【11】

ルクテロはチルトクローテ艦橋の執務室で、一人思索に耽っていた。

惑星ネッツピアに派遣された探索部隊から報告される、植民基幹基地内の状況が、彼女の想定を大きく超え始めていたからだ。


先遣隊として派遣したソパムの部隊が、基地の移動機器保管庫で入植民と思われる死体を発見したのが発端だった。

その死体は、ネッツピア原生動物のヨンクムドリに襲われたと推定されたのだ。

AIに記録されている情報では、ヨンクムドリという動物は、ネッツピアの霧に含まれる物質を養分として摂取しているとされていた。

――それが群れで人を襲うということが、あり得るのだろうか?

ルクテロはその報告に接して、困惑せざるを得なかった。


続いて増援部隊と共に派遣した、ルンレヨ科学武官からの報告は衝撃的だった。

死体検案の結果、その入植民はヨンクムドリの群れに襲われて、生きたまま食い殺されたというのだ。

さらにヨンクムドリが、劇的な形態的変化を遂げている可能性があり、そのことが基地襲撃の原因の一つとして挙げられていた。


この段階でルクテロが想定していた、かつての惑星ソタで起こった事態のレベルを遥かに超えてしまっていた。

彼女が次に予測される事態について、いくつかの可能性を検討し始めた時、衝撃の報告がもたらされた。

報告はルンレヨからのものだった。


通信音声の背後から、火器の発射音のような轟音が、途切れることなく聞こえて来たのが気になる。

「ルクテロ指令。ルンレヨ科学武官であります。端的に申し上げますが、現在基地外部に展開中の警戒部隊が、原生生物の集団と戦闘に入っております。状況はまだ明確ではありませんが、多数のヨランゲタリによって急襲を受けた模様です。現在応戦中の警戒部隊に加えて、基地内よりソパム指揮官の部隊が出撃し、応戦する模様です。現状報告は以上です」


その報告を聞いてルクテロは内心衝撃を受けたが、すぐに冷静さを取り戻すと、ルンレヨに命令する。

「分かった。事態に進展があった場合は、即座に報告せよ」

「承知しました」

そう言ってルンレヨは通信を切った。


ルクテロは、珍しく自分が動揺していることに驚いた。

早急に冷静さを取り戻さなければ、今後の対応に致命的な判断ミスが生じる危険性がある。

そう判断した彼女は、かつて教育プログラムの中で習得した、高度の自己管理スキルを即座に始動させた。


それから約1サバル(=1.31時間)後、完全に冷静さを取り戻したルクテロの元に、ソパムからの報告があった。

「ルクテロ指令。ソパムであります。状況報告をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「許可する」


「まずは基地周辺での戦闘の経緯と結果についてです。現時点より約1.5サバル前、基地外に展開していた警戒部隊100名が、原生動物であるヨランゲタリの群れの急襲を受けました。群れの実数は不明ですが、20体以上と推定されます。ヨランゲタリは基地を囲む森林地帯から襲撃してきた模様ですが、基地周辺の霧によって発見が遅れたことが、損害の原因です」

「損害が出たのか?」

「はい。警戒部隊100名のうち、死者37名、重傷者29名、その他の隊員にも、何らかの外傷を負ったものが多数います」


束の間2人は沈黙したが、ソパムは気を取り直して報告を続けた。

「ヨランゲタリの外皮は強靭で、中型火器による貫通は困難でした。基地内からサムソファが重火器部隊を援護に出し、何とか制圧することが出来ましたが、一部は森林地帯に逃走しております。さらにヨランゲタリの外皮に、大量のヨンクムドリが付着しており、部隊に二次被害が発生しました」

「ヨンクムドリに食われたということか」

「ご推察の通りです」


2人の間に、重い沈黙が降りたが、今度はルクテロがそれを破った。

「ソパム指揮官。報告を続けなさい」

「承知しました。現在撃殺したヨランゲタリは基地外に放置されております。ヨンクムドリに関しては、凍結処置後に一か所に集め、焼却しました。

「負傷者の状況はどうか?」

「重傷者については、医療武官3名が治療に当たっていますが、手が足りておりません。部隊の医療担当兵に補助はさせておりますが。それから」

一旦言葉を切った後、ソパムは意を決して続けた。


「基地外警戒軍の指揮に当たっていた、クァンジョン8等級指揮官が、部下の救出を試みた際に、ヨランゲタリの攻撃によって負傷し、先程死亡しました」

ルクテロは思わず瞑目する。クァンジョンは彼女の古い部下の1人だったからだ。


「クァンジョンについては最早取り返しがつきませんが、事態は急を要すると推察します。報告を継続してよろしいでしょうか?」

ルクテロの沈黙の意味を察したかのように、ソパムが言う。

「続けなさい」


「続きまして、基地内の探索状況についてご報告します。私が率いた探索部隊250名は、基地の1階部分の探索を行いました。その結果、多数の入植民及び駐留兵の死体を発見しております。そしてヨンクムドリ及びヨランゲタリの死体も発見されました。まだ生きているヨンクムドリがいましたが、これはすべて凍結措置を行っています。さらに1体だけ、生きているヨランゲタリも発見されています。この1体はかなり弱体化しており、中型火器による攻撃で外皮を貫通し、制圧することが可能でした。ただ入植民と駐留兵の死体は、ヨンクムドリによって食い荒らされており、損傷が激しい死体がほとんどでした。現在回収は困難な状況です。以上が現状での基地探索結果の報告です。そして最後に」

言い淀むソパムを、ルクテロは沈黙で促した。


「今回、基地外部警戒軍に多大な被害が出た原因は、私の想定が甘かったことです。いかにその数が多かったとしても、ヨンクムドリだけで基地の制圧が出来る筈がありません。さらにヨンクムドリの形態変化についてルンレヨ科学武官から情報提供された際に、ヨランゲタリにも同様の形態変化が生じている可能性について、想定すべきでした。私がその想定に至ったのは、基地内でヨランゲタリに遭遇した時点でした。遅きに失したと言わざるを得ません。この失態につきましては、軍法に照らして、いかなる処罰も受ける所存です。現在の部隊指揮からも、外していただくことを希望します」

そこまで一気に言って、ソパムは沈黙した。


――何故ソパムには、このように自らを窮地に追い込むような傾向があるのだろう?

ルンレヨは部下の性質について、予てからの疑問を思い浮かべたが、すぐに打ち消した。

「ソパム指揮官。あなたに想定の甘さがあったかどうかは、今の報告からは断定することが出来ません。従ってあなたを部隊指揮から外すことはしません。引き続き指揮を継続しなさい」


ソパムは一瞬の沈黙の後、ルクテロの指令を復唱した。

「承知しました。部隊指揮を継続します。つきましては、基地内に生存者がいる可能性がありますので、引き続き基地内の探索を継続したいと思いますが、許可いただけますでしょうか?」

「許可します。速やかに探索を再開しなさい。次に増援についてですが、部隊を逐次投入することは戦略上不適切と判断します。よって速やかにチルトクローテを基地周辺に着陸させ、全部隊による作戦展開に移行します」

ルクテロは宣言するように告げ、通信を切った。


ソパムとの通信を終えたルクテロは、即座に植民基幹基地近辺で、チルトクローテの着陸に適した地形を、AI情報から検索するよう命令を出した。

即座に検索が行われ、基地から0.3コーネ(1コーネ=0.91キロメートル)の距離にある台地が、着陸に最も適しているという報告が上げられる。


ルクテロは惑星への着陸態勢に入ることを命令すると同時に、探査衛星5基を、惑星周辺軌道に向けて放出させた。

衛星は速やかに軌道に乗り、周回を始める。

そしてついにチルトクローテは、ルクテロたちの過酷な運命を載せて、ネッツピアへの降下を開始するのだった。

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