【23】

「ソパム指揮官。

提案とは何か。

発言を許可します」

ルクテロの返事に、ソパムは頷いた。


「私とこいつ、ヒクシンを、<ソミョル>の停止作戦に派遣していただけないでしょうか?」

その突拍子のない提案に、オペレーションルームにいた全員が驚きの表情を浮かべた。


「ソパム。あなたの言っている意味が、理解できません。

一体何を言っているのですか」

皆の疑問を、ルクテロが代表して口にした。


「実は最初の交信の後、ヒクシンと再度交信を行いました。

<ソミョル>が起動したことも、それによって、この惑星の生物全体が全滅の脅威に曝されていることも、こいつは理解したようです」


「続けなさい」

ルクテロは、何か発言しようとするルンレヨを抑え、ソパムに先を促した。


「今、<ソミョル>の核付近、停止信号の届く範囲は、その<ゲラ>とやらに守られているということも、こいつは理解したようです。

そしてその上で、こいつから提案がありました」


「提案?」

「そうです」

ソパムの回答に全員が注目した。


「このヒクシンは、ヨランゲタリを誘導できるらしいのです。

植民基幹基地を襲った時のように。


ですので、ヨランゲタリの群れを誘導して、<ソミョル>の核付近まで接近する際の、盾にすることが出来るんじゃないかと」


「ソパム指揮官。

そのような非論理的なことを口にするなんて。

あなたは、ヒクシンに支配されてしまったのですか!?」

ソパムの言葉を聞いたルンレヨは、我慢できずに彼を詰った。


「そのご懸念はご尤もですが、大丈夫ですよ。

私の頭は、スッキリとしています」

その言葉に、ソパムが冷静に返した。


「仮にあなたの言っていることが事実だとしても、どのようにして、<ソミョル>の核に近づくのですか?」


「ヒクシンを連れて行きます。

<ゲラ>の圏外ぎりぎりまで、一人乗りの移動機器で接近し、そこでヨランゲタリを集結させて、核まで誘導して行く積りです」

ルクテロは質問にも、ソパムは即座に回答する。


「ヒクシンを連れて行くだと?

お前は何を言っているのだ」

ソパムの回答を聞いたルクテロは、普段の冷静さを失ってしまった。


「指令。

ご懸念は分かりますが、ヒクシンを連れて行かないと、ヨランゲタリを誘導することは出来ません。


そしてヒクシンとは、この惑星上の生物を救済するという点で、意見が一致しています。

少なくとも、私が<ソミョル>を停止させるまでは、協力できると思います」


「駄目だ。異星の原生動物との約束など、信用できません。

そのような前提の基に、作戦を行うことは許可できません」

ルクテロは冷静さを取り戻し、ソパムの提案を却下した。


ルンレヨの決定に、ソパムの部下たちだけでなく、オペレーションルームに集まった全員が胸を撫でおろしたのだった。

ソパムも、ルクテロのその反応は予想していたらしく、それ以上は主張しなかった。


「まずは、<ソミョル>の核周辺の爆撃を行います。

戦闘機による空爆は撃墜される可能性が高いので、この艦からの遠隔砲撃によって、周辺部の<ゲラ>を殲滅します。


その成果を見極めた後、即座に部隊を派遣して、核を停止させることにします。

すぐに準備を始めなさい」


ルクテロは幹部たちに命じた後、ソパムに向かって、

「今後許可なくヒクシンと交信することを禁止います。

分かりましたね」

と、厳しく念を押したのだった。


***

それから1サバル(=1.31時間)後、戦艦チルトクローテの艦砲による、一斉砲撃が開始された。


<ソミョル>の核の位置は、惑星座標から正確に特定されていたため、核周辺の半径1コーネ(=0.91キロメートル)への精密砲撃が、艦載AIの計算通り実行された。


しかし結果は惨憺たるものだった。

ルンレヨの推定通り、<ゲラ>の外郭は砲撃に対する高い耐性を示し、損傷を与えることが出来なかったのだ。


その結果を前にして、ルクテロは再び幹部たちを招集した。

オペレーションルームに集まった彼らの顔は、一様に暗い。


「落胆している場合でありません。

次の対策を、早急に検討しなければなりません」

ルクテロは、そう言って幹部たちを鼓舞した。


「砲撃時の画像は準備できていますか?」

「はい。すぐに映写します」

ルクテロの問いに、ナジノが即座に反応する。


「これは無人機からの映像です。

砲弾の半数以上が、着弾前に<ゲラ>から噴射された霧によって無効化されました。


さらに着弾した砲弾も、<ゲラ>の外郭に損傷を与えることは、出来なかったと思われます」

ナジノの報告を聞き、オペレーションルーム内に、重い沈黙が流れた。


「指令、よろしいでしょうか」

その沈黙を破って、通信機器からソパムの声が流れてきた。


「ソパム指揮官。

あなたの提案は、先程却下したはずです」

ルクテロは、ソパムの言わんとするところを察し、即座に応えた。


しかしソパムは引き下がらない。

「指令。

現状で私の提案以外の打開策は、ないと思われます。


そして我々に残された時間は、非常に限られています。

速やかなご決断をお願いします」


「ソパム武官。

あなたの提案が成功する保証が、どこにありますか?

それに…」


ルンレヨが2人の会話に割り込んだが、最後は口を噤んでしまった。

次の言葉を口にすることが、憚られたからだ。


「それに、何でしょう?

私がヒクシンに操られている可能性が、否定できないということでしょうか?

ルンレヨ武官」

ルンレヨは、ソパムの問いに沈黙で応えたが、そのことが肯定を意味していた。


「ご懸念は理解します。

ですので、私に爆弾を装着して下さい。

そうすれば、万が一私がヒクシンに操られた場合でも、即座に処置できるでしょう」


「何を愚かなことを言っている、ソパム。

お前は精神に変調を来しているのか?」


ルクテロの口調が、また冷静さを失った。

彼女にとってそれは、稀有の事態だった。


「指令、これは至極冷静な判断に基づく提案です。

よろしいですか?


艦と部隊を救う唯一の手段は、<ソミョル>の核に接近して、停止措置をとることだけです。


しかし艦砲射撃による、<ゲラ>の制圧が不可能と判った現在、大部隊を投入しても、核への接近は、隊の損失を増やすだけで、成功の可能性はないのです。


しかし私がヒクシンに誘導させて、ヨランゲタリの群れを引き連れて行けば、<ゲラ>の攻撃をかわして、核に接近できる可能性が高い。

そして…」


ソパムはそこで一旦、言葉を切る。

そしてオペレーションルーム内の全員が、言葉を挟むことなく、彼の次の言葉を待った。


「そして、この作戦が仮に失敗しても、私一人の損失で済むのです。

戦略的観点から、この作戦が、現状最も妥当な選択肢と考えますが、いかがでしょう?」


決断を迫るソパムに、ルクテロは黙考に入った。

彼の提案の妥当性を理解したからだ。


やがて彼女は、決断を下した。

「分かりました。

ソパム指揮官の作戦提案を採用します」


その表情には、部下を死地に向かわせることへの、悲痛な思いが浮かんでいた。

その思いは、オペレーションルームに集まった、全員の思いでもあった。


サムソファは、自分が彼の代わりになれないことに、悔しさを抑えきれないようだった。

そしてルンレヨは、ソパムの作戦提案を妥当と考えてしまう、自身の冷徹さに思い至り、感情を上手く制御できずにいた。


そんな中で、当のソパムだけが、すべてを割り切ったような口調で言った。

「さあ、作戦が決まったら、即座に行動しましょう。


ルンレヨ武官。ケソル武官。

装備や機器の準備をお願いする」

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