【10】
基地内に入ると、先行した分隊が端末を操作して通路の照明を点ける。
通路内は一気に明るくなった。
内部に漂う淡黄色の霧は、基地の管理制御システムが機能停止したため、排気機能が働かなくなった結果であることが判明した。
しかし現状では排気機能の回復が望めないため、部隊は霧を掻き分けるようにして、先に進まざるを得なかった。
内部を移動機器が通れるよう、幅広く切られた通路上には、植民者とヨンクムドリの死骸が至る所に散乱していた。
中には死なずに蠢いているヨンクムドリもいたが、即座に兵士たちによって凍結措置が採られる。
身近に横たわっている植民者に生存者はいなかった。
その死骸はヨンクムドリに食い荒らされたらしく、殆どが原形を留めていない惨状だった。
ソパム率いる探索部隊は慎重に通路を進み、1階各ブロックの探索を開始した。
通路のあちこちに、ヨンクムドリが蠢いているのが散見されたが、動きが遅いため殆ど脅威とはならなかった。
入植者の死骸を避けながら、幅広い通路の交差点まで進んだソパムたちは、交差する通路に横たわる巨大な物体を発見した。
ソパムの周囲にいた兵士たちが、即座に戦闘態勢に入る。
通路内に漂う淡黄色の霧のせいで、その姿ははっきりとしなかったが、黒褐色の球体のようだった。
ソパムは部隊の一部を率いて、慎重にその物体に近づく。
しかしその物体は、兵士たちが周囲を取り囲んでも身動きする様子がなかった。
ソパムの隣に立った分隊長の一人が、彼を見て言った。
「指揮官。これは、ヨランゲタリという原生動物ではないでしょうか」
「そのようだな。こいつらも基地内に侵入していたということか」
ソパムがそう呟いた時、通路が騒然となった。
基地内に攻撃用火器の発射音が鳴り響いている。
ソパムが音のする方に駆け付けると、資源の保管ブロック内から、数名の兵士が駆け出して来るのが見えた。
それに続いて、黒褐色の塊が通路に這い出てくる。
その塊に向かって、通路の前後から兵士たちが攻撃を開始した。
保管庫内からも攻撃しているようだ。
やがてその塊は動かなくなったようだ。
それでも兵士たちは、それの周りを取り囲んで、攻撃用火器を向けている。
ソパムは兵士たちを掻き分けて前に出ると、慎重にその物体に近づいていった。数名の兵士たちが火器を構えながら彼に続く。
その塊はやはり、ヨランゲタリだった。
今の攻撃で死んだようだが、先程の個体よりも、一回り程大きい個体だった。
黒褐色の球体のような体躯から、無秩序に複数の肢が飛び出している。
記録では11本の肢(あし)を持っているとのことだったが、今は数えている暇はない。
ソパムの意識に警戒を告げる信号が走ったからだ。
彼は通信機器を手に取ると、外に控えるクァンジョンに緊急通信を発する。
「クァンジョン。基地外は危険だ。すぐに基地内に入るか、輸送機で基地から離れろ」
しかしクァンジョンからの返事は返って来なかった。
焦ったソパムは、続いて外に控えているサムソファに緊急通信を出した。
「サムソファ。保管庫内の部隊全員に臨戦態勢を取らせて、基地外部の状況を確認しろ。装備は重火器。基地外で戦闘が行われていた場合は、即座に援護に回れ。俺も今から、そっちに行く」
サムソファの返事を待たずに通信を切った彼は、探索部隊全員に撤収を命じたると、急いで保管庫に続く扉へと向かう。
その頃。
基地外では大混乱が生じていた。
基地を囲む森林から、突然数十体のヨランゲタリの群れが襲ってきたからだ。
襲撃者たちは、球形の体躯から伸びた幾つもの肢を駆使して、外部の警戒に当たっていたクァンジョンの部隊に、凄まじい速さで襲い掛かって来た。
警戒部隊は決して気を緩めていた訳ではなかった。
しかし、基地周辺に漂う惑星ネッツピア特有の黄褐色の霧がヨランゲタリの接近を隠していたのと、その接近速度が異常に速かったことが、不意打ちを受けてしまった原因だった。
クァンジョンが部隊に反撃命令を出そうとした時、ソパムから緊急通信が入った。
「クァンジョン。基地外は危険だ。すぐに基地内に入るか、輸送機で基地から離れろ」
しかし彼には、それに応答する余裕がない。
クァンジョンは部隊を基地の扉前に集合させ、防御態勢をとって反撃に移ることを即座に決断し、麾下の全兵士に命令する。
それを受けた兵士たちは、中型火器による攻撃を加えながら撤収してきたが、その時点で多数が殺傷されていた。
ヨランゲタリの武器は、不規則に突き出した11肢の中で、最も長い1肢だった。
その肢の先には巨大な槍のような突起が付いており、4、5個ある関節を使って、その突起を縦横無尽に振り回し、相手を攻撃するのだ。
さらにヨランゲタリの外皮は非常に硬質で、中型火器の攻撃では、貫通させることが難しかった。
そして更なる事態が部隊を襲う。
ヨランゲタリの表皮に付着していた大量のヨンクムドリが地表に降りてきて、地面に倒れている兵士たちに群がり始めたのである。
部下が食い殺されて行くのを、間近で目にしたクァンジョンの頭の中で、何かが音を立てて切れた。
彼は自分が部隊指揮官であることも忘れ、両手に火器を持って飛び出すと、ヨンクムドリの群れに全身を覆われそうになっている部下を救出しようとした。
しかし彼の背後から、1体のヨランゲタリが接近してきて、その背中に最大肢を振り下ろす。
部下の叫び声に、攻撃から反射的に飛びのいたクァンジョンだったが、背部に重傷を負ってしまう。
さらに彼に近づこうとするヨランゲタリに、部下たちが必死の火線を張って退けようとするが、その動きを止めることは出来なかった。
その場の全員が絶望に包まれようとしたその時。
基地の扉が開いて、中からサムソファ率いる部隊が続々と応援に飛び出して来た。
彼女の隊は携帯用の無反動重火器を装備していて、ヨランゲタリの各個体に集中攻撃を浴びせる。
さすがのヨランゲタリも重火器の攻撃には耐えられず、外皮を砕かれ、体内組織を飛び散らせて、次々と倒されて行った。
さらにサムソファ隊に続いて、ソパム率いる部隊が基地の扉から突出してきた。
彼らは重火器によるヨランゲタリ攻撃に参加しつつ、冷却ガスの噴霧装置を持った兵士たちが、地表に蠢くヨンクムドリにガスを浴びせて、その動きを止める。
そして負傷した仲間たちを救出し、基地内へと運び込んだのだ。
約1サバル(=1.31時間)後、基地前の戦闘は終了した。
襲撃してきたヨランゲタリは、その大半が重火器によって撃殺され、残りは森の中へと逃走して行った。
そしてヨンクムドリの群れはすべて凍結処理された後、基地前の一か所に集められて、焼却されることになった。
山のように積み上げられたヨンクムドリを、ソパムは無言で睨みつけている。
後ろに立ったサムソファは、かつて見たことのない上官の怒りをその背中に見ながら、慄然とするのだった。
――俺の考えが甘かったな。いくらヨンクムドリの数が多いとはいえ、それだけで基地を制圧できるはずもなかった。ヨンクムドリが劇的に変化しているのであれば、ヨランゲタリも変化していてもおかしくない。ルンレヨの話を聞いた時点で、そのことに思い至るべきだった。
ソパムの中で、後悔と怒りが渦巻く。
その時背後から声が掛かった。
「ソパム指揮官。ルクテロ指令から、事態の報告を求められています。基地内外の状況については、あなたから詳細な報告をして下さい」
ルンレヨだった。戦闘の惨状を見るのは初めての経験なのだろう。
彼女から緊張感がひしひしと伝わって来ていた。
ソパムは無言で肯くと、事後処理の指揮をサムソファに委ね、基地内へと戻って行った。
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