン


 チャイムの音が校内を駆け巡り、カフェテリアに昼食を取りに行った組がぞろぞろと戻って来た。

 それが特別おかしいという訳ではないが、やたらと男子が多い。というか、そのメンバーではないのが、僕と、僕みたいな陰キャ漂わせる…確か、中谷だっけ?そいつだけだ。

 逆に、女子は殆ど教室に残っていて、今日一番生き生きとしているようだった。主に、誰かの陰口とかで。


「いやだなぁ。生き生きとしているのが、陰口の時だけって」


 ボソッと本音がポロリした。視線の一極集中を感じた。背中にナイフを構えた誰かがいるという光景を幻視出来てしまった。

 女子ってコワい。

 明日同時刻某所、僕の居場所はあるのだろうか。


「授業を始めるよ~」


 本日二回目に聞く、どこか抜けた天然教師の声を合図に、学校初日後半戦の火ぶたが切って落とされた。

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