【24】
出発に先立ち、ソパムはルクテロとの単独の対話を希望し、許可された。
オペレーションルームから他の幹部たちが退去した後、拘束を解かれたソパムは、シールド越しにルクテロの前に立つ。
「直立する必要はない。席に掛けて話しましょう」
ルクテロはソパムに座ることを許し、自身もオペレーションルーム内の座席に座った。
指令の前で着席することは、コジェ星外軍正式礼では、通常あり得ないことだったが、ソパムは素直に従うことにした。
これから単独で死地に向かう部下に対する、ルクテロの最大限の好意と解釈したからだ。
「余人を排して、私だけに話したいこととは何ですか?」
ルクテロは、着席したソパムに向かって、単刀直入に訊いた。
「時間がありませんので、簡潔に述べさせていただきます」
ソパムも、常にない司令官の態度に、率直に応える。
「指令は、一人乗りの脱出艇を飛ばすお積りではありませんか?」
「その積りだ。
今のこの艦のエネルギー事情を考えると、1機が限界ではあるが。
植民中継基地のクナハリまで脱出艇を飛ばし、救援を求める予定だ」
「やはりそうでしたか。
では、これは単なる私の希望なのですが、脱出艇の乗員に、ルンレヨ科学武官を選んで頂けませんでしょうか」
ルクテロにとって、ソパムからのその要望は、かなり意外だった。
「何故ルンレヨなのか、理由を述べなさい」
ルクテロの問いに、ソパムは一瞬答えを
「指令、笑わないで聞いていただきたい。
ルンレヨ武官は、おそらく私の血縁者、
その答えは、さらにルクテロにとって想定外だった。
「ソパム、私はお前の発言の意味が理解できない。
仮にお前とルンレヨとの間に、遺伝的な繋がりがあったとしても、現在のコジェの社会システムの中では、それは何ら意味を成さないことだ」
ルクテロの反応を、ソパムは予想していたらしく、少し照れた表情を浮かべて言った。
「指令の仰る意味は、私も十分理解しています。
ただ、こういうのは感情的なもので、一旦そう思ってしまうと、どうしても拘ってしまうのです」
その応えに、ルクテロは少しの間黙考する。
完全に個人化したコジェ社会の中にも、その様な血縁に対する拘りを感じる者がいることは、事実として認知されていたからだ。
またそのこと自体は、法に抵触する行為に繋がらない限り、個人の思考の自由の範囲内として容認されていた。
「しかし、お前とルンレヨに遺伝的繋がりがあるという根拠は、確認できない筈だ」
ルクテロの言う通り、コジェ社会では、個人の遺伝的データは最重要機密事項として、AIによって厳重に管理されているため、最高指導部に所属するメンバーですら、知ることが出来ないのだ。
ルクテロの反応に、ソパムは更に照れたような表情を浮かべて言った。
「指令は非科学的と思われるかも知れませんが、こういうのは、近くにいると、何となく分かるものなのですよ。
もちろん間違っている可能性は否定出来ませんが」
ルクテロはソパムの答えに、半ば呆れてしまった。
それを察したソパムは、更に言い募る。
「私はルンレヨ武官が、正直言って苦手です。
おそらくそれは、血縁者だと思う感情が原因なのではないかと…」
「もういい。
私は初めから、ルンレヨを脱出艇の乗員に選ぶ積りだった。
それは彼女の適性に対する合理的判断からだ」
ルクテロは言い淀むソパムを遮って、そう結論付けた。
実際彼女の心積もりは、その通りだったからだ。
「要件はそれだけか?」
「いえ、もう1件、重要なことがあります。
よろしいでしょうか?」
「許可する」
顔を引き締め直したソパムに、ルクテロは短く応えた。
「逃亡中の、ウジョンとビャンヒョンの件です。
奴らは必ずこの艦にもどると思われますので、警戒を怠らないで下さい」
「そう思う根拠を説明しなさい」
ルクテロの思考の中で、2人の逃亡兵はかなり優先順位が低かったため、ソパムの確信的な言い様に、彼女は少し意外な思いを抱いたのだ。
「もし今のまま惑星に取り残されたら、奴らが生存することは到底困難でしょう。
かと言って、コジェに連行された場合、極刑も免れないと思います」
その点については、ルクテロも同意だった。
「ですから、奴らが生き残る道は、この艦から脱出艇を奪って、他の植民惑星に行き、そこで<犯罪集団>の中に紛れて、生きるしかないと思われるからです。
奴らにとって幸いなのは、現状この艦から他星への通信は不能になっていますので、ここの状況や、奴らがここで行った犯罪行為が、脱出先に露見する可能性が低いことです」
確かに古い植民惑星であれば、社会的な統制が行き届いておらず、コジェ政府の立場から見れば<犯罪集団>と位置付けられるような、一般層入植民の裏社会的なものが存在している。
ソパムの言う通り、脱走兵2名が生きていくためには、そのような集団に紛れ込むしかないのかも知れないと、ルクテロは思った。
「ビャンヒョン1人なら、厳重な警戒は不要ですが、ウジョンは狡猾でしぶとい奴です。
自分が助かるためなら、他人の命など何とも思っていないことは、基幹基地襲撃時の、あの映像から明白です。
ですので、くれぐれも奴らの動向には注意を払って下さい。
私からも警備部隊に、十分通達を出しておきますが、指令からも艦全体への指令をお願いします」
「その件は承知した。すぐにフンリム経由で指令を出そう」
ルクテロがソパムに合意した時、室外から通信が入った。
「ルクテロ指令。ソパム武官の出発準備が整いました」
ルンレヨの緊張した声が、通信機を通して聞こえてくる。
「では先ず、私とヒクシンを融合させるところから始めましょう」
ソパムはそう言って、ルクテロに壮絶な笑顔を向けたのだった。
***
ソパムがいる隔離スペースに、ルンレヨ、ナジノ、ギルガンの3人の科学武官と、サムソファに率いられた兵士5名が入ってきた。
「それでは、爆弾の装着から始めましょう」
ソパムは淡々とした口調で言った後、ルンレヨたちに向かって、笑みを向けた。
彼らの罪悪感を和らげるための配慮だった。
その言葉を受けて、ナジノとギルガンが進み出る。
彼らは、小型爆弾を装着した戦闘装備を手にしていた。
2人はソパムの前後から、黙々と戦闘装備の装着に掛かる。
言葉を発しないのではなく、彼に掛ける言葉が、見つからなかったのだ。
それを見守るソパムの部下たちも、上官の悲壮な覚悟を目の当たりにして、声を失っていた。
「ヒクシンの解放は、俺自身が行うので、全員外に出てくれ」
戦闘装備の装着が終わると、ソパムは全員に退室を指示した。
いつの間にか普段、部下に対するような口調に変わっていたのは、彼の中の緊張が、そうさせたのだろう。
全員の退室を見届けたソパムは、ヒクシンが格納されている保管ボックスを開ける。
既に解凍措置が採られたボックスから、黒光りするヒクシンが這い出てきた。
ソパムが手を差し伸べると、ヒクシンは彼の腕を伝って頸部に達し、戦闘装備の隙間から、背部へと進入して行った。
束の間、ソパムの背部に微電流を流したような刺激が走る。
そして彼の意識に、ヒクシンの意識が重なった。
『ソパムとの同期完了』
ヒクシンからのメッセージが、直接ソパムの意識内に響いた。
彼を支配しようとする意図は、そのメッセージからは感じられなかった。
「どうやら無事、同期が完了したようです」
そう言ってソパムは、室外に向かって笑顔を向けた。
「ソパム武官。自我は保てていますか?」
室外から、ルンレヨの声が聞こえる。
「意識ははっきりしてますよ。
多分俺のままです。
このまま、外に移動します。
もし俺の挙動に不審を覚えたら、その時は、サムソファ」
ソパムは副官の名を呼ぶと、
「躊躇なく俺を射殺しろ。これは命令だ」
と、厳しい声で指示した。
「隊長。どうして私に、そんな残酷な命令を…」
「お前にしか頼めないからだよ。
俺の副官らしく、覚悟を決めろ」
2人のやり取りを聞いている全員が、ソパムの悲壮な覚悟に打たれ、言葉を失っていた。
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