【25】
艦底にはソパムのために、一人用移動機器<グリスト>が用意されていた。
<グリスト>は防御用の外装を施さず、軽量化に特化した移動機器で、機動性とスピードに優れていた。
反重力機構により機体を浮遊させるため、接地抵抗がなく、あらゆる地形に対応した移動機器であった。
その点、今回のソパムの任務にとっては最適と言える。
「俺は軍に入る前、この<グリスト>に憧れていてな。
入隊後、これの操縦訓練を受けた時は、嬉しくて堪らなかったよ」
<グリスト>に跨ったソパムは、そう言って周囲に集まった部下たちに
彼の明るい表情に反して、周囲の人々の表情は厳しい。
とりわけサムソファを始めとする彼の部下たちは、一様に悲壮な表情を浮かべて、自分たちの上官を見ていた。
中にはソパムをまともに見ることが出来ず、視線を逸らしている者もいる。
「ソパム指揮官。言うまでもありませんが、必ず生きて戻りなさい」
ルクテロが厳粛な表情で、ソパムに命令する。
最高司令官であるルクテロまでが、見送りに出向くのは異例中の異例のことだった。
それだけ任務の成功とソパムの生還を、彼女が重要視していることの表れだった。
「もちろん死ぬつもりはありません。
生きて帰ってきますよ。ただ」
彼の次の言葉を、その場の全員が聞き漏らすまいと、固唾を飲んだ。
「ただ、帰艦時の俺の態度に少しでも不審があれば、躊躇なくこの爆破装置を起動させて下さい」
そう言いながらソパムは、装備に装着された爆弾を叩いた。
その壮絶な覚悟に、全員が気圧されて沈黙する。
その沈黙を破るようにして、ルンレヨが彼の前に進み出た。
そして手に持った装置を、ソパムに手渡す。
「ソパム指揮官。これが<ソミョル>の停止装置です。
核の信号受信圏内に入れば、自動的に停止信号が発信されるよう、設定しています」
「つまり俺は、受信圏内に入ることだけに集中すればいいんですね。
それはありがたい。
それで装置の発動後は、どうなるんですか?」
「停止信号を受信した<ソミョル>は、直ちに活動を停止します。
それは<共生体>も同様です。
つまり<ゲラ>による攻撃もなくなるということです。
ですから、<ソミョル>停止後は、即座に帰艦行動に移って下さい」
「分かりました。
それを聞けば十分です」
ソパムはそう言って、ルンレヨに笑いかけた。
ルンレヨもぎこちない笑顔を、彼に返す。
停止装置を戦闘装備の格納部位に収めると、ソパムはその場の全員を見渡した。
「ソパム8等級指揮官、これより<ソミョル>停止作戦に向かいます」
そう言って、コジェ星外軍正式礼をとる彼に、ルクテロを含む全員が正式礼で返した。
そしてソパムは<グリスト>を起動し、ネッツピアの霧に包まれた森林へと機首を向け、飛び去って行った。
残された者たちは全員無言で、その機影をいつまでも見送るのだった。
***
ソパムを乗せた<グリスト>は、ネッツピア森林の木々の合間を、高速で移動していた。
――これに乗るのは久しぶりだが、腕は落ちていないな。
ソパムは戦士としての能力が衰えていないことを実感し、内心で満足げに頷く。
途中幾度かヨランゲタリの群れを見かけたが、襲ってくることはなかった。
ヒクシンによって、行動が制御されているのかも知れないと、ソパムは思った。
自身の背部に融合したヒクシンとの交信は、以前より明瞭になっていた。
今のところヒクシンからは、自分を支配しようという意図は感じられない。
周囲の障害物を避け、高速で<グリスト>を滑空させながら、ソパムは惑星ソタでの殲滅戦を思い出していた。
――あれは酷かったな。
今でも思い出す度に、彼の心の奥底で、得体の知れない感情が、ざわざわと蠢くのを感じるのだ。
――あの時俺たちは、ソタミム(惑星ソタの原住動物)を撃つたびに、自分の心を抉ってたんだろうな。
彼だけでなく、ソタでの戦闘を経験した多くの兵士が、心に深い傷を負い、それを克服することが出来ずに、退役して行った者も少なくなかったのだ。
――コジェムの星外植民計画は、何のためにあるんだろう?
星外軍に所属してから、ずっと彼の心の中に
植民計画そのものは、コジェの社会基盤を支えるために必要な、資源獲得のためであることは、言われるまでもなく理解していた。
もちろんソパム自身が、その恩恵を受けていることを含めてだ。
しかし近年の植民政策は、コジェ本星の不穏分子を、星外に押しやるための政策に思えてならないのである。
ウジョンやビャンヒョンなどは、その典型例だろう。
そのために他星に進出するとういう点は、ソパムにも理解出来なくはない。
しかし惑星浄化のような、凶悪な手段を用いることが、果たして正当化されるのかという疑問を、彼は持たざるを得ないのである。
コジェムの都合で<浄化>される側にとっては、いくら彼らが知的生命体ではないのだとしても、理不尽以外の何ものでもないだろう。
ソパムが星外軍を志望した動機は、単純にコジェから出てみたいということだけだった。
コジェ本星での生活を、彼は幼少の頃から常に窮屈に感じていたのだ。
AIによって管理され、AIによって個々の居場所が決められてしまう、身動きも儘ならない社会に飽き飽きしていたのだと思う。
では星外軍での生活が自由なのかと言えば、もちろんそんなことなない。
軍もAIによって、完璧に管理されているからだ。
しかし軍内には、ルクテロのような卓越した指揮官がいる。
ルンレヨのような、優秀な科学者がいる。
そして何よりも、クァンジョンやサムソファたちのように、心許せる同僚たちがいる。
その中に身を置く自分が、ソパムは幸福であると感じていたのだ。
惑星ソタでの殲滅戦までは。
あれ以来ソパムは、軍人としての自分の立ち位置の揺らぎを感じている。
何のための軍なのか?――その疑問が、ずっと彼の心の中で
その時、先行させている無人の偵察用機器からの警告信号が届いた。
いよいよ<ゲラ>の進出領域の最先端まで到達したようだ。
「ヒクシン。ここに周辺のスクァ(ヨランゲタリ)を集結させろ。いよいよ敵が近い」
『理解。スクァ、呼ぶ』
その声が意識の中に響くのを感じたソパムは、<グリスト>をその場で停止させ、目の前に広がる森林を静かに見つめるのだった。
***
ネッツピア植民基幹基地内、駐留部隊駐屯ブロック。
元駐留部隊10等級指揮官ウジョンは、駐屯基地内に秘匿して置いた軍用装備と火器類を手にしていた。
「ビャンヒョン。これからあの戦艦に取って返すぞ」
彼は自分に従っている、下級兵士のビャンヒョンに向かって、そう言い放った。
「えっ?隊長。また戻るんですか?
ここには残らないんですか?」
ビャンヒョンからの反問に、ウジョンは表情を歪める。
「お前は馬鹿か?さっきも言っただろうが。
こんな所にいても、やがて食料が尽きて飢え死にするだけだ。
だから戦艦に戻って、脱出艇を奪って、他の植民惑星に行くんだよ。
それしか俺たちの生き残る道は残されてないんだ」
「隊長。上手くいくでしょうか?」
ウジョンの心に、目の前の愚かな部下に対する、殺意が込み上げてくる。
――いざとなったら、この馬鹿を犠牲にすればいい。
そう考えることで、彼は沸き上がる怒りを無理矢理抑え込んだのだった。
「愚図愚図している暇はない。行くぞ」
そう言ってウジョンは、武器を持って立ち上がると、ビャンヒョンを促して基地を後にした。
【連載休止中】ストリーム0:ミスト 六散人 @ROKUSANJIN
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