【08】
基地内に入ったルンレヨは、即座に奥にある大型の移動機器に向かった。
機器の扉は閉じられており、周辺を1分隊が警戒している。ルンレヨたちが機器の前に到着するのを、兵士たちは正式礼で迎えた。
ルンレヨは、
「この機器の中に、死体が置かれているのですね?では、確認作業を行いますので、扉を開けなさい」
と、兵士たちに命じる。それを越権行為と感じたソパムは、目で彼に指示を乞う部下たちを制して、やんわりと彼女に苦言を呈する。
「ルンレヨ科学武官。俺の部下への命令は、必ず俺を通して下さい。そうしないと指揮系統が混乱しますので」
その言葉にルンレヨは少し鼻白んだが、ソパムの言い分も尤もであったので、敢えて反論はしなかった。
「それではソパム指揮官。あなたから部下に命令を出して下さい」
「その前に科学技官と医療技官は、部隊の後方に下がって下さい。扉を開けた後に、どんな事態が起こるか、予想できませんので」
そう言った後ソパムは、近辺にいた2分隊を呼び寄せ、扉に対して冷却ガスの噴霧装置と、万が一に備えて攻撃用兵器を向けさせた。
そしてルンレヨたちが後方に下がったのを確認すると、部下に扉を開けるよう命じる。
命令を受けた兵士が、開閉装置を操作すると、機械音を立てながら扉が開いた。
中から数体のヨンクムドリが、床に零れ落ちて来る。
ソパムが、「凍結」と短く命じると、すぐに冷却ガスが吹き付けられ、床に落ちたヨンクムドリが白く固まる。
それを見届けたソパムは、部下をかき分けて前に進むと、機器内部を確認した。
先程確認した時から内部の様子に大きな変化はない。植民者の死体もそのままだ。
「ルンレヨ科学武官。特に問題はないようですので、こちらに来て調査を進めて下さい。その間に俺たちは、基地の奥の探索準備を開始します」
ソパムの言葉に前に出たルンレヨたちは、機器内部の様子を見て一様に驚きの声を上げた。
1人の科学武官は、思わず死体から目を背けてしまった。
彼らを叱咤するように、ルンレヨは指示を出す。
「私たちはヨンクムドリのサンプルを取って精査しますので、死体の方はお任せしますね。イヨンデュン武官」
「承知した。それでは、科学武官たちがサンプルを採取した後に、この死体全体を凍結措置してもらえますか」
イヨンデュンがソパムに依頼すると、彼は即座に兵士たちに命じた。
その間に、ナジノという科学武官が死体から半ば顔をそむけるようにしながら、ヨンクムドリのサンプルを採取器具でつまみ上げる。
捕らえられた個体は、くねくねと抵抗するように蠢くが、別の武官が用意した容器に移された。
20体程のサンプルが採取されたことを確認し、ルンレヨは部下2人に命じて、倉庫内に用意された台の方に移動した。
それを見届けた兵士2名が、機器内の死体に向かって、冷却ガスを大量に噴霧する。
機器内にはガスと冷気によって、真っ白な靄がかかった。
その中に4名の兵士が入り、中の死体を運び出すと、用意された移動式の台の上に乗せる。
そしてその台を、ルンレヨたち科学武官が作業している場所の横に移動させた。
それを受け取った3人の医療武官は、死体の検案に取り掛かるのだった。
一方ソパムたち戦闘部隊は、基地内の調査のための準備を進めていた。
基地内にはヨンクムドリが侵入していると予測されるため、冷却ガスと噴霧器が多数用意された。
凍結させるよりも焼却する方が効率的ではあったのだが、基地内という環境を考え、凍結という手段を選ばざるを得なかったのだ。
さらに別の脅威に備えて、各人が小型と中型の攻撃用兵器を携行することになった。
基地内の探索には50分隊250名が当たり、残り10分隊50名が保管庫内に残って、警備と内外の連絡を担当する役割分担も決定された。
基地内の探索では2分隊ずつが1チームとなり、各区画を虱潰しに調べ上げることになる。
探索はソパムが直接指揮し、保管庫内には副官のサムソファが残ることになった。
最初サムソファは、内部にどのような危険が待ち受けているか予測できないとして、自身が探索の指揮を執ることを主張した。
しかしソパムが、苦手とするルンレヨと同じ空間にいることを避けたいという内心の欲求から、自身が指揮を執ることを強硬に主張したため、彼女も最後には折れたのだった。
このことについては、探索出発前の打ち合わせ時に、ルンレヨやイヨンデュンからも疑問を呈されたのだったが、ソパムはここでも自分の主張を通した。
内部探索の出発準備が整うと、ソパムは基地外に出てクァンジョンに作戦内容を説明する。
その上で、非常事態、つまりソパムが指揮を執ることが出来ない状況になった時には、クァンジョンに全部隊の指揮権を委譲することで合意した。
「分かっているとは思うが、気をつけろよ」
基地内に戻るソパムに、クァンジョンが声をかける。
それにソパムは手を挙げて応えた。
基地内では兵士たちが、装備や携行品の準備と確認のため慌ただしく動き回っていた。
その合間を縫うようにして、ソパムはルンレヨたちの作業台に歩み寄る。
その時彼に気づいたルンレヨが、声をかけて来た。
「ソパム指揮官、準備状況の進捗はいかがですか?」
「0.5サバル(1サバル=1.31時間、128.6レサバル)以内には出発できる見込みです。そちらはどうですか?」
「かなり深刻な事態と言えます。ヨンクムドリという原生動物が、この惑星の初期調査の報告でAIに記録された情報から、大きく変化しています。進化と言えるレベルです」
「どういうことでしょう」
「AI記録情報では、ヨンクムドリはこの惑星の蒸気中の微生物を養分として摂取していたようです。しかし現在のヨンクムドリは大きな形態変化によって、肉食、つまり他の動物を食料とするようになっていると推測されます」
「その点については私も同意見だ」
隣で2人の会話を聞いていたイヨンデュンが、ルンレヨに同調した。
「この入植民の死体だが、こいつらに食い荒らされた外傷部に、生体反応が認められておる」
「つまり?」
「こいつらに襲われて、生きたまま食い殺されたということだ」
イヨンデュンの言葉に、ソパムは戦慄する。
これから実行する基地内探索の危険レベルが一気に上昇したと感じたからだ。
ルンレヨは、そんなソパムの緊張感に感応したのか、自身も緊張した面持ちで言った。
「ソパム指揮官。くれぐれも細心の注意を払って、基地探索に当たって下さい。これはルクテロ司令官からの指示でもあります」
ソパムはその言葉に素直に謝意を述べる。
ルンレヨは少し以外そうな表情をしたが、気を取り直たように続けた。
「ソパム指揮官。あなたも気が付いていると思いますが、あの入植民の死体はかなり新しいものです。おそらく最近になって、基地からの脱出を試みたところを、ヨンクムドリに襲撃されたものと推測されます」
「つまり、基地内にはまだ生存者がいる可能性があると?」
「そうです。事態の緊急性が増したと判断すべきです。現在ギルガン武官が基地システム中枢の復旧作業を行っていますが、私としては、復旧を待たずに基地内の探索開始を要求します。同意しますか?」
ソパムは一瞬黙考した後、
「承知しました。速やかに探索を開始しましょう。このことは、ルンレヨ武官殿から、ルクテロ指令に報告して下さい」
と、ルンレヨに応えた。
「分かりました。それでは基地内の状況について、現在判明している情報を、探索部隊に直接伝達したいと思います。全員を集合させて下さい」
ソパムは彼女の言葉に頷くと、専用回線を通じて、部隊全員に集合をかけた。
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