第12話・冒険者の実感
そんなことがあったが、エイル・ダールジャンの弟子としてやらなければいけないことがある。
それは、冒険者の生存の書写しと、買ってくれた武器防具の試しだ。
エイル・ダールジャンはパーティーで家を持っていてそこにパーティー全員で集合となった。一足先に、僕とマチューさんが帰っているとそこに後から他のメンバーがやって来る。
瞬間、ドサリという音。ガチャンという装備が地面に落ちた音までした。
「おいおいおい! こりゃどうなってやがる!」
ヴェルンドさんは最初に正気を取り戻し、形だけ僕のようになっているグラスに接近した。
「改めてグラスと言う。大量の脳の捕食により知能が向上した、よって人間の肉体の利便性を感じ、この姿でいる。それから、声を出す器官をいくつか捕食し解析したから、もうしゃべれる」
グラスは改めて自分の状況を説明する。僕も予想外の状態なのである。だって、スライムがこんなことになるなんて思わないではないか。動物と比較しても魔物なのに最弱のスライムがだ。
「知能の向上ったって限度があるだろ、限度が!」
正直多分グラスは僕よりも賢い。なんだったら人間以上の知能を持っているかもしれない。
「全部はルウェリンのおかげであると言える」
なんだろう、可愛らしさがどっかに行ってしまった。でも、友達をやめるつもりはない。だってグラスはグラスなのだから。
「ええっと……理解が追いつかないんだけど、ギルドの処理場でたくさん廃棄の脳を食べさせたらこうなったってことでいいかしら?」
フロールさんはなんとか理解しようとしてくれる。アンダさんはまだ驚きに固まっている。
「いやぁ、驚くよね。喋るし、人型になるスライムだ。でも、どうしてルウェリンの姿をまねるんだい?」
と、マチューさんにたずねられて、グラスは答える。
「愛らしいから。だって、この小さな体躯、そして絹のような白銀の髪! 汚れたとしても整った顔立ちは隠しきれない! まるで絶世の美少女!」
褒め殺しではある、あるのだが……。
「釈然としないよ! 美少女って何さ! 僕は男だよ! それをみんなして嬢ちゃんとか、美少女とかッ……! もう!」
僕は思いっきりへそを曲げたのである。
しかし、エイル・ダールジャンは名前から男であることを察してくれた。彼らが一番言っても仕方ない相手である。
「へそを曲げるルウェリンも愛らしい……」
僕はこの日初めて、友人をぶった。
「もう! もう!」
と、激怒しながら……。
「ビンタを選択するあたり乙女……」
ではない。
「本気で怒るよグラス!」
すでにガチギレなのだけど、僕はどうにかやめさせたくていった。
「失敬……」
失礼にも程があるのだグラスは。
「うん……男の子だものね……」
と、フロールさんが慰めてくれた。
「うん……」
僕は思いっきり釈然としない顔をしているのであった。
「おいアンダ。気を持ち直せ、坊主に装備を着せるぞ!」
と、アンダさんはヴェルンドさんに叩かれてようやく正気に戻ったのである。
「あ、あぁ! な、何が!」
いや、まだちょっと混乱していたのである。
「まぁ、理解がおっつかねぇかもしれねぇがな、とりあえず装備を着せるぞ!」
ヴェルンドさんに言われて、アンダさんは荷物を解き始めた。
「そ、そうだな! よし、とりあえず剣だ! 抜いてみろ!」
基本的に冒険者の装備はギフトによって決まる。魔法系ギフトなら杖とローブ。それ以外は基本的に剣や盾だ。中にはガントレットや弓の人もいるけど。
僕はアンダさんに剣を渡された。
「うん!」
それを抜いてみると、冒険者になったのだと言う実感が湧いてくる。
生まれて初めて剣を持った。鋼が煌き、自分の顔を写す。確かに女の子みたいかも知れない……。
「それがお前の当面の剣。それから解体用のナイフも渡しておく。どうだ?」
重い、ずっしりとした重厚さを感じる。これで勢いをつけて刃を立てればなんでも両断できそうな気すらする。
「嬉しい! ありがとう!」
重すぎるということはない。充分僕に扱える。
「弟子ができたら目の前で剣を抜いてもらおうって、言ってたよね?」
マチューさんはそんなちょっとした思い出話をした。
「ええ、きっと目がキラキラするだろうって」
僕はまんまとフロールさんの思惑通りだった。でも、すごく嬉しいのだ。冒険者になると言うことがこの手の中にある気がする。
「実際たまんねぇな! 弟子は取るもんだ!」
と、ヴェルンドさんも僕の喜びに呼応するように喜んでいた。
「弟子にしてくれてありがとう! 僕、頑張るよ!」
かっこいい冒険者になって、この人たちにたくさん恩返しをするのだ。もちろん、弟子を取ること自体が彼らに多少だけど得のある行為ではある。でも、ほとんどトントンらしいし……。
「無理はするな、冒険者の流儀だ」
と、アンダさんにたしなめられた。
そういえば冒険者の生存にも書いてあった。“無理はするものではない。それは君の命を簡単にむしり取る。まだ大丈夫と思ったら、そこが引き際だ。”と。
「まぁ、剣の前にお勉強だ! 俺が写した冒険者の生存を持ってくる!」
そう言って、ヴェルンドさんはどこかへ行ってしまった。
「ヴェルンドのやつが一番字が下手だったからね……」
と、苦笑いのマチューさんであった。
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