第11話 潜入開始

 方丈探偵事務所の所長である方丈は、ホームページで告知されていた竹本莉凛主催の自己啓発セミナーに出るため、指定の喫茶店に足を運んだ。


 中に入ると、すぐに背の高い30歳前後と思われる女性が話しかけてきた。


「こんにちは。片岡エイミーと申します。初めての方ですか?」


「はい。方丈駿悟と申します」


「では、方丈さん。あちらの席にお座りください」


 方丈は言われた通り、奥にある窓側のイスに腰かけた。


 喫茶店の中にはすでに15人くらいの老若男女が集まっていた。


 方丈の隣には、どう見ても10代と思われる男の子が座っていた。


 この子は一体、どんな理由でここに来ているのだろうか? 


 たずねてみようかなと思ったが、別の目的でここに来ていることがバレるおそれがあったので、方丈は静かに莉凛が来るのを待った。


 しばらくして、ネットの画像で何度も見た黒髪の若い女性が奥から現れた。


「皆さん、おはようございます。今日は新規の方が多く集まってくれたみたいですね。初めまして、竹本莉凛です」


 莉凛は柔らかい物腰で皆にあいさつをし、軽く頭を下げた。


「そして、いつも来てくださる皆さん、今日も来てくださりありがとうございます。この後、時間が許す限り、皆さんの話を一人ずつうかがいたいと思います。ですが、その前に一つ、私の話を聞いてください。皆さんが今日ここに足を運んだのは自らの意思ではなく、神によって導かれたものだということを」


 ここから数十分、莉凛の説教が始まった。




 一方、秋田はSNSを使って教団と連絡をとり、次男の今来紀がいるスタジオ兼事務所を訪れた。


 入り口から中に入ると、すぐに受付の女性が秋田に声をかけて来た。


「おはようございます」


「あっ、おはようございます。昨日メールを送った秋田有斗です。今来紀さんはいらっしゃいますか?」


「お話は承っております。ご案内いたします」


 秋田は受付の女性と共に、建物の奥へ進んでいった。


 数分歩き着いた先は、学校の体育館くらいの大きさがあるスタジオだった。


 中では昔の日本家屋のセットが組まれ、今来紀が皆に色々と指示を出していた。


 どうやら今、映画を撮っているようだ。


「来紀さん」


 受付の女性が、来紀の手が空いたのを見て声をかけた。


「秋田さんがいらっしゃいました」


「おお。君が秋田くんか。初めまして、今来紀だ。君のメッセージは、きちんと読ませてもらったよ。早速、僕の手助けをしてくれないか?」


「はい?」


「君は要領が良さそうな顔をしているから、この後使う紙吹雪の準備をあちらで手伝ってくれないかな?」


「えっ? あっ、はい」


 来紀の熱量に押され、秋田は深く考えることなく承諾してしまった。


「よかった。じゃあ、彼を第二会議室にお連れして」


 来紀は受付の女性に指示を出した。


「分かりました」


「よろしく」


「では、秋田さん。ご案内いたします」


「はい」


 秋田は受付嬢と共に、スタジオのすぐ近くにあった第二会議室へ移動した。


 中では四人の男女が裁断機とハサミを使って紙を細かく切っていた。


「失礼します。妹尾(せのお)さん。こちら初めていらした秋田さんです。彼にここでの作業を教えてください」


 受付の女性は、妹尾という30代くらいのメガネをかけた細身の男に話しかけた。


「分かりました」


 妹尾は笑顔で答えた。


「秋田さん。こちらは妹尾さん。映画にとても詳しいここのスタッフです」


「初めまして、秋田有斗です。よろしくお願いします」


 秋田は丁寧にあいさつした。


「こちらこそ、初めまして。妹尾秀明(せのお ひであき)です。ひょっとして、来紀さんにいきなりここで作業するよう言われたのかな?」


「その通りです」


「オーケー。そう言う事なら、早速手伝ってもらおうかな」


 妹尾も来紀と同じく、こちらの事情を聞かずに、ただ映画作りを手伝うよう促して来た。


「では、あとはよろしくお願いします」


 受付の女性は、会議室を出て行った。


「それじゃあ、ここの仲間を紹介するね。こちらは木下弘一(きのした こういち)さん。元教師で、今はうちでボランティアをしてくれています」


「初めまして、秋田くん。木下弘一です」


 木下は丁寧に、秋田にあいさつしてきた。


「初めまして、秋田有斗です。よろしくお願いします」


「まあ、そんなに気張らずに、楽に行こうよ」


「はい」


「そして、こちらが下山博美(しもやま ひろみ)さん。もう、何十年も教団の力になってくれている方です」


「どうも。初めまして、下山博美です」


「初めまして、秋田有斗です。よろしくお願いします」


「秋田くん、あなたおいくつ?」


「今年で21です」


「あら、そんな若い人が来てくれたの。大歓迎よ。よろしくね」


「はい」


 人の良さそうな老婦人は、笑顔を浮かべながら言った。


「それじゃあ、早速裁断を手伝ってもらおうかな。裁断機の使い方を教えるよ」


「はい、よろしくお願いします」


 秋田は裁断機と紙が置いてある机の前に移動した。


「まず、ここから紙を取る。次にその紙を裁断機の上に置いて、レバーを下げて切る。取って、置いて、切るね」


「取って、置いて、切る、ですね。分かりました」


「一度切ったら、今度はここのメモリを見て1センチずらして、それから再びレバーを下げて切る。見て、合わせ、切るね」


「見て、合わせ、切る、ですね」


「そう。じゃあ、とりあえずこの紙を全部切ってみて」


「分かりました」


 秋田は裁断機の前に立った。


「見て、合わせ、切る」


 秋田がレバーを下げると、紙は綺麗に短冊形に切れた。


「いい感じです。その調子でお願いします」


 妹尾が褒めてくれた。


「分かりました。見て、合わせ、切る」


「見て、合わせ、切る」


「見て、合わせ、切る」


 この後、秋田は黙々と言われた通り、作業を続けた。


     

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