【04】

しかし皮肉なことに、ルクテロはソタの浄化作戦成功によって、その能力値の大幅な上昇をAIに認知され、現在の地位に上ることになった。そして彼女は今、麾下の千名の精鋭部隊を率いて、植民惑星ネッツピアへと向かうことになったのだ。


今回の作戦目的は非常に不明確なものだった。現時点から3ミーゲル(1ミーゲル=0.73か月)前に、植民政策統括管理局が、ネッツピアの植民本部から緊急信号を受信したのだ。


惑星間通信は膨大なエネルギーを要するため、通常は中継地点を介して行われる。

しかしその時の緊急通信は、ネッツピアから直接コジェの統括管理局に送信された。ただ恐らく、通信に要したエネルギー量がかなり制限されていたらしく、その内容は非常に断片的で、そこから正確な状況を把握することは困難であったようだ。


更に中継地点を介した管理局からの問合わせに対する返答はなく、そのまま音信不通となってしまったのだ。この様な事態に、AIから緊急対応の必要性が示唆され、最高指導部は最新鋭艦チルトクローテの派遣を即座に決定したのだった。


作戦指令を受けたルクテロに否やはなかったが、その漠然とした状況にかなりの不安を覚えていたのも確かだった。そのため直属部隊の中から、最精鋭の重装備部隊を選び帯同することにしたのだった。


ネッツピアの状況として、それ程多くの想定は出来ない。

最も可能性が高いのは、突発的な大規模自然災害に見舞われたことだろう。その場合は、生存者の救出と保護が任務となる。


また他星からの侵略という可能性も、完全に否定することが出来ない。

長い歴史の中で、コジェは他星の知的生命体と遭遇した経験がない。それは自分たちが惑星間航行を行い、植民政策を推し進めて来た近代史の中でも同様だった。

銀河腕を跨ぐ広範囲に渡って植民範囲を拡大してきたが、知的レベルの高い生命体が住む惑星を発見することは、一度もなかったのだ。


しかしコジェム(コジェ人の総称)自身がそれを行っている事実を考えると、広大な宇宙に、自分たちと同程度以上の知的レベルに達している異星人が存在しないとは、決して言い切れないだろう。

もし今回の遠征で、その様な他星からの侵略者と遭遇した場合は、交渉の余地なく即座に戦闘に突入する事態も否定出来ない。

その点については最高指導部も星外軍司令部も想定しており、最新鋭の戦闘艦であるチルトクローテが派遣されることになったのだ。


しかしルクテロの脳裏には、どうしても惑星ソタで発生したソタミムたちの反乱が浮かんで来る。

ネッツピアには下等な原生動物が二種類存在するだけだったため、植民者への危険性はかなり低く想定されていたし、実際に植民開始からこれまでの10ゴドル(1ゴドル=2.68年)の期間、それらの生物による植民者への危害は発生していなかった。


それでもルクテロは、同様の事態が発生することへの不安を拭えずにいる。勿論その様な態度を部下たちの前で示したことは一度もないが、今のように一人で思索に耽っていると、湧き起こる不安を抑えることが出来ないのだ。


――ソタミムたちだって、当初は最低ランクの危険度だった筈だ。

その様な臆病な生き物たちが、何故あれ程の狂暴性を発揮して、自分たちが殺し尽くされるまで攻撃を止めなかったのだろう。

ルクテロの思考には、常にその疑問が消えることなく纏わりついて来る。


ソタミムが突然狂暴化した原因については、後に幾つかの仮説が立てられた。一つは微小生物に集団感染して、性質が狂暴化したという説だった。それはかなりの説得力を持っていたが、後の検証によってその様な微小生物の存在は確認されなかった。


別の説としては、ソタミムにとって重要な場所または物を、植民者が意図せず損壊させたというものだった。ソタミムの様な、コロニーを形成するレベルまで至っている原生動物が、コジェムには理解出来ない、その様な不合理な集団的価値観を所有するケースが、これまでに幾つも確認されていることは事実だった。

しかしソタミムたちの様な、惑星規模の反乱に至る事例は、コジェ植民史の中でこれまでに一度も報告されたことがなかったのだ。


「ルクテロ指令。これより目標への最終リープ航行に入ります」

ルクテロのとりとめのない思考は、運航ディヴィジョンからの、突然の通信によって破られた。目的地である、惑星ネッツピアが近いようだ。彼女は通信システムをオンにすると、全艦に向けて命令した。

「チルトクローテ乗員は、リープ航行に備えて、防御態勢に入りなさい。運航ディヴィジョンは、今から50レサバル(1レサバル=0.48分)後にリープ航行に入りなさい」

そしてルクテロたちを乗せた戦艦チルトクローテは、彼らの過酷な運命の待つ、惑星ネッツピアへと跳躍した。

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