第34話 亀裂
教団の総務部に所属する吉本太一は、朝から事件の対応に追われていた。
「おたくの教団、まだ何か隠していることがあるんでしょう? だから、銃弾を撃ち込まれたんだよね?」
正義を名乗る一般男性が、電話口で容赦ない言葉を太一に浴びせて来た。
「いえいえ。我々は日々神に祈り、世界の幸福を祈っております」
「嘘をつくな。だったら、なんで銃弾を撃ち込まれるんだよ?」
男がさらに語気を強めた。
「その点に関しては、我々の不徳のいたす所でございまして、今後も懸命に努めてまいります」
「本当だな? お前たちのこと、ずっと見張っているからな」
「はい。今後もご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします」
「そうか。分かればいいんだよ。頑張れよ。じゃあな」
「はい。ありがとうございます。失礼致します」
太一はゆっくりと受話器を置いた。
時計を見ると、11時半を過ぎた所だった。
総務部長である今大世は、まだ来ていなかった。
「由佳さん。大世さんの姿を見ました?」
太一が隣にいる由佳にたずねた。
「ううん、まだ。メールはしたんだけど、連絡はないの。今、電話してみる」
由佳はスマートフォンを手に取った。
「もしもし。大世さん。今どこですか? えっ? ちょっと何考えているんですか?」
由佳の語気が強まった。
「教団に銃弾が打ち込まれて、今てんやわんやになっているんですよ。今すぐニュースを見てください」
察するに、大世は女の所にいたようだ。
「見ましたか? はい。今すぐ教団に来て下さい。部長のあなたがいないと、決められないものもありますから。はい。ダメです。すぐに来てください。いいですね」
由佳は最後、念を押すように言って電話を切った。
「ひょっとして、大世さん。女の所にいて知らなかった?」
太一は恐る恐る由佳にたずねた。
「ええ」
由佳は頭を抱えながら答えた。
「相手は松岡ジュリアさん?」
「そうよ」
「おお。大世さん。女の所に行って解脱していたのか」
手紙の仕分けをしていた志野が、口を開いた。
「志野さん。俺たちはキリスト教系の人間だから、そこは解脱じゃなくて昇天です」
「そんなこと、今どうだっていいでしょう」
由佳の怒号が、部屋いっぱいにこだました。
教団にショットガンを打ち込んだ後、下山は晴々とした気持ちで職場に向かった。
「おはようございます」
あいさつしながら更衣室に入ると、同僚の中本が声をかけて来た。
「おはようございます。下山さん、何かいいことあったんですか?」
「えっ?」
「今まで聴いた中で、一番のさわやかなあいさつでしたよ」
気持ちの高揚は自覚していたが、その影響が予想以上に表に出ていたようだ。
「まあ、ね」
「えっ? ひょっとして彼女でも出来たんですか?」
「ないない」
「じゃあ、宝くじに当たったとか?」
「それもないです」
「じゃあ、何があったんですか?」
「うーん。そうですね……」
なんて説明しようか考えていると、上田が顔面蒼白になりながら更衣室に入って来た。
「しもやん」
「何?」
「ちょっと話がある。今、いいか?」
「あっ、ちょっと待って。これだけ着替えるから」
ズボンを脱いだ状態だったので、下山はすぐにズボンを履いて上田と共に更衣室の外に出た。
そして倉庫の外れまで移動し、周囲に人がいないことを確認してから、上田は口を開いた。
「今朝、教団に発砲したの、もしかしてしもやん?」
「ああ」
「何で、そんなことしたんだ。計画を実行する前に捕まったらどうするんだ」
上田は声を荒げて言った。
「ヒロの怒りはもっともだと思う。だけど、俺はどうしても元凶である今瞭征を苦しめたかったんだよ」
下山は素直に自分の想いを吐露した。
「あっー、もう」
上田は再び声を荒げた。とても苛立っているのが見てとれた。
「ごめん、ヒロ。俺だけの問題じゃなかったね」
「しもやん。俺にはしもやんだけが頼りなんだ。ここで警察に捕まったら全てが終わってしまう」
「約束する。もうやらない」
「証拠は残してないよね?」
「たぶん。教団の施設には、新聞配達員だと思われるようフードを被って自転車で行ったし、手袋もずっとしていたから大丈夫だと思う」
「そうか」
上田は下山の説明を聞いても、表情は曇ったままだった。
「しもやん。俺が恐れているのは、西原の応援演説がなくなることなんだ。西原を仕留めるのに一番いいタイミングは、間違いなく警護が一番薄い応援演説の時なんだよ。だけど今回のことで、西原は応援演説を取りやめるかもしれない。そうなると西原を仕留めるのは難しくなる。だから、これ以上、絶対に問題を起こさないでくれ。頼む」
考えが甘かった。
証拠さえ残らなければ、他は何も問題ないと思っていた。
下山は改めて自分の至らなさを恥じた。
「ごめん」
下山は再び上田に謝った。
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