コジェ星外軍の最新型星間宇宙船チルトクローテは、天の川銀河ペルセウス腕内縁部へと近づきつつあった。チルトクローテは惑星コジェの科学技術の粋を集めて建造された、最新鋭の超大型戦艦であったが、漸くテスト期間を終え、初めての星間航行に就いたばかりだった。

チルトクローテ艦長ルクテロは、艦の最上部にある執務室から、艦外に広がるパノラマを静かに眺めていた。彼女の目に映っているのは、視覚を通してさえ、その静寂さが感じられるような宇宙空間であった。今は艦が定速航行しているため、煌めく星々も静止して見える。

ルクテロが生まれた惑星コジェは、天の川銀河サジタリウス腕外縁部にあり、彼女が生まれた時には、その科学文明の最盛期を迎えつつあった。そして高度な科学技術を用いた積極的な宇宙進出と他星の植民地化が、指導層によって押し進められている時代だったのだ。

コジェム（コジェ人の総称）は雌雄個体間の生殖によって、次の世代を生み出すタイプの生命体であったが、彼女が誕生した時代には、前代コジェ史の中に記録されている雌雄間の直接的な生殖行為が行われることはなかった。指導層を補助する人工知能（ＡＩ）によって、雌雄の生殖因子を用いた技術的生殖が完璧に管理されていたからだ。

そして新たに誕生した個体は、コジェ指導部配下の育成管理部門によって、統括的に育成されるシステムが運用されていた。その間に各個体の能力値と適性がＡＩによって経時的に測定記録され、各人に最適な教育が施される。そして社会参加能力を有すると判断されると、ＡＩによって提示されるオプションの中から、自身の社会的地位を選択することになるのだ。

このような社会システムをとっているため、コジェ社会には血縁集団のようなものは存在せず、各人が独立して社会と繋がる構造になっていた。このことは前代において、血縁集団間の抗争が繰り返されていたことへの反省から発していた。近代に移行するに当たって、統一共同体の運営が、特定の個体やグループによる恣意的なものにならないよう、ＡＩによる公正な判断に委ねるという、新たな統治形態が構築されたのだ。

新たな社会においては、かつて存在した血縁集団内での世襲的な要素は完全に排除され、ＡＩに蓄積された膨大な情報によって定められる、個々人の適性と能力値によって社会的地位が決定される。共同体の根本的な運営方針や、存続に関わる様な重大事項については、ＡＩからの情報を元に最高指導部が決定するシステムとなっている。しかし最高指導部自体が、ＡＩの適性及び能力値情報によって選出されるため、コジェ社会は完全なＡＩの管理下にあるという事実は疑いようがなかった。

首府にある最上位の教育機関での教育プログラムを終えたルクテロは、ＡＩが提示したオプションから迷うことなく星外軍の士官を選択した。彼女の能力値と適性が、いずれも指導的軍人として非常に高い数値を示していたことが選択の理由だった。そして星内軍ではなく、より危険度の高い星外軍への入隊を希望したのは、心情的な理由からだった。

現代のコジェ社会は、指導層と一般層の二階層に別れていた。それはＡＩが管理する能力値に基づいて厳正に管理されており、規定の能力値に達しない個体は、社会参加に際して一般層に振り分けられるのだ。そして一般層は指導層に比べて著しく権利が制限されていた。

そのため一般層の中で長く不満が蓄積し、それが法令違反や、場合によっては最高指導部への敵対行動に発展することがある。コジェ星内軍はそれらに対する治安維持軍としての役割が主であり、攻撃対象に対する圧倒的な優位性を持っていた。

一方で星外軍には、他星や宇宙空間での活動における、予測不能な事態に直面する危険性が常に伴っていた。そのため社会参加の選択時に、星外軍よりも安全性が高いという理由で、星内軍を選択する者は多くいたのだ。

しかしルクテロには、同胞であるコジェムに対して武力を行使することに、大きな心理的抵抗があった。それは彼女の社会参加時の年齢が、平均的な社会参加年齢の半分に満たなかったことが、内的要因としてあったのかも知れない。しかし彼女のその感情的な部分は、ＡＩから士官としての高適性要素の一つに挙げられていたことも事実だった。

星外軍の中級士官として社会参加を果たしたルクテロは、平均的な昇格期間の三分の一の期間で現在の地位、星外軍最高司令部の一人に昇格した。このことは、ＡＩからその能力に見合った地位を割り振られるコジェ社会では、特に珍しい事例ではなかった。彼女はやがて星外軍の統括司令官として、コジェ最高指導部に所属することになると、周囲から認識されているのだった。

そして彼女は現在、コジェ星外軍の最新鋭艦であるチルトクローテ艦長を兼任している。チルトクローテにとって、今回の任務が就航後初めての惑星間航行になるため、不測の事態への対応能力の高さが期待されるルクテロが、ＡＩによって艦長として推薦された結果だった。