【18】

1サバル(=1.31時間)前。

ネッツピア駐留部隊10等級指揮官ウジョンは、チルトクローテ艦内の独房に監禁されていた。

隣の房には部下のビャンヒョンが監禁されているはずだ。


今彼の胸中では、怒りの感情が煮えたぎっていた。

何故自分が、このような扱いを受けなければならないのか。


自分たちは、この基地の生き残りだ。

救援に来たのならば、もっと丁重に扱って当然だろう。

それなのに、犯罪者扱いである。


この艦の連中の態度はまったくなっていない。

特にあの、ソパムとかいう指揮官の態度は許しがたかった。


それにあの法務武官の連中はなんだ。

こちらの言い分にはまったく耳を貸さず、一方的に自分たちの主張を繰り返すばかりだ。

とても公平な審問とは言えない。

そもそも自分たちに、どのような罪があったのか、ウジョンには理解できなかった。


あの原生動物どもから逃げる際に、友軍の兵士を撃ったのが問題だというが、あの場合は仕方がなかった。

あいつらはもう、原生動物に追いつかれていた。

あのまま食い殺されるくらいなら、楽にしてやるのが、同僚としての情というものだ。

それが法務武官どもには理解できないのだ。


ウジョンは、それが単に自分の行為を正当化するために作り出した言い訳であることを忘れ、ひたすら自己防衛の殻の中に引きこもっていた。


彼にとっては、この辺境の惑星に派遣されたこと自体が、大きな不満だった。

それ以前に、自分の階級が最下位の10等級に降格されたことを、不当だと感じていた。


コジェ内の犯罪集団を取り締まるのに、温情など不要なのだ。

徹底的に叩いておかないと、またぞろ犯罪を繰り返す連中だということを、星内軍の上層部は理解してないのだ。


――俺は任務に忠実だっただけだ。

ウジョンは今でもそう思っている。

それなのに彼の行為は否定され、降格の上、星外軍に転属させられたのだ。

ウジョンは、今でもその措置に対する怒りを抑えることができないでいた。


そして彼の心中に渦巻いているのは、怒りだけではなかった。

それは将来待ち受けている処遇に対する不安だった。


このままコジェに連行されたら、確実に重刑に処せられるだろう。

そのことに対する怯えと恐怖が、一層彼を苛立たせていた。


――何とかここから脱出できないだろうか。

今彼の頭を占めているのは、そのことだけだった。

そしてその時、彼に天祐が訪れる。

艦を揺るがす振動と轟音と共に、ウジョンを監禁している独房の扉が開いたのだ。


彼は躊躇なく外に飛び出した。

千載一遇のチャンスと考えたからだ。

隣の房を覗くと、ビャンヒョンが床に這いつくばって震えている。

「おい、ビャンヒョン。何してやがる。さっさと逃げるぞ」

彼の声に、ビャンヒョンが濁った目を向けた。


***

「ルクテロ指令。先程艦内の捜索隊から連絡があり、拘束中だったウジョン、ビャンヒョンの2名が、独房から逃走した模様です」

「どういうことですか?」

「爆発の影響によって、独房のドアが開いたようです。その後、艦内の混乱に紛れて逃走したと思われます」


ルクテロはその報告を聞いて、少し考え込んだ。

――今、2人の捜索に多くの人員を割く訳にはいかない。


「艦内の捜索隊に通達して、未知の生物に加えて2名の捜索を指示しなさい。捜索は艦内に留めることとします」

「承知しました。しかし、懸念事項を2つ述べてよろしいでしょうか」

「許可します」


「1点目は、ウジョンたちが艦内に潜伏している場合、あの技術兵のように、未知の生物に憑依される可能性があります。その場合は、状況によっては殺害という手段を取らざるを得ません」

ルクテロは数瞬の黙考の後、決断した。


「許可します。但しその場合に、未知の生物の捕獲を優先することは可能ですか?」

「可能とは思われますが、確実な方法は冷却ガスによる凍結措置です」

「分かりました。許可します。もう1点の懸念を述べなさい」


「2名が、入植基幹基地に潜伏している場合です」

「基地内の捜索に人員を割くことはできない。現在、基地に残留している兵士たちは、即座に撤退させなさい。そして撤退時には、基地を厳重に閉鎖させなさい」


「承知しました。即刻命令を出します」

その一言で、ソパムからの通信は切れた。


ルクテロは再び、<ソミョル>の停止措置に向かわせる部隊の指揮官について考え始めた。

しかし、どう考えを巡らせても、ソパム以上の適任者は思い浮かばなかった。


現場で起こりうる、予測不能な事態への対応力という点で、彼に勝る指揮官はいない。

――やはり、ソパムを派遣すべきだろう。


ルクテロは決断したが、即座に部隊を派遣することはしなかった。

喫緊の優先事項は、基地内にいると思われる、未知の生物の駆除だった。

そこにある程度の目途が立つまで、ソパムの派遣は保留すべきだろうと考えたのだ。

そう判断した彼女は、他の事態への対応について、考えを巡らせ始めた。


***

「隊長、これからどうするんですか?」

後ろからついて来るビャンヒョンの言葉に、ウジョンは思わず怒鳴りつけそうになったが、すぐに思いとどまる。


――こいつに、何かものを考えろといっても無駄だ。

そう考えたウジョンは、愚鈍な部下に咬んで含むように言い聞かせる。


「いいか、ビャンヒョン。俺たちが先ずするべきことは、武器と食料の確保だ。そのためには、一旦基幹基地まで戻らねばならん。ここまでは分かるな?」

「はい」


「その後は、あの戦艦に取って返して、星間航行機能のある小型の飛空艇を奪うんだ。そして他の植民惑星に逃げ込むんだ」

「隊長、すみません。どうして俺たちは逃げなきゃならんのですか?」


ビャンヒョンは、自分たちが置かれている状況が理解できていないようだ。

そのことに、またウジョンの中で怒りが込み上げてくるが、彼はなんとかそれを抑える。

――いざという時の捨て駒に、こいつは必要だからな。


「いいか、ビャンヒョン。このままだと、俺たちは確実に重刑に処せられる」

「ひえっ。重刑ですか」

「そうだ。お前そうなってもいいのか?」

「い、いえ。それは困ります」


「だから俺たちは、ここから逃げにゃならん。規模の大きい植民惑星に逃げ込めば、なんとか植民者に紛れ込むことができるだろう。今あの戦艦は混乱しているから、絶好のチャンスだ。分かるな?」

「はい、分かりました。俺はこれまで通り、隊長の指示に従います」


「よし、急ぐぞ」

そう言ってウジョンは、足早に草木掻き分けながら基地を目指して行った。


50レサバル(1レサバル=0.48分)後。

基地にたどり着いた2人は、慎重に様子を伺う。

基地周辺では、残留していた兵士たちが慌ただしい動きを見せていた。


――撤収するつもりだな。その時に基地を閉鎖されるとまずいな。

そう考えたウジョンは、ビャンヒョンを引き連れて、慎重に基地正面の扉に近づいて行った。

そして兵士たちが扉付近から離れたタイミングを狙って、滑り込むように基地内に入ると、陸上移動機器の陰に身を潜める。


――これで扉を閉鎖されても、中から開けることができるな。

そしてウジョンとビャンヒョンは、残留部隊がすべて撤退し、扉が閉められるのを待って、基地内の駐留軍駐屯ブロックへと向かうのだった。

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