第32話 コーラの味

 明日の未来建設の社長である古賀が会場に入ると、すでに多くの商工会の人間や政治家が集まっていた。


「やあ、古賀さん」


 振り返ると、そこにはいなり山乳業の社長である二継和人(につぎ かずと)がいた。


「お久しぶりです、二継さん」


湊橋みなとばし見ましたよ。いい仕事しましたね」


「私ではなく社員が頑張ってくれただけですよ」


「またまたご謙遜を。古賀さんが仕事を取るため、あちこち走りまわっているから、その熱意が社員にも伝わっているんですよ」


「二継さん。私みたいな新興の企業は、そうでもしないと仕事が貰えないんですよ。それよりも、二継さんの方はどうなんです? 最近、海外からの乳製品の輸入が増えましたよね? どのように対処しているんですか?」


「うちは流通先を増やすことで、解決しました。地元のお菓子屋さんだけでなく、大手の乳業会社にも直接おろすようにしたんです。この土地から採れる牛乳は一つのブランドになっているので、それを活かしたんです」


「品質に自信があるからこそ、出来る戦略ですね」


「おっしゃる通りです」


「弊社も技術力向上のため、もっと努力を重ねたいと思います。それでは、他の方々にもごあいさつしなくてはいけないので、この辺りで失礼致します」


 二継に別れを言い、古賀はその場を後にした。


 そして周囲を見渡し、少し離れた所にいた新崎しんざき食品の社長である新崎涼仁(しんざき りょうじ)の姿を見つけ、彼のところへ向かった。


「お疲れ様です」


「あっ、お疲れ様です。さっそく、西原派の二継さんに捕まっていましたね」


「ええ。さすが老舗企業のおぼっちゃまです。何かやりたいと思ったら、すぐに周りの人たちが協力してくれる」


「うらやましい限りですね」


「ええ。だからこそ、我々としてはぜひ堀先生に再び立ってもらわないと」


「そうですね。計画の方は進んでいますか?」


「はい。この間、銃の試射を行い、成功したそうです」


「それはよかった。私たちはもう引き返せない所まで来ていますからね。この計画、絶対に成功させましょう」


「ええ、もちろん」


 新崎の言葉に、古賀は力強く答えた。


「西原議員、お疲れ様です」


 入り口の方から、二継の大きな声が聞こえた。


 視線を向けると、そこには衆議院議員の西原の姿があった。


 すぐに彼の元に多くの人たちが集まっていった。


 西原はそんな彼らに対し、にこやかに応対していた。


「彼の顔を、最後に近くで見ておきます?」


 新崎が聞いて来た。


「いいですよ。特に思い入れはありませんから」


 古賀はすぐに言葉を返した。




 小石川倉庫に勤めている下山は、仕事が終わり家に戻ると、すぐにシャワーを浴びて布団に潜り込んだ。


 下山には計画があった。


 早朝、教団施設に行って、そこに一発銃弾を打ち込む計画だ。


 このタイミングで、そんなことをするべきでないことは分かっていた。


 だが、どうしても、あの教祖のいるところに一発打ち込んでおきたかった。


 昼間の仕事の疲れもあって、下山はすぐに眠りに落ちた。


 そして、午前3時、セットしておいた目覚まし時計のアラームで目を覚まし、下山はすぐに布団から出た。


 スエットに着替え、銃が入ったカバンを手にして外に出ると、外はまだ暗かった。


 下山は自転車の前のカゴにカバンを入れ手袋をはめると、フードを被って今瞭征がいる教団施設に向かって走り始めた。


 西原議員を殺すことを決めて以来、下山の人生は充実していた。


 自分のためだけでなく、誰かのために行動することへの充足感。


 そしてその行動が多くの人に幸福をもたらすことになる。


 下山は生まれて初めて自分の人生が輝いていることを実感していた。


 午前4時ごろ、下山は今瞭征がいる教団施設に到着した。


 この辺は以前、何度か来たことがあったので、監視カメラのおおよその位置は分かっていた。


 下山は施設の東側にあるマンションの駐輪所に自転車を停めた。


 そして、カバンを持って駐輪所の屋根にのぼり、作ったショットガンを取り出した。


 駐輪所の屋根からは丁度、教団の施設が見えた。


 今瞭征、これは天罰だ。


 一週間苦しみ続けろ。


 下山は教団の施設に向けて引き金を引いた。


 大きな爆発音と共に、教団施設に銃弾が打ち込まれた。


 下山はすぐさま屋根から降り、火薬の煙が少し落ち着いてからカバンの中に銃をしまった。


 そして、自転車にまたがりその場を離れた。


 やった。


 ついに、新しき学びの宿に一矢報いることができた。


 俺はやればできるんだ。


 下山は興奮しながら自転車を漕ぎ続けた。


 そして、家の近くまで来ると自動販売機でコーラを買った。


 下山は普段、コーラを口にする事はなかった。


 だが、興奮して喉が渇いていたことと、今まで味わったことのない充足感が、下山に普段とは違う行動をとらせていた。


 自動販売機の前で早速コーラの栓を開け、下山は喉の渇きを潤した。

 

 うまい。


 コーラがこんなに美味く感じたのは、生まれて初めてだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る