【15】
ルクテロの決断を受け、ルンレヨは即座に部下の科学武官たちに、<ソミョル>の設置準備と、設置個所の選定を指示した。
それと同時に、チルトクローテ艦内残留部隊のヨユン8等級指揮官に、<ソミョル>設置地点までの護衛を依頼する。
「<ソミョル>というのは何ですか?」
ヨユンは初めて聞くその名前に戸惑いを覚え、ルンレヨに確認した。
「<ソミョル>は、星外軍科学ディヴィジョンが作成した、最新型の環境適応型生物兵器です」
「環境適応型生物兵器ですか。ということは、兵士による操作などは不要ということですね?」
「あなたの理解で正しいです。<ソミョル>は一旦起動すると、以後は停止措置が採られるまで、自動的に兵器として機能し続けるよう設計されています」
「それでは、かなり規模の大きな兵器と考えてよろしいですか?運搬に使う移動機器を選定しなければなりませんので」
「実物を見た方が早いでしょう」
ルンレヨはそう言って、ヨユンを<ソミョル>の保管スペースへと誘った。
科学武官たちが忙し気に立ち働く場所に移動したヨユンは、初めて見る<ソミョル>に驚いて言葉が出ない。
そこに置かれていたのは、直径が10ルトコーネ(1ルトコーネ=1.32センチメートル)程度の小さな球体だったからだ。
彼はその球体を繁々と見ながら言った。
「これが<ソミョル>ですか。しかしこんな小さなものが、兵器として機能するものなのですか?」
「ヨユン指揮官が驚くのも無理はありませんが、これは<ソミョル>の核に過ぎないのです。<ソミョル>は一旦起動されたら、この核を起点として、停止措置が採られるまで、理論上無限に増大して行くのです」
ヨユンがその意味を理解できていないようなので、ルンレヨは説明を重ねる。
「端的に言えば、<ソミョル>はこの惑星上の生物を栄養源として摂取しながら、増大して行くのです。最終的には惑星全体を覆いつくすまでになるでしょう」
「惑星全体を覆いつくす…。つまりこの兵器は、この星の生物を食い尽くすまで止まらないということですか」
「あなたの理解は概ね正しいです。しかし<ソミョル>は、惑星を覆いつくした後でも、停止する訳ではありません。我々が停止措置を施すまでは、いつでも活動を再開できる状態で静止し続けるのです」
理解がまだ追いつかないのか、ヨユンは黙り込んでしまった。
「ルンレヨ武官。<ソミョル>設置準備完了しました。いつでも出発可能です」
その時2人の背後から声がかかった。
ルンレヨは声の主に頷いた。
「ヨユン指揮官。現在<ソミョル>の最適設置個所を選定しています。その間に、部隊の出発準備を整えて下さい。そして部隊は重火器を装備して下さい」
「承知しております。情報は部隊内で共有されていますので。では、直ちに出発準備にかかります」
ヨユンは即座に通常モードに戻ると、護衛部隊編成のために離れて行った。
***
1サバル(=1.31時間)後。
ルンレヨと部下の科学武官4名、そしてヨユン率いる護衛部隊25名を乗せた輸送機は、淡黄色の霧に包まれたネッツピアの森林地帯上空を飛行していた。
目的地までは残り0.5サバル程の道程だった。
「指揮官。左前方をご覧下さい」
その時輸送機の操縦兵から、機内通話が入る。
その声に機外に目を剥けたヨユンは、思わず声をあげた。
「何だあれは!?」
そこには灰褐色の巨大な球体が、何体も蠢いている。
大きいものは優に20トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)を超えているように見えた。
「ヨランゲタリです。しかし、あんな巨大な個体は、これまで報告されていません」
驚いた科学武官の1人が叫ぶ。
その時機が急に方向を変え、機内の隊員たちは床に投げ出された。
1体のヨランゲタリが振り上げた、最大肢を避けたようだ。
そして操縦兵が水平に機体を立て直した瞬間、今度は右側から大きな衝撃が襲ってきた。
霧に包まれた森林の中から、1体のヨランゲタリが、跳躍して機を襲ってきたのだ。それによって機体は大きな損傷を受けてしまった。
「緊急着陸に入ります。各人防御態勢を整えて下さい」
操縦兵からの緊急通話を受けて、床に倒れていた兵士たちはすぐに体勢を立て直す。
そして科学武官たちを助けて、素早く緊急着陸の衝撃に対する防御措置を取り始めた。
息つく間もなく輸送機は霧を掻き分けながら、樹林へと突入して行く。
樹木をなぎ倒しながら、地面を滑っていく衝撃が機体全体を震わす。
やがて輸送機は深い密林の中で停止した。
ヨユンは停止と同時に安全措置を解除し、歴戦の指揮官ならではの沈着さで、部隊に命令を下す。
「総員重火器装備。第1、第2分隊は装備後速やかに機外の安全確保。残り3分隊は機内の装備を点検し、搬出に備えよ。ルンレヨ科学武官、お怪我はありませんか?」
最後にルンレヨの安否を確認した。
「大丈夫です。あなたたちはどうですか?」
ルンレヨも部下4名に声をかける。
全員無事のようだった。
「操縦兵、応答せよ」
ヨユンは機内通話で操縦席に呼びかけたが応答がない。
「機内の3分隊は装備を機外に搬出せよ。ルンレヨ武官。部隊に続いて機外に出て下さい。俺は操縦席の状況を確認して、チルトクローテに救援要請をします」
そう言い残すと、ヨユンは操縦席へと向かった。
「科学武官は<ソミョル>の搬出準備をしなさい」
ルンレヨも部下たちに命令を出す。
全員が一斉に動き出した。
先に機外に出た2分隊からの合図を受け、兵士たちが次々と機外へ降りていく。
ルンレヨたちもそれに続いた。
外は淡黄色の霧に包まれている。
その霧の奥から、いつヨランゲタリの襲撃があるかも知れないという危機感から、部隊の緊張感は極度に高まっていた。
25名の兵士が輸送機を背後にして迎撃態勢を整えた終わった時、機内からヨユンが降りて来た。
「操縦兵はどうでしたか?」
「駄目でした。着陸の衝撃で全身を強打したようです」
「そうですか。残念です」
そう言って顔を曇らせるルンレヨに、ヨユンは厳しい表情を向けた。
「チルトクローテに救援要請は出しましたが、救援部隊が到着するまで、早くとも1サバルは掛かるでしょう。それまでここで持ちこたえなければなりません。最悪、科学武官にも武器を取っていただくことになります」
「分かりました。一応全員訓練は受けていますが、戦力としてはあまり期待しないで欲しい」
ルンレヨの答えにヨユンは無言で応えた。
その時背後から声がかかった。
「ルンレヨ武官。よろしでしょうか?」
「どうしました?」
「<ソミョル>が起動しています」
「事実ですか?何故?」
「着陸の衝撃で、起動装置がオンになったようです」
「すぐに停止措置をしなさい」
「それが、停止装置が作動しません。おそらく着陸の衝撃で」
科学武官がそう言って口ごもった時、前方から樹木をなぎ倒す大きな音が響いて来た。
全員が前を注視すると、間もなく霧を掻き分けて、巨大な数体のヨランゲタリが姿を現す。
「前面3分隊攻撃開始。2分隊は側面からの攻撃に備えろ」
ヨユンの命令と同時に、無反動重火器による攻撃が開始された。
たちまち数体のヨランゲタリが、断末魔の絶叫を鳴り響かせて倒れ伏す。
しかしそれで終わりではなかった。
倒れたヨランゲタリの表皮から、何かが剥がれ落ちる。
それは蠢きながら地上を這いずって、ヨユンたちに向かってきた。
「指揮官。ヨンクムドリです」
「慌てるな。ヨンクムドリの動きは遅い。分隊中の1名は、ヨンクムドリの群れが5トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)まで近づいたら、燃焼ガスを噴射して焼却せよ」
ヨユンの命令に兵士たちは即座に対応する。
その時。
背後の輸送機の機体が大きく揺れた。
後方にいたヨユンたちが振り仰ぐと、機体を乗り越えて巨大なヨンクムドリが姿を現した。
そして最大肢を振り下ろし、科学武官の1人を空中高く釣り上げる。
ヨユンは反射的に手にした無反動重火器で攻撃したが、時すでに遅く、若い武官は体を引き裂かれてしまった。
ヨユンの攻撃を受けたヨランゲタリは、そのまま機体の上に蹲って動かなくなったが、その体に付着していたヨンクムドリが、ヨユンたちに次々と降り注いでくる。
「側面部隊。落ちて来たヨンクムドリを踏みつぶせ。科学武官たちも協力して下さい」
身体に付着したヨンクムドリを振り落としながら、ヨユンは燃焼ガスの噴射器を素早く掴み、上方のヨランゲタリの死体に向かって照射した。
それによって死体から剥がれ落ちようとしていたヨランゲタリは、ほとんどが焼却され、それ以上は落ちて来なくなる。
地上に落ちた群れも、ルンレヨたちが必死で踏み潰すことで、何とか処理することが出来た。
「左側面の分隊。機体の上に登って、背後からの攻撃に備えよ。残り4分隊で、全方位からの攻撃に備える」
そう命令してヨユンはルンレヨに声をかけた。
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です」
そう言ってルンレヨは、引き裂かれた部下の死体に目を向ける。
部下の死体は部隊の左右に投げ出されていた。
そこにヨンクムドリが這いずって行く。
「ヨユン指揮官。焼却して下さい」
部下の死体が食い荒らされるのに耐えられず、ルンレヨはヨユンに懇願の眼を向けた。
ヨユンは頷くと、部下に死体の焼却を命じる。
「いいか。救援部隊がこちらに向かっている。到着まで踏ん張れよ」
ヨユンが部下たちに檄を飛ばした時、前方からヨランゲタリの群れが霧を掻き分けて襲い掛かって来た。
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