【13】
戦艦チルトクローテは、惑星ネッツピア植民基幹基地から0.3コーネ(1コーネ=0.91キロメートル)の距離にある台地に着陸した。
通常この規模の戦艦は、再離陸のためのエネルギーコストという観点から惑星上に着陸することはない。
しかしチルトクローテは最新鋭の万能型戦艦として設計されているため、この問題を克服していたのだった。
ネッツピアの大地を包む淡黄色の霧が、チルトクローテの船体に纏わりつくが、さすがにその全容を覆い隠すことは出来なかった。
チルトクローテ艦橋の執務室で着陸に備えていたルクテロは、衝撃緩和システムによって緩和された微細な着陸振動を感じ、目的地点への到着を知った。
すぐに着陸完了と防御態勢解除の艦内アナウンスが流れる。
ルクテロはそのアナウンスを聞くと、即座に増援部隊の出動準備を命じた。
さらに科学武官、医療武官、技術武官らによる支援体制の準備状況を確認する。
すべての準備が整っていることを確認した彼女は、重装備の先遣隊200名を艦外に出し、艦周辺の安全確保を行わせる。
続いて残るすべての増援部隊に出動命令を出し、植民基幹基地にいる探索部隊の支援に向かわせた。
部隊を送り出したルクテロは、続いて探索部隊との通信回線を開き、状況報告を行わせる。
最初に報告を行ったのはソパムだ。
彼は基地内の各ブロックで入植民と駐留兵の死体が多数発見されたこと、死体は悉くヨンクムドリによって食い荒らされていたこと、そして基地1階で処分した1体以外は、基地内に生きたヨランゲタリは存在しなかったことなどを簡潔に報告した。
次にソパムは基地内の生存者について言及した。
「基地内では、駐留軍の駐屯ブロック内で発見された、2名の駐留兵以外に生存者はいませんでした。基地司令、駐屯軍司令含め、全員が原生動物によって殺害されたと推察されます」
「基地内で最初に発見された入植民の死体は、比較的新しいものだという報告があったが、それについては何か新たな情報は得られているか」
「はい。入植民の生活ブロックにある食料保管庫の1室に、比較的新しい生活痕が残されていました。その中にヨンクムドリは入っていませんでしたので、おそらく室内に逃げ込み、扉を閉じることが出来たのだと思います。推測に過ぎませんが、最近までその中で避難生活を送っていた入植民が、何らかの理由で室外に出た際に、ヨンクムドリに襲撃されたものと思われます」
「分かった。続いて、生存者について報告しなさい」
「はい。生存者2名のうち、1名は駐留軍10等級指揮官のウジョン、もう一名は15等級兵士のビャンヒョンです。ナジノ科学武官から、AI記録情報のコードを送付しますので、詳細は後程ご確認ください。そして、その2名ですが」
何故かソパムが言いよどむ。
「報告を続けなさい」
不審に思ったルクテロは、そう短く命じた。
「基地内の記録装置の映像が復元されましたので、まずそちらをご確認下さい」
ソパムの説明に続いて、画面が切り替わった。
兵士たちが、ヨランゲタリから逃走する際の映像のようだ。
それを見たルクテロは、咄嗟に状況が理解できず、強い口調でソパムに問い質す。
「この映像はどういうことだ。私には先頭を走る2名が、後続の兵士たちを軽火器で攻撃しているように見えるが」
「仰る通りです。そして先頭の2名が、今回基地内で発見されたウジョンとビャンヒョンなのです」
「私には意味が理解できないのだが、何故この2名は、味方の兵士たちを攻撃しているのか」
「本人たちが黙秘しておりますので、推測を申し上げます。おそらくこの2名は、自分たちの逃走を有利に運ぶために、味方の兵士の足を止めて、ヨランゲタリに襲わせたものと思われます」
「つまりウジョン、ビャンヒョンの2名は、味方兵士を犠牲にして、自身の逃走を図ったということか?」
「そう考えざるを得ません」
ソパムの回答を聞いて、彼女は一瞬言葉を失った。
「この2名の処遇ですが、どのようにいたしましょうか?現在拘束はせず、部下の監視下に置いておりますが」
「即座に拘束して、チルトクローテに連行しなさい。法務武官に尋問させます」
「承知しました」
ルクテロは、自身の中に強烈な嫌悪感が渦巻いているのを感じた。
――冷静にならなければ。
そして報告の継続をソパムに命じる。
それを受けてソパムが言った。
「私からの報告は以上です。続きまして、基地襲撃時の状況について、ルンレヨ科学武官から報告してもらいます」
画面がソパムからルンレヨに切り替わる。
「ルクテロ指令。基地襲撃時の記録映像の分析が終了しましたので、状況について報告させていただきます。まずこの映像をご覧下さい」
即座に画面が切り替わる。移動機器の保管庫内の映像のようだ。
移動機器が並ぶ庫内を、1人の駐留軍兵士が扉に向かって行く。
その兵士が扉の開閉端末を操作しているらしい様子が映ると、続いて基地の扉が開かれた。
そして開かれた扉から、ヨランゲタリと思われる大群が基地内に進入して来る。
そこから映像が次々と切り替わった。
基地内各所で入植民や駐留兵が、ヨランゲタリに襲われて逃げまどっている場面が続く。
兵士の中には火器による反撃を行った者もいたが、ヨランゲタリの襲撃を止めることは叶わなかった。
その時映像が切り替わって、再び画面上にルンレヨが映し出された。
「指令。今ご覧いただいたように、駐留軍兵士が基地の扉を開いたことで、外部からの原生動物の進入を許した模様です。何故その兵士が扉を開いたのか、意図的に行われたのか、或いは何かの偶然によるものなのかは、現在まったく不明です。扉を開いた兵士は、その識別番号から特定できていますが、既に基地内で死亡が確認されています」
そこまで報告してルンレヨは一旦言葉を切る。
――不可解な状況が多すぎる。
そう思ったルクテロは、報告を続けるよう促した。
「次に襲撃後の状況について、映像分析の結果をご報告します。まず基地中枢ブロックについてですが、通常では2階の居住ブロックから3階にある中枢ブロックに繋がる昇降ステップは、セキュリティの掛かった扉で封鎖されています。しかし襲撃当日、居住ブロックから逃走を図った副指令を追って、ヨランゲタリ1体が中枢ブロックに侵入した模様です。この1体によって基地指導層は全滅し、さらに基地管理制御システムへのエネルギー供給ラインが破壊されたことで、システム中枢がダウンしたと推察されます。その際に緊急セキュリティモードが発動し、基地内の全扉が強制的に閉じられています。その結果、内部に閉じ込められたヨランゲタリは、1体を除いてすべて餓死したと思われます。また襲撃時に逃げ延びた数人の入植民も、餓死していることが確認されました」
「生き残った1体は、やはり入植民たちを食べて生き延びということか」
「おそらく。通常ヨランゲタリは、体内に蓄積した養分で2ミーゲル(1ミーゲル=0.73か月)程度は生存可能というデータがAIに記録されておりますが、今回はそれよりも長期間であったため、殆どの個体が死滅したものと思われます」
「待て。ヨランゲタリは惑星上の植物を摂取して生活しているのではなかったか。それがヨンクムドリ同様、肉食に変化したということか」
「AIの記録データ上はそうなっておりますが、元々雑食性であった可能性は否定できません。もちろん指令のご指摘通り、食性の変化が起こっている可能性は十分あるかと思われますが。この点はさらなる検証が必要ですので、一旦結論を保留させていただきます」
「分かった。他に報告することはあるか」
「報告は以上ですが、指令への進言が1つあります。機密事項に該当するため、一旦チルトクローテに帰艦の上、直接進言したいと思いますが、いかがでしょうか」
ルクテロは彼女の進言内容を予測できたが、他にも情報交換すべき内容があると考え、帰艦を許可した。
「それではルンレヨ科学武官は帰艦しなさい。ソパム指揮官はルンレヨ武官に護衛をつけるように」
「承知しました」
2人が同時に応える。
「ソパムは引き続き基地内の指揮を担当しなさい。増援部隊も含めてです。そして基地内の物資点検、負傷者の治療補助、入植民及び駐留兵の遺体と原生動物の処理を行いなさい。ルンレヨはナジノとギルガンに、引き続き基地内情報の分析を行わせなさい。以上、速やかに任務を遂行するように」
そう言ってルクテロは通信回線を切ると、すぐさまAI情報にアクセスして、ウジョンとビャンヒョンという兵士の情報を検索する。
その結果、2名は同時に星内軍から星外軍に転属していることが判明した。
星内軍時代も現在と同様に、上官と部下の関係であったようだ。
ウジョンは星外軍への転属前は8等級指揮官であった。所属階層は一般層で、社会参加の時点から星内軍に配属されている。
軍歴は非常に長く、能力値も平均以上を示していたので、通常であれば一般層の最高ランクである、6等級指揮官に昇級していてもおかしくないレベルだった。
しかし彼の性情分析データを見ると、計測値の分布が非常にアンバランスであるため、AIによるって指揮官としての適性が低いと判断されたようだ。
ウジョンは特に利己性が非常に高く、感情抑制能力が極端に低い特質を示していた。
彼が星内軍から星外軍に転属になった理由は明確だった。
コジェ首府内での違法行為摘発の際に、対象者に対して過度の暴力を行使したことが法令違反と認定されたのだ。
そして星外軍に転属の上で、ネッツピア駐留軍として派遣されたのだった。その際に階級が8等級から10等級まで降格されている。
一方のビャンヒョンは、訓練兵を除く軍の階級の中で、最低ランクの15等級兵士だ。
彼もウジョンと同様に社会参加の時点から星内軍に配属されている。
軍歴もかなり長いのだが、その間一切昇級していないことが、彼の能力の低さを物語っていた。
ビャンヒョンは長年にわたって、ウジョンの部下として働いている。
そしてウジョンの降格転属の原因となった事件にも深く関与していて、同時に星外軍に転属していた。
もちろんネッツピア駐留軍への配属も同時だった。
ルクテロは2人のデータを見終えて、深刻に考え込んでしまった。
同僚を犠牲にして、自分たちだけが生き延びようとするその利己性に、深い嫌悪感を覚えずにはいられなかったからだ。
今回の任務に、そのような者たちが関わってきたことに、漠然とした不安を感じてしまう。
常に冷静な彼女には珍しいことだった。
そしてルクテロは、先程の基地内映像で見た兵士の姿を思い出していた。
――何故あの兵士は、基地の扉を開けたのだろう?
その理由がまったく想像できず、不安と共に沸き立ってくる焦燥感が、彼女の心に重く圧し掛かっていた。
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