第24話 助けて下さい

 数ヶ月前に教団に入った吉本太一は、今大世のもとで総務部の仕事をしていた。


「太一くん。備品の注文、まだ間に合う?」


 隣に座っていた下平由佳(しもだいら ゆか)が、太一に聞いて来た。


「はい。大丈夫ですよ。何が足りないんですか?」


「モップの替えが20、あと掃除用洗剤が3つに石鹸が10」


「分かりました。追加しておきます」


「ありがとう」


 由佳は優しい声で太一にお礼を言った。


「おう。太一、仕事できる」


 封筒に手紙を入れる作業をしていた先輩の志野誠(しの まこと)が、話しかけてきた。


「いえいえ。このくらい大したことないですよ」


「俺はできない」


 志野はキッパリと言った。


「いいんだよ、誠。その代わり、お前は俺をハッピーにしてくれるんだから」


 パソコン画面を見ていた大世が口を開いた。


「本当?」


「ああ」


「へへへへ」


 志野は笑顔で言った。


 そんな彼を見て、大世も嬉しそうだった。


「失礼します」


 受付の女性が、部屋に入ってきた。


「大世さん。大世さんにどうしても直接会って話がしたいという女性が来ているのですが、どうしますか?」


「若い女性? お名前は?」


「松岡ジュリアという方です」


「松岡さん? うーん、知らないな。まあでも、会ってみるか」


「一人で会うんですか?」


 由佳が心配そうに声をかけた。


「ダメかい?」


「変な事に巻き込まれたら、どうするんですか? 今は問題を起こすなと教主様に言われてますよね?」


「まあ、確かにそうだな。じゃあ、由佳と太一、一緒に来てくれる?」


「分かりました」


 太一はすぐに返事をした。


「そういうことでしたら……」


 由佳は渋々了承した。


「彼女は今、どこにいるの?」


 大世は受付嬢にたずねた。


「応接室にいます」


「分かった」


「行ってらっしゃい」


 志野に見送られ、太一は大世たちと共に応接室へ向かった。




 太一たちが応接室に入ると、ラテン系の若い女性がソファーに腰を下ろしていた。


 彼女は太一たちの姿を見ると、すぐにソファーから腰を上げた。


「初めまして。松岡ジュリアと申します。本日は時間をとっていただき、ありがとうございます」


 ジュリアは丁寧に頭を下げ、大世の前に名刺を出した。


 日本語も上手だ。


 違法な手段で日本に来た人ではなさそうだ。


「こちらこそ、初めまして。今大世です。こちらの二人は私と同じ志を持つ下平由佳と吉本太一です。どうぞ、おかけください」


 大世は名刺を受け取り、彼女に再び席に座るよう促した。


「失礼します」


 ジュリアは大世と向かい合う形でソファーに座った。


 太一と由佳は大世の後ろに立った。


「受付の方から、私と直接話がしたいと聞いたのですが、どのような用件でしょうか?」


「はい。私は現在、市内にある飲食店、『バー・トロピカル』で働いているのですが、そこに来る厄介なお客さんを何とかしてもらいたいんです」


 ジュリアは真剣な表情で大世に訴えた。


「あのー、ジュリアさん。我々は反社会的な組織と違い、用心棒のようなことはしておりません。そのような用件でしたら、警察の方にご相談した方がよいかと思います」


「もちろん、警察には言いました。ですが、その厄介な人物が宗教団体『導きの朝』に所属しているので、本気で動いてくれないんです」


「えっ?」


 導きの朝とは、新しき学びの宿と同じキリスト教系の団体で、新しき学びの宿とは一時期、敵対関係にあった。


「名前を松田健太郎(まつだ けんたろう)といい、導きの朝の幹部をしている男なんです。新しき学びの宿は、導きの朝と敵対している宗教団体ですよね?」


「以前はそうですが、現在は違います」


「えっ、そうなんですか?」


「はい。現在はお互いに距離をとって、極力関わらないようにしています」


「そうだったんですか。私は新しき学びの宿だったら松田さんを追い返してくれると思って、今日ここに訪れたんです。何とか彼を追い返してもらえませんか? 助けてください。よろしくお願いします」


 ジュリアは頭を下げて、大世に頼んだ。


「お話は分かりました。ですが、こちらも色々な業務を抱えており、すぐに返答することはできません。お返事は後日ということでよろしいでしょうか?」


「そうですか……。分かりました。よろしくお願いします」


 ジュリアは再び大世に頭を下げた。


「下平さん。彼女を玄関まで送ってください」


「分かりました」


 ジュリアは下平と共に応接室から出て行った。


「どう思う?」


 大世が太一に聞いてきた。


「嘘をついているような感じは、ありませんでした」


「それは俺も思った。これって、引き受けていい案件かな?」


「時期は悪いと思います。教主様から問題を起こすなと言われていますから」


「だよな」


「あと、彼女が他の兄弟からの刺客だった場合、厄介なことになります。例えば、大世さんが店に現れた時、客同士のケンカに紛れて危害を加えてくるとか」


「危害を加える? 俺に?」


「そうですよ。あなたは今、後継者争いをしているんですよ? 他の兄弟が命を狙ってくる可能性だってあるんですよ」


「そんなことするかなあ?」


 大世の表情を見る限り、あまりその実感はなさそうだった。


「まあ、時期が時期ですし、ここは断りませんか?」


「えー。断るの」


 大世が不満そうな表情を浮かべ言った。


「なんで、そんなに彼女が気になるんですか?」


「あんな美人に助けてくださいって言われたら、助けたくなるだろう?」


「本気で言っているんですか?」


「もちろん」


 大世の表情を見る限り、本気で言っているようだった。


「分かりました。じゃあ、僕が今日、こっそり彼女の店に行って、言っていることが本当かどうか確かめてきますよ。本当だったら助けましょう」


「さすが太一、優秀」


「志野さんのようなこと言わないでください」


「ついでにジュリアちゃんの働いている所も、カメラでしっかり録画してきてね」


「松田が嫌がらせをしている証拠映像を撮るため、録画してきます」


 太一は、大世の欲望を軽くいなした。

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