第17話 個人演説会 その2

 刑事の矢上は、上司の喜代次を助手席に乗せ、自由憲政党の個人演説会が行われる市内の公民館に行った。


「結構、来てますね」


 駐車場の埋まり方を見ながら、矢上が口を開いた。


「ああ。西原議員は人気があるからな」


 今日の個人演説会には、立候補者の熊野(くまの)に加えて、西原議員や堀前知事も来ることになっていた。


「西原議員って、新しき学びの宿の守護神って聞いたことあるんですけど、本当なんですかね?」


「それはないだろう。知事一期目の時、古参の秘書をクビにしたからな」


 喜代次がすぐに否定した。


「えっ、そうなんですか?」


「ああ。父親が新しき学びの宿と深い関係にあったから、知事になった時、古参の秘書をクビにして教団と距離を取ったんだ。もちろん、それは完全に関係を断つという意味ではなく、他の団体と同じように適切な距離を取るという意味だけどな」


「じゃあ、西原議員が新しき学びの宿の守護神であるという噂は、嘘だったんですね」


「ああ。おそらくライバルが流したんだろう。矢上」


 喜代次が突然、少し緊張感のある声を出した。


「どうしました、主任?」


「知っている顔がいる。あそこにいる男の所に行ってくれ」


 喜代次が車の誘導をしていた若い男を指差し言った。


「分かりました」


 矢上が言われ通り男の近くまで車を移動すると、喜代次はウインドウを下げて男に話しかけた。


「そこのお兄さん。信者の方?」


「えっ、喜代次刑事」


 男は戸惑いながら、喜代次の名前を言った。どうやら、知り合いのようだ。


「お前、ここで何してるんだ?」


「教団のボランティアです」


「ボランティア? 何が狙いだ?」


「キ、キリスト教の秘密を学ぶためです。大工の小倅が三年頑張っただけで、なぜ世界で一番信仰される宗教になったのか? その秘密を知りたいと思いまして」


 どうやらこの男も、主任と同じく合法的に人の悪口を言う技術に長けているようだ。


「そうか。ずっと見張っててやるから、しっかり頑張れよ」


「はい。お疲れ様です」


 喜代次は車のウインドウを閉めた。


 矢上はその男の指示に従い、車を奥の駐車スペースに停めた。


「彼、何者です?」


 矢上は喜代次にたずねた。


「方丈駿悟。方丈探偵事務所の所長さ」


「えっ、ひょっとして、あの突貫の方丈?」


「ああ。ヤクザの事務所に一人で乗り込んでぶっ潰した、あの方丈だ」


「何で彼がここに来てるんですかね?」


「俺も気になる。絶対に何か企んでいるから目を離すなよ」


「分かりました」


「あと、身分を偽って入信していると思うから、そのことは伏せといてやれ。その方が何かの時にあいつをこちらの手駒として使えるからな」


「はい」


 矢上は久しぶりに喜代次のリアリストとしての冷徹さを感じた。




 新しき学びの宿の後継者候補である長男の今天音は、部下を引きつれ公民館の控室に入った。


 中に入ると、そこには妹の竹本莉凛と秘書の片岡エイミーがいた。


「お久しぶりです、お兄さん」


 莉凛が立ち上がり丁寧にあいさつしてきた。


「ああ。来てたのか」


「はい。お元気そうでなによりです。久しぶりにお顔が見れてうれしいですわ」


「来紀たちも来てるのか?」


「いえ。今日ここに来るのは、私たち二人だけです」


「そうか」


「残念です。皆さんと久し振りに会えると思っていたのに」


 その気持ちは本心なのか? 


 天音は莉凛の意図的に作られたような言動に時折心を乱されていた。


「まあ、あいつらは政治的なことには全く無関心だからな。それよりも、お前が作ったアプリ、皆の間で評判がいいぞ」


「まあ、嬉しい。ありがとうございます」


「向こうでしっかり勉強していたんだな」


「ええ。勉強くらいしか、私には取り柄がなかったので」


「そんなことないだろう。あっ、そういえば占いが得意じゃなかったか?」


「占いではありません。神のお告げです」


 莉凛は真面目な表情を作り言った。


「本当に信じているのか? その、神の声というのを?」


「はい。最近、新しいお告げを授かりました。天音兄さんに関するものです」


「俺の? どんな内容だ?」


 天音は冗談を聞くような気持ちで莉凛にたずねた。


「兄さんが今までやって来たことに、結果が出るそうです」


「随分、曖昧なお告げだな」


「今まで正しい行いをしていれば、いい結果が出ます。ですが、悪いことをしていたなら、悪い結果が出ます。悪いこと、していませんよね?」


「当たり前だ」


 こいつは一体何を言っているんだ? 


 だが、莉凛の表情を見る限り、彼女は冗談で言っている様子はなかった。


「それなら安心です」


 莉凛は再び穏やかな表情を浮かべ言った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る