第28話 エイミーとのデート

 方丈が片岡エイミーと待ち合わせた場所は、バー・トロピカルという名前の南国バーだった。


 方丈が中に入ると、すでにエイミーが席に座り、飲み物を注文していた。


「すいません。お待たせしてしまって」


 方丈はエイミーに謝り、彼女の向かいの席に座った。


「いえいえ。こちらこそ、突然お誘いしたのに来てくださりありがとうございます」


 エイミーはにこやかな表情を浮かべながら言った。


「いらっしゃいませ」


 南国衣装を身につけたホールスタッフの女性が、メニュー表を持って、方丈の元にやって来た。


「とりあえず、飲み物を注文しませんか?」


「そうですね」


 エイミーの助言に従い、方丈はメニュー表を開いた。


 中を開くと、そこにはあまり聞きなれないカクテルの名前が並んでいた。


 方丈はその中で唯一知っていたマイタイを注文することにした。


「マイタイを一つ」


「マイタイですね。ご注文ありがとうございます」


 ホールスタッフの女性は、すぐに下がって行った。


「この店には、よく来るんですか?」


 方丈がたずねた。


「実は、今日が初めてなんです」


「えっ、そうなんですか?」


「友達にこの店のピニャコラーダが美味しいから飲んでみてって言われたんで、それでこの店を選んだんです」


「そうだったんですか。それでその、ピニャ、コ?」


「ピニャコラーダ。ラム酒、パイナップルジュース、ココナッツミルクで作ったカクテルです。ちょっと飲んでみます?」


「えっ、いいんですか?」


「どうぞ。どうぞ」


 方丈はエイミーからグラスを受け取り、口をつけてみた。


 すぐに口の中に優しい甘さが広がった。


「これは、飲みやすい。油断したら飲みすぎちゃいますね」


「でしょう? この店で一番人気のカクテルなんです」


「人気の理由も分かります。後で僕も注文してみます」


「本当? 気に入ってくれて、私も嬉しいわ」


 エイミーが素敵な笑顔を浮かべて言った。


「お待たせしました」


 先ほどのホールスタッフの女性が、マイタイが入ったグラスを運んできた。


 方丈はグラスを受け取り、口を開いた。


「乾杯しましょう。二人の出会いに」


「ええ」


 エイミーもグラスを手に取った。


「二人の出会いに」


 方丈の声に合わせて、二人はグラスを合わせた。


 そして互いに、飲み物に口をつけた。


 マイタイのさわやかな味が、すぐに口の中に広がった。


「片岡さんは、今日もお仕事だったんですか?」


 方丈はグラスをテーブルに置き、エイミーに話しかけた。


「プライベートの時は、エイミーと呼んでください」


 エイミーが少しツンとした表情を作り言った。


「分かりました。では僕のこともプライベートの時は駿悟と呼んでください」


「いいわよ、駿悟」


 エイミーは柔らかな表情に戻し、方丈の名前を言った。


「エイミー。今日も、お仕事だったの?」


「ええ。選挙が近いから、あちこち顔を出さなきゃいけない所があって。その調整だけで、もうてんてこ舞いよ」


「ご苦労様。あと一週間の辛抱だよ」


「ええ。何度も自分にそう言い聞かせてるわ。でも、大変なのは私より莉凛の方よ。ほぼ休みなく動き回っているから」


「そうなの?」


「彼女、日本に頼れる人がいないから、積極的にあちこちの集会に行って顔を売っているの」


「そうだったんだ。莉凛さんは、並々ならぬ覚悟で後継者レースに参加しているんだね」


「ええ。一度決めたら最後まで全力でやり抜く所は、昔から全然変わってないわ」


「昔から?」


「そう。実は、莉凛と私はアメリカのIT会社にいた時からの知り合いなの。初めて会ったのは……」


 ここから小一時間、エイミーは莉凛がどれだけ素晴らしい人物かということを延々と語り続けた。


 方丈はそんな彼女の話をずっと聞き続け、デートはそこで終了した。



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