【14】
「兵士が扉を開けた時の映像をもう一度見せてもらえますか」
ソパムは、基地内の映像記録を精査しているギルガンに声をかけた。
「何か気になることがありますか?」
そう言いながらギルガンは画像の検索を始める。
軍での階級は彼女の方が上だったが、ソパムが自身よりかなり年長であることと、その軍歴の長さに遠慮があるためか、彼に対しては丁寧な言葉遣いをする。
その点は彼女の上官であるルンレヨも、同僚のナジノも同様だった。
目的の映像はすぐにヒットし、画面に流れ始めた。
ソパムはギルガンの背後から画像を覗き込む。
移動機器庫内を扉に向かって行った兵士が、扉の開閉端末を操作し、基地の扉が開く。そして開かれた扉から、ヨランゲタリが基地内に進入して来る。
「そこで止めて」
そう言って、ソパムは画像を凝視した。
「どこが気になります?」
「この駐留兵の画像を拡大して下さい」
ギルガンは不審に思いながらも、指示通り兵士の画像にフォーカスを当て、映像を操作して拡大する。
「あっ!」
彼女は思わず声をあげた。
「見えますか」
「はい、駐留兵の体から何かが抜け出したような」
「これの動きを追うことは出来ますか?」
「やってみます」
ギルガンはゆっくりと画像を操作する。
兵士から抜け出したように見えた何かは、そのまま保管庫の壁を這うように動き、開け放たれた扉から基地外へ出て行った。
「映像の乱れということはないですよね?」
「この動きから見て、その可能性は極めて低いです。ないと言い切ってよいと思います」
ギルガンの答えを聞いたソパムは、自身に言い聞かせるように呟く。
「動きから見て、ヨンクムドリではないな。小型のヨランゲタリということは考えられるか…」
それを聞いたギルガンは、素早く情報アーカイブにアクセスした。
「AI情報によると、ヨランゲタリは幼体でも3トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)を超えるとされています。この画像に映ったもののサイズから考えて、ヨランゲタリである可能性はないかと」
「だとすると、どのような可能性が考えられますか?」
ソパムの問いに、彼女は少し考え込んだ。そして言葉を選ぶようにしながら答える。
「推測に過ぎませんが、この惑星にヨンクムドリとヨランゲタリ以外の動物が存在している。その可能性がないとは言い切れません」
「未知の動物ですか」
「あくまでも可能性です。今の段階で即断することは危険です」
「それは承知しています。ただ、それが存在するリスクを想定しておかないと、クァンジョンたちの二の舞になりかねない」
ソパムは苦い思いで返した。
「ソパム指揮官の仰る通りかと思います」
「では、私は部隊に対して警戒を指示しますので、ギルガン武官は、ルンレヨ武官を通して指令に報告して下さい」
「承知しました。すぐに対処します」
***
ルクテロはチルトクローテ艦橋の執務室で、ルンレヨの到着を待っていた。
彼女は今、深い思索の中にいる。
ルンレヨからの進言内容については想像がついているのだが、それを決断することに僅かな躊躇を覚えているからだ。
それはチルトクローテに搭載している<ソミョル>を、この惑星ネッツピアで使用するかどうかという決断だった。
<ソミョル>とは、コジェ星外軍の科学ディヴィジョンが最新技術の粋を集めて制作した環境適応型生物兵器だった。
<ソミョル>は、現在AIに記録されている全ての惑星情報を基に、あらゆる環境で機能するよう設計されていた。
そしてその使用目的は<惑星浄化>だった。
<ソミョル>開発の契機となったのは、ルクテロが指揮した、惑星ソタでの掃討戦だった。
ソタミムを初めとする惑星上の生物を、軍が直接殲滅に当たった結果、戦闘に参加した兵士の半数以上が何らかの精神的ダメージを受けてしまった。
それを重く見たコジェ最高指導部は、軍による直接的な<惑星浄化>に代わる手段として、<ソミョル>を開発したのだった。
そしてコジェ最高指導部と、ルクテロたち一部の軍高官たち以外には共有されていない別の事実があった。
それは惑星コジェの破滅的危機に関するものだった。
ルクテロたちコジェム(コジェ人の総称)の母星であるコジェは、惑星としての終末期を迎えようとしていた。
それ程遠くない将来に、惑星規模の自然災害が発生し、住環境に壊滅的かつ不可逆的な被害が生じる可能性が、AIにより示唆されていたのだ。
これを受けて最高指導部は、他星への全面移住を決断せざるを得なかった。
そして候補となるいくつもの惑星に、探索隊が極秘裏に派遣されていた。
それらの探索隊が携行しているのが<ソミョル>だった。
コジェムの移住先として適切と判断された場合は、事前の措置として、その惑星上の先住生物を浄化するため、<ソミョル>を発動させることが、各探索隊の任務だったのだ。
惑星ネッツピアは移住候補の対象外ではあったが、その豊富な資源確保のために、状況に応じて<ソミョル>を使用することが、最高指導部からルクテロへの指令でもあった。
そして今、ルクテロは決断を迫られていた。
おそらくルンレヨは、<ソミョル>の使用を進言するであろうと予測される。
しかし彼女は、自分たちの都合で先住生物を殲滅し尽くすという最高指導部の方針に、嫌悪感を覚えずにはいられなかった。
そしてその最高指導部の方針が、AIによって提示される選択肢の中から決定されることを考え合わせると、AIとはコジェムの利益のみを追求するよう設計されているということを、改めて認識させられる。
彼女自身が将来最高指導部に籍を置いた場合、果たしてこのような方針決定に賛同できるだろうかという自身への疑問が、彼女の心を揺らすのだ。
「ルクテロ指令。ルンレヨ科学武官到着しました」
その声に彼女は我に返る。そして執務室の扉を開錠した。
「入室しなさい」
扉が開き室内に入ったルンレヨは、ルクテロの前まで来て直立する。
「楽にしなさい」
「はい」
ルンレヨは心持ち姿勢を崩す。
「それでは、ルンレヨ武官からの進言を聞きましょうか」
ルクテロの言葉に、彼女は深刻な表情を浮かべて言った。
「指令。進言に先立ちまして、ご報告がございます。よろしいでしょうか」
「許可します」
「チルトクローテへの帰艦途中に、ギルガンより新たな事態の報告がありました」
ルクテロはその言葉に少し緊張したが、無言で彼女を促す。
「ヨランゲタリによる基地襲撃時の画像に、ソパム指揮官が不振を抱いた模様です」
「どういうことか?」
「その画像をご覧いただきながら説明したいと思いますが、よろしいでしょうか」
「許可します」
ルンレヨは即座に手元のタブレット端末を操作すると、ルクテロの執務机に設置されたモニターに画像を転送する。
「これは先程お見せした、襲撃時の画像です。基地の扉を開けたと思われる、駐留兵の周囲にご注目下さい」
そう言いながら彼女は、画像を拡大する。
「この駐留兵から何かが抜け出て、基地の壁を這っている様子がうかがえると思いますが、いかがでしょうか?」
ルクテロは画像を注視した。
確かにルンレヨの指摘通り、何かが壁を這って基地外に出て行ったように見える。
「この物体が何か判明していますか?」
「いえ、つい先ほどソパム指揮官とギルガンによって検出されたばかりですので、この物体については不明のままです」
「では質問を変えよう。この物体の可能性として想定されるものはありますか?」
「はい。ギルガンからの報告によりますと、この物体は動きの速さからヨンクムドリとは考えられず、その大きさからヨランゲタリである可能性が否定されるとのことです。即ち、現在我々が把握している、2種類の原生動物以外の生物である可能性が示唆されます」
その報告を聞いて、ルクテロは暗澹たる思いに包まれた。彼女の予測を遥かに超える事態が、今目の前で進行していると感じたからだ。
「その未知の生物が、基地襲撃に関与していたということですか?」
「その点につきましては、情報があまりにも不足していますので、お答えすることが出来ません。申し訳ありません」
「いや、それは仕方がないでしょう。そしてルンレヨ武官。あなたからの進言ですが」
ここでルクテロは一旦言葉を切る。
もはや決断を躊躇している時ではない。
最高指導部がネッツピアを放棄する決定を下すなら別だが、その可能性はあり得ないからだ。
彼女は強い意志を込めて命令した。
「<ソミョル>の使用についてですね?使用を許可します。すぐに準備を始めなさい」
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