第7話・自由の責任
僕は学んだ。隠密の敵は狩猟対象よりも枝なのだ。枝さえ気を付ければ、あとはグラスと僕のコンビで倒せる。スライムはいい従魔だ。最初は頭が悪いけど、それだって後々頭がよくなるから問題ない。
僕の目線の先にはフォレストケイロウが居た。一撃貰えば十分に結構大怪我を負う相手だから慎重に。
「グラス……」
きっと僕が触ったウンチの主である。こっちとら、恨みがあるのだ。
『肯定!』
グラスはそろりそろりと、その体を近づけると足元から絡みついた。
「よくやった! そのまま拘束して!」
スライムは本当に不思議だ。いつもは僕の肩に乗るくらいの小さなサイズなのに、いざ戦闘になると大きくなる。その最大サイズはどんどんおっきくなっている気がする。
僕は棒きれ片手に石を投げながら飛び出した。
「ふぉわぁ……きゅぃゅぅゅうう!」
その石に気づいて、逃げようとするが足はグラスに絡め取られて逃げることができない。瞬間恐怖の声をあげ、そして痛みの悲鳴に変わった。
「うっ……」
これまでと違う。サバットラビットは声を出さなかった。この甲高い声は何故だか心に刺さる。
『容赦いらない!』
一瞬ひるむ僕に、グラスは言った。きっとサバットラビットだって人間には聞き取れない声を上げていたのだ。それこそテイムしたら感情を伝えてくるのだろう。それも言語化されるレベルで。
だから今更、命乞いに耳を貸してはいけない。この世界は残酷なほど自由なんだ。誰も僕の命を保証してくれない代わりに、誰も僕を縛らない。人間と関わらない限り、その状態は続く。
だから、保証は僕が手に入れなければいけない。自ら殺し、自ら喰わねばならない。それが、自由の責任だ。
「うん!」
僕は棒きれを振り上げた。それは僕の全力を受け止めるだけの硬さがありそうだという理由だけで選んだ相棒。
「きゅうぅう!」
もはや逃げられないと悟るとフォレストケイロウは体制を低くし、僕の一撃を迎え撃つべく角を構えた。
そう、オスの個体だ。その立派な枝角に、棒きれを取られてしまってはたまらない。慎重に頭に狙いを定めた。
甲高い声だ、若いオスに違いない。でも、僕は喰べる。生きるために。
「やあああああ!」
振り下ろしの一閃、瞬間合わせてフォレストケイロウは首をひねる。僕の棒きれは枝角に引っかかり、威力をだいぶ殺されてしまった。
「くっ!?」
立ちはだかる最初の関門。超初級と初級を隔てる冒険者の試金石。
グラスの力を借りてすら僕には突破が容易ではなかった。
『ルウェリン!』
僕の未熟者。これでは嬲るようになってしまう。かわいそうに、痛いだろうに。
それでも、仕方がないのだ。引き続けた先に命がある僕と、一歩引いた先に命があるフォレストケイロウの命のやりとりだ。
「ごめん……上手くなくて……」
仕方ないじゃないか。ちょっと前まで僕は飼育される家畜だった。飼いならされた人という獣だった。
「きゅぅうう!」
まだ狙っている。僕の棒きれを跳ね上げるその一瞬を。
この枝角は実に防御に適していた。
「頼むよ……、やぁああああ!」
二度目の一閃。一歩踏み込み、相手が首をこちらに伸ばすのを読んで回り込んで上から首を打ち据えた。
それはフォレストケイロウの意識を刈り取り、動かなくした。
『止め?』
その本当に絶命の最後の一撃は僕にはできない。僕がするのは、その止めの一撃をグラスが刺すときに恐怖を与えないために気絶させるくらいだ。
「うん……」
心臓が破裂しそうだ。
横たわるフォレストケイロウの鼻の穴からグラスは侵入し。そして、一瞬だけフォレストケイロウの体が跳ねた。
『終わったよー!』
実にえぐい止めの刺し方だけど頭の中に何かをしているのだ。命に大切な部分を捕食し、壊して命を絶っている。僕たちの攻撃力ではそうしてしかこの大きさの動物を絶命させられない。
刃があれば、あるいは弓があれば、それは今よりずっと簡単ではあろう。
「うん……。ちょっと、声に怯んじゃったよ……」
怖かった。初めて命のやり取りをする目を見た。サバットラビットとフォレストケイロウでは大きさが違う。生命力が違う。
『うん! でも脳ー!』
グラスは蕩けた声で言って喜々として鼻から入っていく。やっぱりグラスのこういうところは怖い……。
「僕の分も残してね。足一本でいいから……」
グラスは大食いだ。多分食べられる量に限界なんてないんじゃないかな。
『うん!』
すでに脳を食べ始め、グラスの知能にも変化が見られた。
「えっと……冒険者たるもの、食べられる野草の知識もあるに越したことはない……」
言葉にすると思い出しやすい読書の経験が、そこに書いてあった挿絵が。
僕は焚き火の用意を始める。野草と薪を集め、落ち葉を砕いて冒険者の生存に書いてあった通りに。
今の僕たちを冒険者が見かけたらどう思うのだろう……。いやきっと駆け出しの冒険者にみえるに違いない。僕は優秀な斥候にきっとなれる。
そんな事を思いながら、火を起こしているとガサガサと音が鳴って僕は手を止めた。頼むから危険なものであって欲しくない。精神的にすごく疲れているのだ……。
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