【22】

偵察隊からの緊急通信は、オペレーションルームに集まったルクテロたち、部隊の主要メンバーに衝撃を与えた。

派遣した偵察機3機のうち、2機が撃墜されたのだ。


その報告を聞いた当初は、誰もがヨランゲタリによる攻撃だと思った。

しかし撃墜を免れた1機からの映像に、誰もが目をみはることになった。


霧に包まれた森の上を旋回する偵察機の前には、木々の合間から、巨大な突起物が幾つも伸びていたのだ。

それはこれまで、この惑星上のどこにも見られなかった物だった。


様々な色の外皮が、幾層にも重なり合いながら、上へと伸びているようだった。

そして2機の偵察機が、その突起物の周辺に近づいた時、突起物の側面から、突然霧状のものが吹き付けられたのだ。


それは目を疑う光景だった。

霧を吹きかけられた機体の部分が、一瞬で消失してしまったのだ。


「<ソミョル>です!<ソミョル>が既に起動しています!」

その光景を見たギルガン科学武官が、そう言った後、次の言葉を失った。


それを捕捉するように、ナジノ科学武官が発言する。

「あの大きさまで育っているということは、<ソミョル>が起動してから、既にかなりの時間が経過していると思われますね」


その分析を受けて、ルクテロが科学武官たちに質した。

「偵察機を襲ったあの霧は何ですか?」


「あれは<ソミョル>が作り出した、<共生体>だと思われます」

そう前置きして、ルンレヨが<ソミョル>の機能について説明を始める。


「あくまでも推測ですが、<ソミョル>は惑星上に拡散している<ミソ>(コジェムが作り出した人口の微小生物)を改造して、<共生体>を作り出したものと思われます。


<共生体>には、強力な物質分解能力が付与されており、多数の<共生体>が一斉に溶解物質を放出することで、偵察機を瞬時にして分解したものと思われます。


そして<ソミョル>が発したあの霧状物質は、惑星上の霧を<共生体>の担体として利用していると推測されます」


コジェ星外軍科学ディヴィジョンが開発した、環境適応型生物兵器<ソミョル>は、設置された惑星の環境に合わせて、<共生体>を作り出す。

そしてその<共生体>を使って、周囲に存在する生物を捕食吸収し、自身の成長の糧とするのである。


<ソミョル>の機能は、捕食と成長の反復であった。

そして惑星上の生物をすべて捕食し、惑星を覆いつくしても、その活動は止まない。


唯一の停止手段は、その核に停止信号を発信し、停止措置を取ることだった。

本来ならば、ネッツピアの惑星軌道上に設置した衛星を経由して、停止信号を発信すれば済むのだが、現在の艦のエネルギー不足がそれを許さなかったのだ。


そして<ソミョル>停止のために残された手段は、携帯用の発信装置を用いて信号を発信することだが、そのためには最低でも核から100トコーネ(1トコーネ=1.63メートル)の距離まで接近しなければならなかった。


ルンレヨの説明を聞き終わったルクテロは、深刻な表情で訊いた。

「<共生体>の物質分解能力は、この艦にも有効ですか?」


その問いに対する、ルンレヨからの回答は絶望的なものだった。

「はい。偵察機を瞬時に消滅させたことから考えますと、この艦も例外ではないと推測されます」


「<ソミョル>がこの艦に到達するまでの時間は、計算できますか?」

「AIによる計算により、約13レミーゲル(1レミーゲル=0.87日)と推測されます」

司令官の問いに、ナジノが即座に回答した。

既に計算済みだったようだ。


――最悪の状況ということか。

ルクテロは心中そう思ったが、部下たちの前で、動揺を表に出すことはしない。

司令官として、自己コントロールするスキルを身に着けているからだ。


「では、<ソミョル>の核の停止措置をとるための、作戦を遂行せざるを得ませんね。これより0.5サバル(1サバル=1.31時間)後に作戦会議を始めます。

ソパムも、不自由だとは思いますが、そのままの状況で会議に参加しなさい。


それまでにナジノとギルガンは会議までに、撃墜された2機を含めた、偵察機からの映像を解析し、<ソミョル>の核付近の状況分析を行いなさい。


サムソファとユラックは、艦内外の警備指揮権をヨユンに移譲し、作戦に派遣可能な部隊と装備の割り出しを行いなさい。以上、即座に行動開始」

ルクテロの指令に、その場にいた全員に緊張が走った。


***

0.5サバル後、オペレーションルームに作戦会議メンバーが、勢揃いした。


科学武官からはルンレヨ、ナジノ、ギルガンの3名、戦闘部隊からはソパム、サムソファとユラックの3名、ウォンドゥン5等級技術武官、ケソル8等級装備武官、そしてチルトクローテ副艦長のフンリム4等級指揮官、ルクテロ指令の総勢10名だった。


「作成会議を始める。まずは、<ソミョル>の核周辺の状況について報告しなさい」

会議の冒頭から、ルクテロの声は厳格そのものだった。

その声に応えて、ナジノが報告を始める。


「本艦から核までの距離は、約150コーネ(1コーネ=0.91キロメートル)です。

中型輸送機器の平均航行速度から計算しますと、到着までに約1サバル(=1.31時間)の時間が必要です。


そして核周辺の状況ですが、それをご説明する前に、<ソミョル>の成長パターンについて説明したいと思います」


ナジノはそこで言葉を切って全員を見回し、発言がないことを確認すると、報告を続けた。


「<ソミョル>は核を中心に、放射状に地下茎を伸ばして、領域を拡大していきます。

そして地下茎からは、一定間隔で先程の映像に映っていた突起物を、地上に伸ばします。


突起物の名称は、仮に<ゲラ>としますが、<ソミョル>は放射線状に地下茎を伸ばすと同時に、隣接する地下茎同士で、網目状のネットワークを構築していきます。


そうすることで、自身の領域内での<ゲラ>の分布を密にしていくのです。

このネットワークは、中心付近程、密になっていると推測されます」


全員がナジノの説明に、真剣に聞き入っている中、サムソファが彼を遮った。

「発言を許可して下さい。今のナジノ科学武官の推論からすると、核の中心付近には、既に多数の<ゲラ>が存在していると判断してよろしいでしょうか」


「その判断で間違いありません」

ナジノが、サムソファの質問に即座に応える。


「それでは、核の停止信号が有効な距離まで近づくためには、多数の<ゲラ>による攻撃を掻い潜って行かなければならないということか?」

今度は、副艦長のフンリムが発言する。


「非常に申し上げにくいのですが、フンリム副艦長のご指摘に間違いはありません」

ナジノの答えに、会議の参加者が騒然とした。

戦闘部隊のユラックは、「そんなの無理でしょう」と、悲観的に呟いた。


「鎮まりなさい。難しい状況であることは明白ですが、それを打破する方策を考えない限り、艦の部隊は全滅することになるのです。

このような状況下で、指揮官である貴方たちが、動揺することは許しません」


ルクテロの叱責に、全員が静まり返った。

それを見極めたルクテロは、ルンレヨに質問を向ける。

「爆撃によって、<ゲラ>を排除する可能性を検討できますか?」


ルンレヨは彼女の質問に少し考え込んだ後、慎重に言葉を選びながら答えた。

「指令のお考えを否定する訳ではありませんが、可能性としては極めて低いと言わざるを得ません」


「何故ですか?」

「<ソミョル>の外郭が、外部からの攻撃に対して、非常に耐性が高いためです。元々がその様に設計されておりますので。従って、爆撃による衝撃や熱も無効ではないかと推測されます」


その答えに、オペレーションルーム内に再び絶望的な雰囲気が広がった。

その時、拘束状態のまま会議に参加していたソパムが発言した。

「ルクテロ指令。私から1つご提案があります。聞いていただけますか」

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