第39話 莉凛に気をつけろ

 妹尾が病院の待合室で来紀の回復を願っていると、総務部の下平由佳がやって来た。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です、下平さん。大世さんは?」


「実はまだ連絡がつかないんです。メッセージは送っておいたので、読んだらすぐに来てくれると思います。来紀さんは今、どんな状態ですか?」


「分かりません。お医者さんからは、まだ何も説明がありませんので」


「そうですか」


 由佳は心配そうな表情を浮かべ言った。


「この件について、本部はどのような対応を取るのですか?」


「公式発表すべきかどうか迷う案件なので、発表することになったらすぐに対応できるよう、準備だけは広報と共に行っています」


「確かに、準備だけはしておいた方がいいですね」


「あとお見舞いの方がたくさん来られたら病院側もこまるので、入院のことを知っている信者の方たちには、ご遠慮願うよう伝えておきました」


「相変わらず、手抜かりない仕事ぶりですね」


「恐れ入ります」


「お疲れ様です」


 穏やかな声が耳に入って来た。


 視線を向けると、そこには長女の竹本莉凛と秘書の片岡エイミーの姿があった。


「お疲れ様です」


 妹尾と由佳は、立ち上がってあいさつした。


「来紀さんの容体は、今どうなっているのですか?」


「お医者さんからは、まだ何も言われていないので分かりません」


 妹尾がすぐに答えた。


「そうですか。お二人ともご苦労様です」


 莉凛のねぎらいの言葉に、二人は軽く会釈した。


「とりあえず、座りましょうか」


 莉凛の言葉を受け、4人はイスに腰掛けた。


「妹尾さん」


 莉凛が妹尾に話しかけて来た。


「はい」


「来紀さんが怪我をした時の状況を話していただけますか?」


「はい。来紀さんは教団のPR動画を撮影するためスケートボードに乗り、様々な技を決めていました。そして、最後に階段の手すりの上に乗って滑り降りてくる技を行っている最中、手すりが外れ、頭と体を地面に打ち付けてしまったんです」


「手すりは、そんな簡単に外れるものなのですか?」


「えっ? たぶん、そんなことはないと思いますが」


「そうですか」


 莉凛はとても悲しい表情を浮かべ言った。


「どういう意味ですか、竹本さん。誰かが意図的にやったと思っているのですか?」


 由佳が少し強めな言葉で莉凛にたずねた。


「その件については、来紀さんに直接たずねてみてください」


 莉凛は変わらずゆったりとした口調で答えた。


「失礼します」


 看護師が4人の前にやって来た。


「今さんの親族の方、いらっしゃいますか?」


「はい、私です」


 莉凛が手を上げた。


「先生からお話があります。来てもらえますか?」


「分かりました」


 莉凛は看護師とともに、待合室から出て行った。




 10分くらいたって、莉凛が再び待合室に戻ってきた。


「竹本さん。来紀さんの容体はどうでしたか?」


 妹尾はすぐに莉凛にたずねた。


「頭蓋骨にヒビが入り、左足も骨折していますが、命に別状はないそうです」


「そうですか」


 妹尾はひとまず安心した。


「ですが骨折しているので、しばらくの間、入院する必要があるそうです。妹尾さん。入院の準備、お願いできるかしら?」


「私がやってよろしいんですか?」


「来紀さんからのご指名です」


「えっ、意識が戻られたんですか?」


「ええ。少しの間なら話もできます。入院に必要なものを聞きに行ってください」


「分かりました」


「病室は503号室です。お願いします」


「はい。では行って参ります」


 妹尾は早速、来紀がいる病室へ向かった。




 病室の前に立ち、部屋をノックすると、中からすぐに聞き慣れた来紀の声が返って来た。


「はい」


「失礼します」


 妹尾が病室の中に入ると、来紀が痛々しい姿でベッドの上に横たわっていた。


「容体はいかがですか?」


「最悪だよ」


 来紀は皮肉混じりの笑顔を作り言った。


「ですよね」


「皆はどうしてる?」


「先ほど長濱さんから連絡がありました。撮影を中止し、みな帰宅したそうです」


「そうか。それでいい」


「あと、手すりが外れたところは部品が綺麗に割れており、どうも初めから繋ぎの部品が不良品だったようです」


「そうか」


 妹尾から事故原因を聞いた来紀は、それ以上、何も言わなかった。


「秀明」


 少し経って、来紀が再び口を開いた。


「はい」


「一つ、話しておきたことがある。莉凛には気をつけろ」


「えっ、どういう意味ですか?」


「あいつには、神のお告げが聞こえるらしい。兄貴がやらかして本部に兄弟全員が集まった日があっただろう? 覚えているか?」


「はい」


「その時、俺は莉凛に誰かに裏切られるかもしれないから注意しろって言われたんだ。兄貴の話によると、莉凛が話す神のお告げは当たるらしく、兄貴の会社のことも予言していたそうだ」


「偶然当たっただけでは?」


「俺もそう思いたいが、違う気がする」


「では、本当に神の声が聞こえると?」


「いや、そうじゃない。俺は彼女が間接的に手を下していることを疑っているんだ。秀明。皆にバレないよう、監視カメラをチェックしてくれ。莉凛の手の者が、スタジオに近づいていないかどうか調べるんだ」


「分かりました」


「あと大世は今、どうしてる?」


「えっ?」


「どうした?」


「実は大世さんとまだ連絡がつかないんです」


「まずいな。あいつは莉凛に異性問題に注意しろって言われていたんだ」

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