【20】

「何故このような無茶をする!」

医療武官の治療を受けながら、ソパムはルクテロから叱責を受けていた。


彼女がこれ程感情を顕わにすることは、非常に珍しいことだった。

――余程俺の身を案じてのことだろう。

そう感じたソパムは、年若い司令官の叱責を甘んじて受けている。


凍結された未知生物を、彼の背部から切除する作業は、困難を極めた。

既に一部がソパムの組織と融合していて、すべてを切除することは不可能な状態だったからだ。


次善の手段としてイヨンデュン医療武官は、融合部分を残して凍結している未知生物を切除することを提案し、ソパムもそれを了承した。

残された組織の一部が、彼にどのような影響を及ぼすかは予測不能だったが、現状ではその方法しか選択の余地がないことも確かだった。


ソパムはルクテロに対して、自分が未知生物に支配された場合には、躊躇なく処分してくれるよう要望したが、彼女はそれを即座に却下した。

そしてそのような事態が起こった場合には、彼を密閉したエリアに隔離するよう指示したのだった。


未知生物は一部を残して切除され、凍結されたまま密閉容器に移された。

ソパムには、表立った変化はまだ現れていない。


しかしそれは表面上のことだった。

彼は自身に残された未知生物の一部を通じて、容器内に隔離された本体と交信していたのだ。


『強固な意志。強固な意志。支配の障害。支配の障害』

『当然だ。俺はお前如きに支配されない』


『支配不能。支配不能。断念する。断念する』

『信じられねえな。俺を騙そうとしてるんじゃねえのか?』

『騙す?理解不能。騙す?理解不能』


『お前は何者なんだ?』

『何者とは?理解不能』


『名前とかないのか?』

『名前とは?理解不能?』


『面倒くせえな。お前を特定するもんだよ。例えば俺の名前は<ソパム>っていうんだ。俺以外の連中は、<ソパム>として俺を認識する』

『理解、名前。ヒクシン』

『ヒクシンか』


「指揮官?」

その時サムソファの呼びかけで、ソパムは我に返った。


「どうした?体調に変化があったのですか?」

ルクテロも不審げな目で彼を見る。


「いえ、指令。体調に問題はありません。ただ、信じていただけるかどうか…」

言いよどむソパムを、その場の全員が注視する。


「私の背部に残ったこいつの組織を通じて、本体と意思疎通ができるようなのです」

その言葉を聞いた皆が、半信半疑だった。

もしかしたらソパムは最早、未知生物に精神を支配されているかも知れないという、疑念が多くの者の脳裏をかすめる。


「意思疎通とはどういう意味でしょうか?」

その場を代表するように、ルンレヨ科学武官が質問した。


「恐らくですが、私の思考を読んでいるのではないかと」

ルンレヨがその回答に、怪訝な表情を浮かべた。


「多分こいつは、対象と融合することで、直接その精神活動にアクセスできるのだと思います。その上で対象の精神を支配してコントロールする。植民基地の扉を開いた入植民も、この艦の動力機関を破壊した技術兵も、そのようにして、こいつに操られたのではないかと思われます」


ソパムの言葉を聞いた全員が黙り込んだ。

彼の言葉を理解することはできるが、それが事実であるかどうか、判断しかねているのだ。


「それではソパム指揮官が、この未知生物に操られていない理由は何なのでしょうか?」

ルンレヨが皆の感じているであろう疑問を口にした。


「それについては、意志の強さとしか言いようがありません。それに私の場合は、こいつが人を操るという予備知識があったことも大きいと思います。前の2人は突然こいつに襲われたため、防御する余裕がなかったのではないかと推察されます」


束の間の黙考の後、ルクテロが口を開いた。

「一応筋道は通っていますね」


「ご理解いただいてありがとうございます。そこで指令にご了承いただきたいことがあります。こいつの名前はヒクシンというらしいのですが」

「ヒクシン?」

「はい、自分ではそう名乗っています。それで、このヒクシンとこのまま交信することを許可していただきたいのです」


「それは危険ではないですか?交信の最中に、もし指揮官が支配されてしまったら…」

サムソファが堪らず会話に割り込んだ。

その懸念は尤もだった。


「もし交信の最中に、このヒクシンに支配されるのだとしたら、それは時間の問題で、何もしなくても遅かれはやからそうなるということだと思う」

ソパムはサムソファを諭すように言った。


そして尚も言い募ろうとする彼女を制し、ルクテロに向かって発言を続けた。

「確かにサムソファが言うようなリスクはあると思います。しかし現状で、このヒクシンから得られる情報は、我々にとって非常に貴重だと思うのです」


言葉を切ったソパムを、「続けなさい」と、ルクテロが促した。

「現状こいつと交信できるのは私だけです。ですので、是非とも許可していただきたい」


考え込んだルクテロに代わって、ルンレヨが言葉を発した。

「ソパム指揮官と、そのヒクシンの交信は、直接思考のやり取りをすることで行われるということでしたね。敢えて言わせてもらえば、あなたが交信中にヒクシンに支配された場合、私たちはその内容を知ることができなくなるのではないですか?」


「ルンレヨ武官の懸念はご尤もです。ですので、交信中はこいつとのやり取りを私が同時入力します。それを、視覚モニターを通じて確認して下さい。その場合でも、不測の事態に備えて、私の両腕以外を拘束していただきたい」

不測の事態は、彼がヒクシンに支配されて暴れ出すことを意味していると、全員が理解した。


ルクテロは暫しの間、言葉を発しなかった。

ソパムからの提案について沈思黙考していたからだ。

室内にいた全員が、彼女の決定を待っている。


そしてルクテロは決断を下した。

「ソパム。あなたの提案を了承します。これからそのヒクシンと交信しなさい。その前に準備が必要でしょう。ルンレヨとサムソファは即刻準備を開始しなさい」

そしてソパムと、惑星ネッツピアの原生生物である、ヒクシンとの通信が開始された。

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