【16】
ヨユンからの緊急通信を受けたルクテロは、即座に救援部隊を出すよう命令した。
命令を受けた副官は、入植基幹基地に展開しているソパムの部隊に緊急出動を命じる。
ソパムは麾下の中から150名の地上部隊を選抜し、さらに5機の軽戦闘機を率いて自ら出撃した。
現地に向かう輸送機内で、ソパムは強い焦燥感を味わっていた。
救援要請があってから、出動まで0.5サバル(1サバル=1.31時間)、現着まで約1サバル。たったそれだけの時間が、異様に長く感じられる。彼の軍歴の中で、これほど切羽詰まった状況は初めてだったからだ。
「ソパム指揮官。現地到着まで、残り約30レサバル(1レサバル=0.48分)です」
操縦室からの機内通信を受け、ソパムは即座に指令を出す。
「総員、出撃準備。地上部隊は、分隊毎に重火器4機と燃焼ガス噴射機1機を装備しろ。軽戦闘機は先行して上空よりヨランゲタリへの攻撃を開始せよ。跳躍して攻撃して来る個体がいるようだ。注意を怠るな」
ソパムの強い口調に、部隊全体に緊張感が走った。
全員がヨランゲタリとの戦闘を経験しており、容易ならざる相手であることを、はっきりと理解していたからだ。
地上部隊を乗せた輸送機が現地に到着した時、地上に広がる森林には、無数とも思えるヨランゲタリが四方から集結していた。
その中心に、ルンレヨたちを乗せて緊急着陸した輸送機があるようだ。
森林上空では、既に軽攻撃機5機による攻撃が開始されていた。
軽攻撃機は、無反動重火器に相当する威力の弾を連射できる装備を搭載しているので、上空からの攻撃によってヨランゲタリの群れを十分にけん制できているようだ。
ソパムは、ルンレヨたちの機に近い平地を見つけ、即座に着陸を命じる。
「着陸後は、即座に救援行動に移る。輸送機毎に2分隊を警備に残せ。救援部隊は10分隊ずつ、並列で進んでヨユン隊を目指せ」
5機の輸送機は着陸と同時に、緊急出動用のハッチを開いた。
そこから続々と部隊が飛び出していく。そして命令通り2列にまとまって、森林内に突入して行った。
ソパムは直属の1分隊と共に最後尾を進んで行く。
途中何体ものヨランゲタリと遭遇したが、即座に無反動重火器で制圧していった。地上を這って近づいて来るヨンクムドリの群れは、燃焼ガスによって焼却していく。
――これ程巨大な個体がいるのか。
部隊が遭遇した中には、20トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)に達するヨランゲタリがいた。
事前情報との大きな乖離に、ソパムの中で危機感が急激に増大する。
――この星から即座に撤収すべきではないのか。
しかしそれは、彼の権限を遥かに越える事柄だった。
――何を考えている。まずは今の作戦に集中すべきだろう。
ソパムは自分を叱咤した。
救援部隊は速やかに進行し、やがて緊急着陸した輸送機まで到達した。輸送機の周辺では、数体のヨランゲタリを相手に、激戦が繰り広げられている。
「全部隊突入。輸送機周辺を確保しろ」
ソパムの号令一下、20分隊が一斉攻撃を開始する。
ソパムは2分隊を率いて、輸送機を背にしているヨユンの部隊を目指した。
「ソパムか。助かったぞ。もうすぐ重火器の弾が切れるところだった」
到着したソパムを見て、ヨユンが安堵の声を漏らす。
「被害は?」
「犠牲が兵士3名、科学武官1名。重傷者が兵士2名だ」
「そうか。犠牲が出たか」
その時2人の会話に、ルンレヨが割り込む。
「ソパム指揮官、救援感謝します」
「ルンレヨ武官殿もご無事で」
短いやり取りの後、ルンレヨが深刻な表情で言った。
「我々はルクテロ指令の命令で、<ソミョル>という生物兵器を設置するために移動中でした」
「<ソミョル>?」
「はいそうです。星外軍が開発した、環境適応型生物兵器生物兵器です」
「目的は?」
「惑星浄化です」
その言葉を聞いて、惑星ソタでの記憶が、ソパムの心に突き刺さった。
――ここでも皆殺しにするのか。
沈黙するソパムに、ルンレヨは続ける。
「我々は<ソミョル>設置のための最適地点を目指していたのですが、ここに緊急着陸した衝撃で、<ソミョル>が起動してしまいました」
「停止することはできないのですか?」
「停止装置が着陸の衝撃で使用不能になったのです」
「それでは、<ソミョル>をこの地に放棄することを進言します」
ルンレヨは彼の言葉に肯く。
「あなたの提案を支持します。ただ、放棄ではなく、この場所に設置し稼働させていのです。そのための時間を頂きたい」
「どれくらい必要ですか」
「20、いえ15レサバルの間、この地を維持できますか?」
その言葉を聞いてソパムは即断する。
「15レサバルで稼働しない場合は、<ソミョル>を放棄して、即座に撤退しますが、よろしいですか?」
「はい」
「では始めて下さい」
短く言った後、ソパムは部隊に新たな命令を発する。
「救援部隊。輸送機周辺に集結し、防御態勢を組め。撤収は15レサバル後。10分隊で進路を確保し、残りの10分隊で科学武官たちを保護しながら進む。行動開始」
命令を受けた兵士たちは、速やかに動き始めた。
「まったくお前の部下は鍛えられてるよな。感心するよ」
ソパム隊の一糸乱れぬ動きを見て、ヨユンが呟いた。
「お前の部隊も遜色ないだろう。今回は兵数が少なすぎたのさ」
「こんな奴らが待ち受けているとは思わなかったからな」
ソパムはわずかな沈黙の後、深刻な表情をヨユンに向けた。
「今回の遠征は、想定を遥かに超えた事態が多すぎる」
「確かにな」
ヨユンは短く応えた。
「俺は帰艦後に、即時撤退を指令に進言しようと思う」
ソパムの言葉に、ヨユンは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに真顔に戻って言った。
「その時は、俺もお前を支持するよ」
その時、救援部隊の集結が完了したのを見届けたソパムは、ルンレヨに近づく。
それに気づいたルンレヨは、立ち上がって彼に言った。
「ソパム指揮官。<ソミョル>の設置完了です。速やかに撤退しましょう」
ソパムは頷くと、軽攻撃機に指令を出した。
「これより撤収に入る。ヨランゲタリが密集している地点を爆撃しろ」
続けて、集結した部隊に向かって号令をかける。
「撤収を開始する。先行部隊より行動を開始しろ」
彼の号令に従って、部隊は移動し始めた。
移動に先立って、死亡した兵士の遺体は焼却される。
ソパムは後続部隊と共に、負傷者や科学武官たちを保護しつつ退却行動に移った。
背後で爆撃の轟音が鳴り響く。
***
3サバル(1サバル=1.31時間)後。
ルンレヨ、ソパム、ヨユンの3名は、チルトクローテ艦橋にあるルクテロの執務室で、彼女の前に整列していた。
今回の状況について、直接説明を求められたからだ。
「そうか。4名の犠牲者が出てしまったか」
3人の説明を聞き終えたルクテロは、あまり感情を表に出さない彼女には珍しく、悲痛な表情を浮かべた。
その言葉を聞いて、ソパムが発言する。
「ルクテロ指令。越権行為であることは、重々承知の上で進言いたします。この惑星からの即時撤退をご検討下さい」
「理由を説明しなさい」
「当初に想定されていたものより、遥かにリスクが高いと考えられるからです。これ程の犠牲を出した作戦は、星外軍史上類を見ません。また、ギルガン武官より報告があったと思いますが、未知の脅威の存在も推測されています」
ソパムの言葉を聞いて、ルクテロは束の間黙考する。3人は彼女の次の言葉を待った。
「ソパム指揮官。基地の状況はどうですか?」
「はい。入植民及び駐留兵の遺体の焼却は完了しています。また、重要機材等の艦への搬入も終了しています」
それを聞いたルクテロは、即座に決断した。
「分かりました。撤退を始めましょう」
しかし、その決断は遅かった。
その時、艦橋を震わす轟音が響き渡ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます