第19話・その成り立ち
オーガの集落は中規模に分類される上限。30人規模の集落だった。内、オーガは6名。ホブゴブリン10名、ゴブリン14名から構成される集落で、少数精鋭ということができた。
「どうしてこんな村を? 基本的にゴブリンは人間を襲います……」
俺は集落の長をしている、オーガの老爺に訊ねた。
「出て行ったゴブリンもそれは多い。人も襲い食料とするのが生存に賢明と言って聞かなかったモノたちじゃ……。残るはゴブリンの中でも素直なものと、賢きものだけ。決まってギフトを持つ。だからほれ、ホブゴブリンが多いじゃろう……」
オーガ6名というのは、もはやBランクレイドすら考えなくていけない規模だ。Bランクがオーガと対等なランクである。下手にCランクレイドを組もうにもこの6名のオーガの連携が存在したら恐ろしい。
何よりも、このオーガの長はグラスを負かした化け物である。
「そうだったんですね……。しかし、たまげました、このように歓待頂けるなんて……」
そう目の前にはゴブリン達が作った料理が並んでいる。この集落のゴブリンは、ほかの集落とは比べ物にならないほど賢いのだ。
「ゴブリンに料理を教えるのは骨が折れましたわい。しかし、見ての通りじゃ……」
長も物腰が柔らかく過ごしやすい集落……いやもう村と呼んだほうが適切かも知れない。
「俺とグラスはゴブリンを殺したことがあります。このように歓待を受けていいのでしょうか?」
僕はそれが疑問だった。ゴブリンを見たら基本的には敵だと思う。
「おかしなことをいいなさる。人間同士戦争をする国もあれば、歓待し合う国もあるじゃろう……。そういうことでしかないのじゃ……」
その老爺はおっとりとした雰囲気でそんなことを言った。すごいな、種族が違うと種族間の話にしがちなのに、それを国交問題として扱っている。
「……人質としての期間が終わり、正式に不可侵条約が結ばれることになったらまた遊びに来ても?」
僕はつい、そうしたくなる。ゴブリンやオーガは確かに魔物だ。だけどスライムだって魔物だし、俺はグラスと友達だ。ゴブリンやオーガの友達が居てもいいだろう。
「それは、嬉しい限りじゃ! グギャ!」
まだ、言葉が通じるのはオーガにもうひとりしかいない。もうひとりは魔法系ギフトでテレパシーを扱うことができる。テレパシーでなら会話が成立するのだ。
だから長は、その場で共に食事を分かち合うゴブリン達に僕の言葉を通訳してくれた。
「グギャ!」
「ゲギャ!」
と、ゴブリン達の歓迎の声。言葉は通じないが、雰囲気は伝わる。笑顔は異言語だろうがなんだろうが貫くコミニュケーションなのだ。
「さて、グラスや。お前さんらどう思う? 我らは人間の国と不可侵条約を結べるかね?」
長はグラスに訊ねた。グラスは確かに頭がいい。だから、予想させるのならグラスが適任だ。
「ザヴォワールなら可能性は高い。ザヴォワールは一度国民となった者を何が何でも見捨てない国家性。ルウェリンは冒険者登録をした時にその国民になった。害されていないか確認のための偵察隊が派遣され、返還する交換条件として不可侵条約を求めれば使節団が派遣される可能性が高い。また、私も国民になっている可能性がある。彼らはそういう国だ」
僕のいた国とは随分違う。たかだか森一つ挟んだだけでまるで異世界だ。
しかし、グラスはそんなことまで調べていたのだ。僕が冒険者の生存の書き写しで四苦八苦しているうちにだ。
そりゃ頭も良くなるわけだ。
「我らはそんな国から、人質を取れたのじゃな……。こりゃ幸運だ!」
ところで、この長の中でこの言葉だけでどれだけザヴォワールに対しての見識が出来上がったのだろう。薄ら寒いものを感じる。
だって長とグラスは僕にはよくわからないレベルで思考戦を繰り広げるのだから。
「歓待でなければ、ザヴォワールは報復を行ったかもしれない……」
なんて、グラスは恐ろしい事を言うが僕たちの受けているのは間違いなく歓待だ。何不自由ない生活を送らせてくれている。
この村は30人だけで暮らすには余力があり、大地も十分に肥沃だ。そして、市場でものすごく高価な扱いを受けていた胡椒を栽培したりしている。市場の胡椒の味は知らないけど、料理がすごく美味しい。
「では、使節団をどうもてなせばいい?」
と長はグラスに訊ねた。
「これでいい。ザヴォワールは食に情熱を燃やす国でもある。友好を深めたがるはず」
グラスは答えた。
トロイディッドウィンの料理はまずいのに、プロヴァンスの料理は美味しかった。餌と料理の違いかと思ったがどうやらそうでもないらしい。
「そうかそうか! では、材料は揃っているな! そのときを座して待とうではないか!」
と、長は大いに笑ったのである。老爺ではあるがさすがオーガ豪快である。
「ところで、皆さん名前は?」
僕は気になり訊ねるが……。
「人の声で発音できる名を我らは持たない。我らは我らの言葉の名を持つ。君が君の言葉の名を持つようにな……」
それは当たり前だった。人間の言葉は長が喋れるだけで、ほかの誰も話せないのをついつい忘れてしまうのだ。
「失礼しました……」
「何、理解してくれれば良い……」
そう言って、長は笑って許してくれたのだ。
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