【07】
ルクテロはチルトクローテ艦橋の執務室で、ソパムからの緊急通信を受け取った。
「指令。現在私の部隊は、基幹基地内部の捜索を開始しました。そして基地入口の、移動機器保管庫内で、植民者と思われる遺体を発見しました。遺体の状況は」
ソパムはそこで一度言葉を切る。
それがルクテロの危機感を強く刺激した。
「遺体の状況は、ネッツピアの原生動物に食い荒らされています」
「ソパム指揮官。正確な報告を行いなさい。まず原生動物とは、二種類のうちの、いずれを指していますか?」
「小型の、ヨンクムドリと呼ばれる方です。それが多数、体内に入り、食い荒らしていると思われます。思われますというのは、現在兵士には移動機器内の遺体に触れることを禁じているため、具体的な状況を確認できないためです。俺も遺体を見ましたが、酷い状態でした。体内のヨンクムドリは、活発に蠢いておりましたので、兵士の安全を考慮し、機器の扉を閉鎖して監視を行っているのが現状です」
「賢明な判断です。その状況では、死後にヨンクムドリによって遺体が破損されたのか、それとも生前なのかは判断できませんね?」
「私たち戦闘兵には判断できかねます。私も前者であって欲しいと思いますが」
「その意見には私も同意します。今、基地周辺は、どのような状況ですか?」
「護衛機2機が、基地周辺を周回しながら探索を行っていますが、現在まで危険因子は確認されていません。私の部隊の半数も、基地周辺に展開して警戒に当たっていますが、同様に異常は認めておりません。基地内の探索部隊は、移動機器保管庫に留まっています」
「分かりました。では、増援部隊と科学武官及び医療武官を派遣します。その到着を待って基地内部の探索を再開しなさい。遺体の扱いに関しては、科学武官と医療武官の判断に従いなさい。以上です」
「命令承りました」
そう言ってソパムは通信を切った。
そしてルクテロは、追加200名の増援部隊と、医療武官及び科学武官の派遣を、即座に副官に指示する。
指示し終わった後、彼女は強い焦燥感に駆られるのを感じていた。
――危惧していた事態が起こっているのかも知れない。それも最悪の形で。
***
ルクテロとの通信を終えたソパムは、部下たちに現在いる保管庫内をくまなく調査させることにした。
ここを基点として内部の捜索をする必要があるため、この場所の安全確保が最優先と考えたからだ。
そして、ヨンクムドリを見つけ次第、冷却ガスで凍結させることを各分隊長に命じる。
一分隊を遺体の入った機器周辺の警戒に当たらせると、自身は庫外に出て、副司令官のサムソファに外部の状況を報告させることにした。
基地内で何かただならぬことが起こっていると感じているためか、周辺の警戒に当たっている部隊には、常にない緊張感が漂っていた。
ソパムの姿を認めたサムソファが急ぎ足で彼に近づいて来る。
ソパムは彼女から外部の状況の報告を受けた後、保管庫内で植民者の遺体を発見したことや、遺体の状態、そして増援部隊と共に科学武官と医療武官が派遣されてくることなどを、手短に語った。
サムソファは彼の話を聞いて、少なからず驚いたようだ。ソパムは彼女に、増援部隊が到着するまで、引き続き外部に警戒に当たること、そして到着後は先発隊と合流して、基地内の捜索を再開することを命令し、再び基地内に戻った。
保管庫内では、兵士たちによる調査が続けられていた。
やはり内部のあちこちで、ヨンクムドリが発見され、その都度兵士たちによって凍結措置が取られていた。
ソパムは倉庫の中央に立って、その様子を見守ることにした。
***
それから約2サバル(1サバル=1.31時間)後、4機の輸送機が基地に到着し、200名の増援部隊共に、3名ずつの科学武官と医療武官が到着した。基地周辺の警戒に当たっていた護衛機2機は、既に基地内に着陸して次の任務に備えている。
増援部隊を率いてきたのは、クァンジョンという、ソパムと同等の8等級の指揮官であった。ソパムとは年齢が近く、ルクテロの指揮下に入る前から同じ部隊に所属しており、ソタ掃討戦を含めた、いくつかの作戦を共にしてきた仲だ。所謂、馬が合うという関係だった。
医療武官を率いてきたのは、イヨンデュンという5等級の武官で、ソパムたちよりも世代が上の、温厚な性格の男だった。
問題は科学武官の指揮を執る、ルンレヨという4等級科学武官だった。
問題と言っても、彼女の能力や言動のことではない。
むしろルンレヨは非常に優秀で、コジェ星外軍の中でもトップクラスの科学技官だった。そしてその言動も極めて論理的かつ冷静沈着だったので、ある意味非の打ちどころのない人材だと言える。
――要は、俺との相性が悪いんだろうな。
ソパムはそう考えて諦めている。なにしろ彼女は、自分などよりも遥かに高位の軍人だからだ。
ソパムは到着したルンレヨ、イヨンデュン、そしてクァンジョンを前に、現在分かっている基地内の状況について、詳細に説明した。
説明する間にも、ルンレヨから幾つも細かな質問が飛ぶ。
ソパムはそれに多少ウンザリしつつも、丁寧に回答した。ここで揉めても仕方がないと思ったからだ。
特に彼女が関心を示したのは、ヨンクムドリが人を食い荒らしているという事実だった。
「植民前の初期調査においてもそうですが、植民開始からこれまでの10ゴドル(1ゴドル=2.68年)の期間、そのような報告はないと認識しています。そもそもヨンクムドリという原生動物は、この惑星の蒸気中に含まれる成分を摂取しているという調査結果が報告されています。それが人を食い荒らすという現象が理解できません。そもそもヨンクムドリにその様な肉体機能があるのでしょうか?」
「その点は、俺たち戦闘部隊には分かりませんね。ルクテロ指令からも、ヨンクムドリに関する調査は科学武官の調査に任せるよう、命令されてますんで。取り敢えず、死体は移動機器の中でそのままにしてあります。倉庫内では、見つけ次第冷却ガスで凍結措置をとっていますが」
ソパムの返事にルンレヨは少しムッとしたようだが、すぐに切り替えると、
「凍結措置は妥当ですね。死体に触っていないのも正しい措置です」
と返して、彼に説明の続きを求めた。
説明を聞き終わったルンレヨは、隣で聞いていた年配の医療武官に向かって、確認するように問う。
「何よりも、その死体の確認が最優先だと思いますが、イヨンデュン武官はどう思われますか?」
イヨンデュンはその提案に、即座に同意を示し、部下の2名に準備を指示した。
それを聞きながらルンレヨは、今度はソパムに向かって要求を出す。
「ソパム指揮官。基地内部での、私たちの護衛については、あなたの部隊が担当すると認識していますが、間違いありませんね?」
「ルンレヨ科学武官。その理解で間違いありませんが、これからクァンジョン指揮官と、基地内外での兵員の再配置について協議する必要がありますので、少しお時間を下さい」
ソパムが応えると、即座に返答が返ってきた。
「少しとは、具体的にどれくらいの時間が必要ですか。時間が惜しいので、急いで下さい」
その物言いに、ソパムは少しムッとしたが、すぐに自分を抑えて冷静さを取り戻す。
「0.5サバル(1レサバル=0.48分)以内に終了します」
彼は感情を押さえて口調で答えた。
その答えを聞いたルンレヨは、「よろしい」と短く言って、自分の部下たちのいる方に向かって踵を返す。調査の準備に取り掛かるのだろう。
2人のやり取りを黙って聞いていたクァンジョンが、大変だな――と目で言いながら、ソパムを促した。
そして2人の間では、最初にソパムが連れて来た100名全員と、クァンジョンの部隊から半数の100名を出して基地内の探索に当たり、残りの100名がクァンジョン指揮下で基地周辺の警戒に当たることで合意がなされた。
2人は早速、自分の部隊に指令を出す。
そしてソパムがルンレヨに約束した0.5サバル後、200名の探索部隊は、6名の専門武官たちと共に、基地内部に入るのだった。
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