第4話・蒼のグラス

 とにかく、僕はしばらく森で生活するつもりだった。スライムと一緒なら悪臭を放つ服を着る必要もない。汚れはスライムが食べてくれる。

「スライム……。お前、スライムのままじゃなぁ……。名前考えないとなぁ……」

 正直スライムにこんなに愛着がわくなんて思っても見なかった。

『名前!』

 その言葉にはスライムは強く反応したのである。


「え!? そんなに欲しいのか!?」

 しかし、スライムも知能が上がったなぁ……。前はすっごい単純な思考だったのが、今じゃ少しだけど言葉も理解している。

『肯定!』


 うんとかいいえとかじゃなくて、肯定する感情が強く伝わって来る。そう、まだ言葉として受け取れない部分もあるのだ。

「じゃあ……グラス。人間の言葉で悪いけど青って意味だよ!」

 感情を表に出すな、寡黙たれと育てられたけどそんなの知ったこっちゃない。僕は自由だ。だって、森で生きているんだから……。

『グラス!』


 スライム改め、グラスはその名前を喜んだ。

「お?」

 するとテイムがまた一段階進化したのだ。心象風景の中に浮かぶ小さな芽、それは四つ目の葉を出した。

『?』


 グラスは僕の声に疑問の感情を投げかけてきた。

 現れた四つの目の葉は、大したことのないスキルだと一瞬思った。スキル名:生物見識共有。効果:従魔と生物の知識を相互に共有しあう。従魔の能力に関係なく、言語化がされる。


 共有するって言ったって、相手はスライムだ。スライム以外の何かと戦えば死ぬような存在だったわけで……と、思っているとグラスから情報が頭の中に流れ込んだ。


 スライム:寿命は一週間以上……捕食により延長される為上限ない。また、非腐敗状態の動物死体を捕食する毎に全能力が強化される。ただし、スライムの消化能力は非常に弱くスライム以外の非腐敗物を初期状態では捕食できない。

 グラス:食べられるものが増えた名前持ちの最強スライム。

 サバットラビット:勝てる、美味しい。特に脳。


 冷静に考えれば、スライム自身からスライムを教えてもらえるスキルになる。スライムは謎が多かったが、その謎がかなりわかった。


「グラス! すごいよ! 脳が好きなのは怖いけど……」


 脳の大きさは頭の大きさ。人間はかなり頭が大きい。グラスにとって僕ってだいぶ美味しそうなのではないかと勘ぐってしまう。


「ぷひゅ!」


 誇るときはグラスはこの音を出す。誇るような感情と一緒にこの音がいつも聞こえる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ところで、脳が大きくてお手頃な魔物が存在する。たぶん脳を食べるとグラスの頭がよくなるのだ。それを考えても……。


「グラス、僕たちはゴブリンを倒さなくてはいけない! 頑張るぞー!」


 そのお手頃な魔物とはゴブリンのことである。ゴブリンはその強さの理由のほとんどは知能であり、膂力も人間の子供並み。


『ゴブリン美味しい?』


 ただし、人間が食べるのはご遠慮願いたい食べ物である。なぜならゴブリンは人間を食べるのだ。

 人間を食べる生物を食べるのは気が引ける……。理由はよくわからない。


「お、おいしいよ……」


 ここらへんの微妙なニュアンスがグラスに伝わらないのは非常によかった。


『殺す!』


 グラス、バイオレンスである。

 たぶんここらへんもグラスの知能がまだ低いのが原因なのだろう。後々改善されるかもしれない。もっと可愛い感じに知能を高めて行ってくれたら僕は嬉しい。


「うん! そのためにはまず、他の害獣を倒して戦闘能力をあげなきゃならない! 今の僕たちはゴブリンに負ける!」


 戦闘系のギフトを得られなかった成人前の子供は、ゴブリンには勝ち目がない。大人だったらなんとかなるが、それでも危険な戦いになる。

 なら、ギフトをレベルアップさせてステータスとスキルツリーを強化する必要がある。だからテイマーは誰も大成を目指さなかったのだ。それより、普通に農家でもやっていたほうがマシである。


 僕だって、ディヴァインのギフトがでなければ農奴になってただろうなぁ……。

 でも生きている以上こっちのほうが幸せ。そういうことにする。


『?』


 ちょっとグラスには難しかったみたいだ。


「いっぱい食べる! グラス、強くなる!」


 原始人みたいな言い回しになってしまう。でもこれなら。


『肯定!』


 どうやらグラスにも伝わったようだ。

 孤児院の暮らしはとにかく退屈だ。だって掃除と炊事以外やることがない。僕が好きなのは冒険者の書いた本だった。

 冒険者の生存、第一章。斥候の重要性。


「……確か、優れた斥候とは、その痕跡を見逃さず常に森に居る生物を把握する情報を探している。木の幹にその情報があることがあれば、土の中にその情報が紛れている場合もある。……だったかな」


 僕は身をかがめ、土をそして木の根元を調べる。

 本は法的に教育機関である孤児院には必須の設備である。よって、孤児院にはいくつか置かれていた。

 他にも体を鍛えたりもしたが、それもあまり音を立てない範囲でしかできなかった。だから本格的な事はできていない。


 本の方が今は役に立っている。そこには、冒険者の斥候の極意がこれでもかというほど書かれていたのだから。

 ただ、すごく汚い字で書かれていたのは覚えている。原典じゃないだろうから、注意は必要だ……。

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