【17】

遡ること20レサバル(1レサバル=0.48分)前。

12等級技術兵フーデュンは、植民基幹基地のエネルギー供給プラントとチルトクローテを繋ぎ、艦にエネルギーを補給する作業を行っていた。


戦闘員ではない彼は、艦外で作業を行うことに、かなりの恐怖を覚えていた。基地外で繰り広げられた原生動物との戦闘で、先遣部隊にかなりの死傷者が出ていることを聞き及んでいたからだ。


――俺は一般層だからな。

そんな不貞腐れた気分で作業をこなしていたが、何かの拍子に周囲で音が鳴ると、ついビクリとしてしまう。


フーデュンはエネルギー供給用のケーブルを、チルトクローテ外郭の接合部に連結する作業を黙々とこなしながら、何気なく上を見た。

すると、外郭に何か黒いものが付着している。


――何だあれ?

そう思った瞬間、その黒いものが落ちてきて、身に着けていた装備の隙間に入り込んだ。

そしてそこから、全身に衝撃が走る。

フーデュンはその場に倒れ込んで、もがき苦しんだが、周囲に誰もいなかったため、助けを求めることもできなかった。


やがて彼の頭に、何かの声が直接響いて来た。

『*@!###%…。ア#%。ア#%ス完%。アクセス完了』


その声は徐々に明確な意味を成すようになり、フーデュンの意識を支配し始める。

『アクセス完了。アクセス完了。動ケ。動ケ。動ケ。…』


彼は声の命じるままに立ち上がった。

『破壊セヨ。破壊セヨ。破壊セヨ。…』


フーデュンの意識は既にその声に支配されていた。

彼はエネルギー供給の調節機器を操作し、供給量を最大まで引き上げる。

その結果、艦の動力機関部に、過剰の負荷が掛かることになった。


艦内で作業を行っていた技術兵たちが、その異変に気付いた時には既に手遅れだった。

エネルギーの過供給により暴走した動力機関は、やがて轟音を響かせて爆発する。


***

緊急警報が鳴り響き、艦内が騒然とする中、ソパムは艦底後部の爆発現場に急行した。

動力機関周辺では、兵士たちによる懸命の消火作業が行われていたが、あちこちでまだ、小さな爆発が起こっている。


その時艦外から、いくつもの怒号が聞こえてきた。

ソパムは消火作業の指揮をサムソファに任せると、艦外へと飛び出していく。


そこでは1人の技術兵を、10人以上の兵士が火器を構えて取り囲んでいた。

兵士たちは口々に怒声を発しているが、発砲はしていない。

同僚を撃つことに躊躇しているのだろう。


兵士たちに囲まれた技術兵は、何かに操られているような、奇妙な動きをしていた。

そして時折その背部から、黒いものが伸び出して、技術兵に近寄ろうとする兵士たちの動きを邪魔している。


その光景を見たソパムは、小型火器の照準を技術兵の頭部に合わせると、躊躇なく発射した。

技術兵は頭部を吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。

その時、兵の装備の隙間から、黒い物体が素早い動きで飛び出し、そのまま艦の外郭を這い上って行った。


ソパムはその物体に向かって、続けざまに小型火器による射撃を浴びせたが。

しかしそれは、いくら被弾しても何のダメージも受けていない様子で、素早く外郭を這い上ると、やがて姿を消してしまった。


なす術もないまま、それを見送ったソパムは、ルクテロに急を告げた。

「指令、緊急事態です。艦内の警備体制を、即刻最高レベルまで引き上げることを進言します」


***

ルクテロはソパムの報告を受けて、艦内全部隊に緊急体制を敷かせた。

科学、医療、技術の各部隊には、戦闘部隊を護衛として帯同させる。


さらに、艦破損部の防衛を行う部隊を除く全部隊に、艦内の捜索を行わせた。

目的は無論、艦内に侵入したと思われる、未知の物体を捕獲または駆除することだ。


チルトクローテの動力機関及び周辺部の損害は甚大だった。

爆発によって主動力機関12基のうち、3基が完全に破壊され、5基も部分的損壊を被っていた。

さらに爆発の影響はエネルギーユニットにも及び、艦全体のエネルギー供給に深刻な事態を招きかねない状況にあった。


そして艦底後部は、直径10トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)に及ぶ穴が開いた状態で、外部からの原生動物侵入に備えて、防衛部隊100名を常時配置しなければならなかった。


それにも増して影響が大きかったのは、人的損失であった。

爆発当時、動力機関の整備と、基幹基地からエネルギーユニットへのエネルギー供給に携わっていた技術部隊に多数の死傷者が出ていたのだ。

その数は、全技術部隊の半数にも達していた。


その結果、動力機関、エネルギーユニット及び艦底破損部の修復作業に必要な人員の確保が、非常に困難な状況に陥ってしまったのだ。

ルクテロは艦の安全確保のために、エネルギーユニットの修復と、未知の物体の捜索を最重要課題として全力を注ぐよう、各部隊の指揮官たちに命じた。


そして今、彼女の頭を占めているのは、<ソミョル>への対応だった。

環境適応型生物兵器である<ソミョル>は既に起動している。


<ソミョル>自体には攻撃能力は備わっていないが、ネッツピアに存在する微小生物を、自身の<共生体>に改造して他の生物を捕食させ、自身の養分として供給させることができるのだ。


そしてその養分を使って、核を中心とした地下茎のネットワークを、全方位に伸ばしていく。

捕食による養分供給と、成長という無限サイクルを繰り返すことで、最終的に惑星上の生物を浄化するのが、<ソミョル>の機能であった。


そしてこのまま<ソミョル>の成長を止めることができなければ、ルクテロを含むチルトクローテの全部隊が浄化対象となってしまう。

その脅威は、ヨランゲタリやヨンクムドリの脅威を遥かに上回っていた。

自分たちがこの惑星に持ち込んだ兵器によって、自分たちが全滅の危機に陥るという、皮肉としか言えない状況に、今ルクテロたちは置かれているのだった。


<ソミョル>を停止させるためには、その核に停止信号を発信しなければならない。

本来ならばネッツピアの惑星軌道上に設置した衛星を経由して、信号を発信すれば済むのだが、艦のエネルギー不足がそれを許さなかった。

最寄りの中継基地への、救援要請の発信もできない状況なのだ。

つまりチルトクローテは、現在ネッツピア上で孤立無援の状況に置かれているのだった。


<ソミョル>停止のために残された手段は、携帯用の発信装置を用いて信号を発信することだが、そのためには最低でも核から100トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)の距離まで接近しなければならなかった。


現在軽戦闘機による、<ソミョル>の核設置地点周辺の哨戒を行わせているが、その報告を待って派遣する部隊の指揮官の選定に、彼女は頭を悩ませていた。

――ソパムが最適任者ではあることは間違いないが、彼を艦の警備部隊の指揮から外すことができるだろうか。


未知の物体が艦内を徘徊していると思われる今、臨機応変の対応力に富むソパムを、長時間艦の外に置くことは非常にリスクが高いと思われた。

そのことがルクテロの決断を遅らせていた。


「指令。ご報告があります」

その時執務室の通信機器から、ソパムの声が流れてきた。

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