【03】
チルトクローテは現在、ペルセウス腕内縁部にある植民惑星ネッツピアを目指していた。
ネッツピアは銀河系に点在する植民惑星の中では、コジェから最も遠い場所に位置し、現在から約10ゴドル(1ゴドル=2.68年)前に制圧された比較的新しい植民惑星だった。
制圧と言っても、他星で行われた様な<惑星浄化>という名のジェノサイドではなく、単に植民者と共に、駐留軍を派遣したというだけのことだった。
ネッツピアという惑星は表面を多種多様な植物に覆われているのだが、その中で生息する動物は二種類しかおらず、いずれも知能を持たない原生動物だったからだ。尚且つそれらの先住者たちは、性質が臆病で温和であったため、植民者たちに危害を加えるリスクは非常に低いとAIから判断されていた。
――あれは酷かった。
目的地であるネッツピアの情報を反芻しながら、ルクテロは約1ゴドル前に自身が指揮した、惑星ソタにおける掃討戦を思い出していた。それは戦闘とは呼べない、一方的な
ソタはネッツピアよりも生物相に富んでおり、様々な形態やレベルに進化した生物で満ちていた。とは言っても、いずれも知的生命体と呼べる程には進化しておらず、一種類だけが辛うじてコロニーを形成して、集団生活を営む程度まで達しているに過ぎなかった。
初期探査隊によって<ソタミム>と名付けられたその種族は、平均的な成人コジェムの半分にも満たない体格の小型生物で、主に狩猟や植物の採集によって生命を維持していた。その性質は非常に臆病であったため、探査隊がコロニーを訪問した当初は、コロニー周辺の植物群生地帯に逃げ隠れして、中々姿を見せなかったようだ。しかし探査隊が特に危害を加えないことを認識した後は、警戒しながらもある程度の交流を持てるようになったらしい。
とは言っても、知的レベルが低いソタミムと探索隊との間で、完全な意思疎通が成立した訳ではなかった。彼らは種族間での意思疎通手段は有していたが、それ程高度なものではなかったので、探査隊が食料などを与える程度のやり取りに過ぎなかったようだ。
ソタミムのコロニーは惑星中に分布しており、正確な統計データはなかったが、その個体数は相当数に上っていたようだ。しかし特に植民者にとっての危険度が高い訳ではなく、むしろ知的レベルのより低い種の中に、危険度の高い生物が存在していたのだ。
そしてそれらの危険生物は、駐留軍の武力で十分に制圧可能だとAIにより判断されたため、最高指導部によって惑星ソタへの植民が決定されたのだった。ソタには、コジェ社会にとって有用なエネルギー資源が豊富だったことが、その大きな理由だった。
植民は当初順調に進んだ。大規模な植民基地が建設され、千人規模の駐留軍と共に一万を超える入植者が順次ソタに派遣された。その規模は植民としては最大級のものだった。近年では、コジェから植民惑星までの距離が伸びるに従って、派遣される植民の数は減少する傾向にあったからだ。そのことは、ソタの資源に対する最高指導部の期待の高さの表れだった。
そして大規模な資源採集が開始された直後に、事態は勃発した。
発端は植民基幹基地からかなり遠方に派遣された資源探査隊が、その近辺にあったコロニーのソタミムたちに、突然襲撃されたことだった。
もちろん隊の護衛として駐留軍から数名が随行していたのだが、ソタミムへの警戒心が薄かったため、彼らの不意打ちにあった探査隊員から数名の死亡者が出てしまったのだ。
襲撃したソタミムたちは、その大半が護衛の駐留軍兵士によって射殺されたのだが、一部は逃走して、コロニーにも戻らなかったらしい。後に駐留軍が報復のために襲撃した際、コロニーはもぬけの殻だったそうだ。
そして事態はそれで終わりではなかった。
惑星各所で、ソタミムが駐留軍と植民者たちを襲撃し始めたのだ。臆病で警戒心が強かったはずの彼らが、駐留軍の攻撃で多大な犠牲を出しながらも、襲撃を止めなかった。それだけでなく、各地の植民基地の設備を破壊し始めたのだ。
ある集団は大型の動物の群れを誘導して、基地に突入させるという巧妙な手段まで取り始めた。さすがの駐留軍もその圧倒的な数に抗しきれず、基幹基地に籠って、コジェからの救援を要請せざるを得なくなった。
そしてその救援部隊を指揮したのがルクテロだったのだ。
ソタからの救援要請を受けた最高指導部は、AIの蓄積データから抽出した過去の最適対応事例を元に、<惑星浄化>の決定を下した。そして星外軍総司令部の命令を受けた彼女は、一万名規模の重装備部隊を率いてソタへと急行したのだった。
そこでルクテロたちが行ったのは、<浄化>という名目の虐殺(ジェノサイド)だった。
ソタ浄化軍はその圧倒的な火力を駆使して、ソタミムだけでなく、ソタに生息する殆ど全ての動物を惑星上から消滅させた。浄化軍は任務を完璧に遂行し、植民惑星にコジェムたちにとっての安寧が訪れた。
しかし隊員たちの多くは作戦遂行の代償として、精神に多くのダメージを受けることになったのだ。そしてルクテロも、その一人だった。
ダメージの原因は、殺しても、殺しても、襲い掛かって来るソタミムたちだった。彼らの事を理解することは、征服者であるコジェムには到底不可能だったのだが、彼らが襲撃の際に発する狂気を帯びた怒りの波動は、作戦に参加した隊員たち全員が、例外なく感得できるものだった。そしてその波動が、まるで隊員たちの精神に直接的な打撃を加えるかの様に、甚大なダメージを与えたのだった。
作戦によるコジェ軍の損害は皆無であったが、帰還した隊員の半数以上が何らかの精神の変調を訴え、治療を受ける結果となった。そしてその内の何割かは、被ったダメージを克服出来ずに、軍を除隊して他の職業に就くことになった。未だに隔離治療を受けている者もいるのだった。
ルクテロは教育プログラムの中で習得した、高度の自己管理スキルで、何とか自身の精神の変調を抑え込むことには成功した。それは彼女自身が直接戦闘を行った訳ではなかったので、部下たちに比べると受けたダメージは少なかったせいかも知れない。
しかし、いまだに受けたダメージを完全に消し去ることが出来ずにいて、今のようにソタでの出来事を思い出すと、精神の底に沈殿している表現しがたい感情が、心の表面に浮かび上がってくるのを抑えることが出来なかった。
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