第5話・森で生きる実感
サバットラビットを探すなら、他の動物の痕跡のない場所を探せ。草が平ならすぐそこにいる。
泥の塊が落ちる方向とは、初級の冒険者は真逆に進め。爪牙の痕からは離れろ。壊れた道具が落ちているならその森から逃げろ。
冒険者の生存、第二章。――冒険を始める君へ――より……。
僕はその言葉を信じる。考えれば従うべきだということはわかるのだ。
鋭い爪や牙を持つのは肉食の獣、泥の塊については三章で述べられていた。草食獣の中では珍しく気性が荒い生物のことだ。壊れた道具は四章に記述されており、僕とグラスの当面の目標も含まれている。
「……居た」
その本は驚く程正確に獲物を見つけさせてくれる。ただ何度か失敗もしていた。
『美味しそう』
グラスは相変わらずバイオレンスである。しかし、スライムというのは……。
「そのまま足に……」
静音性に優れる。ありとあらゆる音がしない。粘液が、移動するだけだからだ。草のざわめきなど、その体内でかき消してしまえる。不定形故の強さを持っている。
『肯定!』
そして、グラスは地を這いそのままサバットラビットの足に触れた。
瞬間、気づき逃げようとするもその強力な脚力はすでに封じられていたのだ。ネバネバとした粘液が絡みつき、逃げられないようになっている。
「グラス! そのまま!」
僕は、跳躍に失敗して倒れたサバットラビットの頭に石をお見舞いする。グラスが固定してくれているため、それは見事に命中しさらなる時間を稼いだ。
その間にグラスはどんどんとサバットラビットを飲み込んでいく。
ここまでの失敗は全部僕のせいなのだ。いざという時に草の音を立ててしまったり、枝を足で踏み折ってしまったりだ。
「グラス、僕も食べたいな……」
隠密技術をつけるために随分と時間をかけてしまった。
しかし、人間ってすごい。お腹がすいていると、サバットラビットをそのまま見てもお腹がすいてしまうのだから。
『頭ダメ!』
グラスとしては是が非でも脳は食べたいみたいだ。
ここまで観察した感じ、脳を食べるとグラスの知能は上がる。だから脳はグラスにあげたほうがいいだろう。正直食べるのがなんとなく怖いし……。
「頭はグラスが食べていいよ!」
グラスの知能にサバットラビット一匹分がさらに追加されるのだろう。
するとグラスは頭だけを飲み込んでそれを徐々に消化していく。
グラスは赤く染まって、また青色に戻る。血も多分食べてくれたのだろう。それを考えるとスライムをよく知ればよく知るほどテイムに最も向いた最初の魔物に見える。
そう、スライムは魔物なのだ。害獣などに比べても圧倒的に弱い、魔物の例外である。
「ぷひゅ!」
そんな音と喜びの感情が伝わってきた。
頭をグラスが食べている間に僕は火を起こさなくてはいけない。これも冒険者の生存に書かれていた。第五章、いかなる場所でも生きられるに越したことはない。そこには図解付きで冒険者が道具なしで火をつける方法を書いていたのだ。
まず、棒を二本拾うこと。可能な限り真っ直ぐであり、可能な限り乾いているものが望ましい。一本の棒の先端を、もう一本の側面に当てきりもみ回転させること。可能な限り高速が好ましい……。
そう書いてあった。だから僕はそれに倣いいくつか薪になる枝。乾いた枯葉などを拾って居た。
なんと、それをグラスも手伝ってくれたのだ。
それが集まったら今度は、きりもみだ。
『何してるの?』
棒をコスコスし始めた僕に不思議そうにグラスは言った。また知能が上がったみたいだ。本当にどんどん賢くなっていく。
「火を起こしてるんだ。人間は肉を焼かないと食べられないから……」
なんて言うと、グラスは言った。
『不便……』
確かにそう思う。生でお肉を食べられるならそっちのほうが絶対にお得だ。生でも消化は出来るのかもしれないけど、冒険者の生存には肉を生で食べてはならないと書いてあったのだ。
ほんと、どこまでも丁寧に冒険者のリアルを語ってくれる。それを知って他の冒険者たちの物語を読むと楽しいのだ。英雄譚として描かれる冒険者のリアルなところを想像できる。
本当に少しは体を鍛えておいて良かった。火はすぐについた。あるいはレベルの恩恵だろうか……。
「フーっ! フーっ!」
とにかく今は肉を焼いて食べる。孤児院の飼料よりまずいかもしれないけどそれでも、その分自由に生きられる。感情を表に出すなと言われることもない。
着いた火を僕は一生懸命に育ててから、炉端で肉を焼いた。まずいことを想像してかぶりついたが、それは予想に反して凄く美味しかったのだ。
噛んだ瞬間ジュワりと溢れ出す肉の汁、ほんの少し野生の匂い。それが、たまらなく美味しかった。何だ、孤児院よりずっといいじゃないか森。
そのせいで、少し街へ戻る決意は揺らいだ。
こうやってグラスと一緒に森で生きていくのはそんなに僕にとって苦じゃない。ただ、街へ戻るとしたら服が欲しいから。そんな理由になってしまいそうだ。
ともかくとして、森での僕の生活はこれでもかというほど生きている実感をくれた。
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