【19】

チルトクローテ艦内での、未知の生物捜索は困難を極めていた。

流動体であるその生物は、その特性を生かして艦内を自由自在に活動していると思われ、その所在を捕捉すること自体が困難なのだ。


艦内のモニターを通して、時折その姿を確認することが出来ても、捜索隊を派遣する頃には姿を消している。

非常に厄介な対象物であった。


それに加えて、既に起動してしまっている生物兵器<ソミョル>を停止させなければ、ネッツピア派遣部隊までもが惑星浄化の対象になってしまうという、差し迫った状況について、ソパムは上官であるルクテロから聞き及んでいた。


<ソミョル>に対抗できる手段はなく、停止させる以外に方法はないという。

そして<ソミョル>を停止させるためには、その核となる部分から100トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)以内に接近しなければならないのだ。


チルトクローテから<ソミョル>の核までの距離は、現状ではかなり離れているので、即座の対応が必要という訳ではないが、艦の破損部の修復がままならない現状では、それ程悠長に構えていられない状況だった。

そしてルクテロはおそらく、<ソミョル>を停止させる部隊の指揮を、彼に委ねようと考えている――ソパムは、その雰囲気を敏感に感じ取っていた。


このような状況で、彼はジレンマに陥っていた。

もちろん<ソミョル>の停止に向かう隊を指揮することは、重大な任務と認識している。一方で、未知の生物を放置したまま、自分が艦を離れることに、かなりの危惧を抱いているのだ。


現在艦内では、常に5人単位で兵士が警戒に当たっているため、未知の生物も容易に姿を現さないのだと推測されている。

しかし今の態勢を続けることには、かなり無理があった。

やがて兵士たちが疲弊し、艦の損傷部周辺の警備にも支障をきたしかねないからだ。


クァンジョン8等級指揮官が生きていれば、安心して艦内の捜索を委ねることができるのだが、彼はヨランゲタリとの戦闘で命を落としている。

やはり早急に決着をつけなければならない――ソパムはそう考えている。


1つだけ思い当たる方法があった。

しかしその方法は、彼自身が実行しなければならない。

部下や同僚には決して任せられない、それ程無茶な手段であった。


そしてソパムは決断を下し、副官のサムソファ8等級指揮官を呼んだ。

サムソファが士官室に入って来ると、ソパムは各々の警護に付いている兵士たちに、室外で待機するよう命じた。

彼女と密談を行うためだ。

サムソファも、そして兵士たちも、常にない上官の雰囲気を敏感に察し、黙って命令に従った。


「サムソファ。今から俺の言うことをよく聞け。そして必ず俺の指示通りに実行しろ」

その言葉を聞いて、サムソファに緊張が走る。

ソパムが、何か重大な命令を下すことが予測されたからだ。


「俺はこれから暫くの間、この士官室で、1人で過ごす」

「何故ですか?それは危険過ぎます」

「先ず聞け」

ソパムはそう言って、部下を制した。


「お前も気づいていると思うが、あの未知生物はかなりの知能を持っている。兵士たちが5人単位で行動する限り、警戒して姿を現すことはないだろう」

サムソファは、上官の言葉に肯いた。


「ただ、このままの態勢を維持し続けることには、かなり無理がある。近い将来、どこかで防衛態勢に破綻が生じるだろう。その前に、何とかしてあいつを捕獲しなければならない」

「それで指揮官が囮になるということでしょうか。そんなことは承知できません」

サムソファがその意図を察して反対を唱えたが、ソパムはそれを手で制した。


「いいか。何も考えなしにやろうというのではない。室外に常に兵を待機させて、やつが俺を襲撃してきたら、即座に中に飛び込ませて、凍結措置を取るんだ」

「だとしても危険過ぎます。でしたら、私が指揮官の代わりに囮になります」

「それは駄目だ」


「何故ですか?私の代わりはいくらでもいますが、指揮官の代わりは誰にも務まりません。私にやらせて下さい」

サムソファは必死で訴えたが、ソパムは同意しなかった。


「お前が俺に立場になったとしてみろ。部下に囮になれと命じられるか?」

「しかし、私と指揮官とでは、立場が違います」

「違わないよ。部下と上官というだけだ」

その言葉にソパムの固い意志を感じて、サムソファは沈黙してしまった。


「そんなに深刻になるな。必ずあれが襲って来るとは限らんし、来たとしてもすぐに俺の意識が乗っ取られる訳でもない。その前に凍結措置を取ればいいだけの話だ」

ソパムが敢えて軽い調子で言うのに、今度はサムソファが断固とした口調で返す。

「分かりました。では、期間を限定して下さい。その期間にあの未知生物が現れない場合は、今度は私が囮になります」


決して引きそうにない部下の顔を見て、ソパムは困ったような表情を浮かべる。

「分かった。では3レミーゲル(1レミーゲル=0.87日)に限定しよう。それでいいな?」

サムソファは硬い表情で頷いた。


「よし。それでは、これから3レミーゲルの間、俺はこの部屋からすべての指示を出す。捜索隊の直接指揮はお前に委ねるから、必要に応じて報告だけ行え、それから、このことは誰にも言うな。ルクテロ指令にもだ。いいな」

サムソファはこれにも黙って頷いた。


「何度も言うが、必ずあれが現れるとは限らん。あまり深刻になるな」

そうは言ったが、ソパムには予感があった。

艦内を動く間、常に何かに注視されているような感覚があったからだ。

――あれは必ず俺の所に来る。それも近いうちに。


***

ソパムが指揮官室に籠ってから、5サバル(1サバル=1.31時間)が経過した。

彼は時折副官のサムソファ入る通信を受けながら、その時に備えている。


室内には空調用の通気口が設けられていて、未知生物が侵入してくるとすれば、そこからだと予測できた。

適当に室内を動き回って体を動かしながら、常に通気口への注意を怠らない。

それを5サバルの間継続することは、やはり並みの兵士には出来ないことであった。


ソパムの軍歴は長い。

その経験が、あらゆる事態に即応できる直観力と強靭な精神力を、彼の中に培っていた。


それに加えて、彼の戦闘兵としての能力も、現在ピークに達していたのだ。

おそらくコジェ星外軍の中でも、ソパムは傑出した軍人の1人に数えられるであろう。


彼の研ぎ澄まされた感覚が、その時通気口の中にいる者を捉えた。

――来たな。

ソパムは即座に臨戦態勢を取る。


通気口からゆっくりと出てきたのは、黒い流体だった。

それからは強い意志が伝わって来る。

間違いなく知性を持つ生物であると感じられた。


通気口から這い出たそれは、次の瞬間、高速で室内を移動し始めた。

背後を狙っているようだ。


ソパムは即座に決断した。

一旦自分の体に付着させた後でないと、それを取り逃がす可能性が高い。

彼は躊躇なく背部をそれに向けると同時に、室外で待機しているサムソファにシグナルを送信した。


ソパムの背部に衝撃が走るのと同時に、指揮官室の扉が開いて兵士が飛び込んで来る。

「躊躇うな。俺に向けて冷却ガスを吹きかけろ」


彼の命令に、兵士2人が即座に反応した。

室内に冷却ガスの白い霧が充満する。


『*@!###%…。ア#%。ア#%ス完%。アクセス完了』

その時、ソパムの意識に、未知生物の強い意志が流れ込んできた。


『支配させろ。支配させろ。支配させろ』

――お前如きの、思い通りになってやるかよ。

心の中で叫んだソパムは、意識を集中し、全力で未知生物による精神干渉に抗う。


「指揮官。大丈夫ですか!?」

サムソファの叫ぶ声が聞こえた時、未知生物の干渉は弱まっていた。


ソパムの意識が彼女に向くと同時に、激しい痛みが背部を襲った。

凍結部に、かなりの損傷を受けたようだ。


その痛みに耐えながら、ソパムは部下たちに命じた。

「すぐに背中のこいつを引きはがして、密閉容器に捕獲しろ」

「しかし、指揮官が怪我を負う恐れが…」


躊躇するサムソファを、ソパムは怒鳴りつけた。

「そんなことを言っている場合じゃない。今度逃がしたら、二度と捕まえられないぞ」


サムソファは、初めて聞く上官の怒声に弾かれるように、部下を振り返った。

「すぐに医療武官と科学武官を呼びなさい」

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