第19話 個人演説会 その4
個人演説会が始まる20分前、天音がトイレで用を足し、手を洗っていると、堀の若い秘書が中に入ってきた。
「お疲れ様です」
「ああ。お疲れ様」
「今社長。今ちょっとよろしいでしょうか?」
堀の秘書は、真面目な顔をしながら聞いてきた。
「ええ、もちろん。どうしました?」
「熊野候補のことです。正直、彼を見てどう思いましたか?」
「熊野候補は、まあ、人がいいってことだけは、よく分かりました」
「堀先生と比べた場合は、どうですか?」
「そりゃあ、実務で言ったら堀先生には敵わないでしょう」
「そう思いますよね」
秘書の顔が、少し緩まった。
「今回、堀先生が候補者に選ばれなかったことに、特別な理由があるんですね」
「はい。堀先生は知事時代、短い間にいくつもの斬新な改革を行いました。その結果、内外に多くの敵を作ってしまい、今回出馬できなかったんです。そのことで堀先生も大変悔しい思いをしているので、その辺の気持ちを、どうか汲み取っていただけませんでしょうか? よろしくお願いします」
堀の秘書は頭を下げた。
「ありがとう、教えてくれて。そういうことなら、今後は気をつけて発言するよ」
「ありがとうございます」
「では、失礼」
秘書に別れを言い、天音はトイレを出た。
個人演説会は席も全て埋まり、大盛況のなか終わった。
登壇者の先生たちを見送り、天音が控室に戻ろうとすると、見知らぬ若い男性が二人、天音の所に駆け寄ってきた。
「すいません。今天音さんですよね?」
カーキ色の服を着た男が話しかけてきた。
「はい。そうですが」
「初めまして、週刊インサイトの者です。ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが、今さんの会社で作っているサプリメント、パッケージに表示されている成分と異なるものがありますよね? 例えば、ミネラルのサプリメントは明らかに成分量が少ないですよね?」
「君は何を言っているんだ?」
なぜ、それを知っている?
それはごく一部の社員しか知らないはずだ。
「国産野菜使用を謳っているサプリメントは、一部、中国産を使っていますよね? 違いますか?」
インサイトの記者は、畳み掛けるように質問して来た。
「知らん。そんな根も葉もないことを広めるなら訴えるぞ。失礼する」
まずい。
すぐに何とかしなくては。
天音は呼び止める記者の声を無視して、急いで控え室へ戻った。
天音が控室に入ると、莉凛が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたのですか、お兄さん。顔色が悪いですよ?」
「お前、何をやった?」
「えっ、何のことです?」
「惚けるな。なぜ、会社の秘密が外部に漏れてる?」
「ああ。神のお告げ通りになったのですね」
莉凛が悲しそうな表情をしながら言った。
「そういう茶番はいい。お前は一体どうやって秘密を知ったんだ?」
「会社の秘密は、私は何も存じ上げておりません。瞑想の最中に聞こえた神様の声をお伝えしただけです」
莉凛は天音をまっすぐ見て答えた。
こいつは本当に神の声が聞こえているのか?
「落ち着いてください、天音様。莉凛様は今までの結果が出ると伝えただけです」
片岡エイミーが割って入ってきた。
「分かった。もういい」
こんな奴らと話し合った所で、時間の無駄だ。
天音はすぐに部下に電話をかけ、事態の収拾に動き始めた。
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