第47話 生まれた意味

 下山が逮捕されてから一週間がたった。


 下山は聞かれたことに素直に答えていたが、上田のことに関しては関与を頑なに否定していた。


 付けられた国選の弁護士には、全て自分の意思でやったことで、教団の後ろ盾である西原議員を殺して、教団に人生を狂わされた人たちの仇を取るために犯行に及んだと伝えた。


 下山が自分の罪をはっきり認めていたので、国選の弁護士も下山に対してあまり突っ込んだことを聞いてこなかった。


「おはようございます、下山さん。昨晩はよく眠れましたか?」


 刑事の喜代次が、いつものように朝のあいさつから事情聴取を始めた。


「ええ」


「それはよかった。体だけはこわなさいでくださいね」


「はい」


「実はですね、今日はあなたにお伝えしなくてはいけないことがあります。あなたの同僚である上田浩勝さんは、先週の土曜日、車の事故で亡くなりました」


「えっ?」


「今まで黙っていたのは、あなたが受けるショックが大きすぎることと、事実がはっきりするまで伝えるべきではないと判断したからです。そして、昨日、事故調査の結果が出て、この判断は正しかったことが証明されました。上田さんが運転していた車は、ブレーキオイルが漏れるよう細工されていたことが分かったんです」


「それって、事故ではなく他殺ということですか?」


「そうです」


 喜代次が断言した。


「誰がやったんですか?」


「実行役は、あじさい土木の社員ですが、そこの社長や明日の未来建設の社長なども事件に関わっていました。実は、上田さんはあなたが西原議員を暗殺するよう仕向けるため、彼らに送り込まれたスパイだったんです」


 この刑事、一体何を言っているんだ? 


 下山は喜代次の言っていることが全然理解できなかった。


「あなたが銃を作っていた上田さんの叔父の家ですが、あれは明日の未来建設が用意したものです。そして、その家に夜中、隣の住人が一度訪ねて来ましたよね? 上田さんはその時に顔を見られたので殺されたんです」


「嘘言わないでくださいよ、刑事さん。ヒロは絶対に俺にそんなことしないですよ」


 この刑事は俺をハメるため、嘘を言っているだけだ。


 下山は確信を持って喜代次に反論した。


 すると喜代次は黙って胸元からスマートフォンを取り出した。


「上田さんと犯人とのやり取りです。聞いてください」


 喜代次はスマートフォンをタップして、音声を流し始めた。


「下山は、いまどんな状態だ?」


 聞いたことがない男の声だ。


「反省して静かにしてる。前も言ったが、決行までもう無茶はしない」


 こっちは聞き慣れた上田の声だった。


「なぜ、そう言いきれる?」


「あいつはきちんと約束を守る男だ。不器用だが、一度やらないと決めたらやらない。言われた通り、あいつとのやり取りは全て録音しておいた」


「ああ、ご苦労」


「それよりも俺の報酬はどうなっている? 金と高跳びの準備はできてるんだろうな?」


「安心しろ。きちんと用意してある。手持ちの金と旅券は当日ここに置いておく。残りの金は仮想通貨で振り込んでやる。心配するな」


「分かった。あと西原をいつ殺すか、決まったのか?」


「ああ。土曜日の11時から行われる駅裏の街頭演説の時に実行しろ」


 喜代次はそこで音声を止めた。


 下山の奥底から、禍々しい何かが湧き上がって来た。


「俺は道化を演じるために、この世に生まれて来たんじゃねえ」


 下山の純真な思いは醜く姿を変え、初めて口から外の世界に飛び出した。

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