第8話 合同結婚式
仕事が終わり、下山が更衣室に戻ると、上田が深刻な表情を浮かべながらスマートフォンを見ていた。
「ヒロ、何かあったの?」
下山は恐る恐る上田に声をかけた。
「しもやん。妹が韓国で大変なことになっている」
「えっ?」
「夫の暴力で怪我をしてるって、今、母親からメールが来た」
「警察には届けたの?」
「ああ。でも、宗教絡みだから積極的に動いてくれないんだって」
「ひょっとして、合同結婚式を挙げたのか?」
合同結婚式とは教祖の今瞭征が男女の写真とプロフィールを見ながら結婚相手を決め、合同で結婚式を挙げるものだ。
男女の家庭こそが幸福の礎と言う教団の考えに基づく催し物であり、新しき学びの宿の大きな資金源の一つになっていた。
「ああ。俺もさっき知らされた」
「そうだったんだ」
「二人とも、どうか無事でいてくれ」
上田は祈るように、スマートフォンを握りしめた。下山は上田にかける言葉が何も思い浮かばなかった。
方丈探偵事務所の方丈と秋田は、事務所にて、どの兄弟の所へ潜入するか話し合っていた。
「少なくとも長男と次男は歪みあっているから、どちらかの方にはいかないとダメだよな?」
パソコンのモニターに映る四人の候補者のプロフィール画像を見ながら、方丈が口を開いた。
「そうですね。あと、三男は後継者になる気は全くないので、外していいですよね?」
「そうだな」
「長女はどうします? 彼女、本気で後継になろうとしてるんですかね?」
「わざわざ、このために仕事を辞めて日本に来てるから、冷やかしということはないだろう」
「そうですね」
二人で色々話し合っていると、事務所の中に小柄な若い女性が入ってきた。
「お疲れ様」
入って来たのは、アシスタント兼コスプレイヤーの上橋一海(うえはし かずみ)だった。
「お疲れ、一海。メール見てくれた?」
方丈が声をかけた。
「もちろん。面白いことになってるじゃない?」
「こっちは大変なんだよ」
「教団をぶっ壊すんでしょ? 派手に行きましょうよ」
「ダメですよ。バレないようにやらないと。狂信的な人たちにどれだけ恨まれるか」
秋田が一海をたしなめた。
「そうなの? でも、潰れちゃったら、そこまで気にしなくてもいいんじゃない?」
「ダメ」
方丈と秋田は、そろって一海の意見を否定した。
「そうなんだ。で、今は何をしているの?」
「どの兄弟の所に行ったらいいか、話し合っていたんだ」
「ふーん。どれどれ」
一海がパソコンのモニターを覗き込んだ。
「長男は、ずいぶん気が強そうな顔をしてるわね」
「長男の今天音は、自ら健康食品の会社を立ち上げ、成功を収めたやり手の男だ。会社経営で培った人脈を使い、新規の信者を獲得している」
「ふーん。それに対して次男は、なんか今風な感じね」
「今来紀は教団の広報を担当している。SNSの扱いが上手で、フリーターやニートなど、今、社会的弱者と言われている人たちを取り込もうと頑張っている。ちなみに、長男と次男は犬猿の仲だ」
「社会的弱者を取り込むのって、宗教としては正しい形よね」
「ああ。王道と言っていい」
「三男は、ヒップホップか何かやっている人?」
「今大世は、教団の総務部長で、彼は全くこの後継者争いに興味はないそうだ。事実、信者を集めるため、何かやっている様子はない」
「確かにやる気は全く感じないわね。じゃあ、この女性は?」
「彼女は長女の竹本莉凛。後継者争いの話を聞きつけて、突如アメリカのIT会社を辞めて日本に来たそうだ」
「名前が違うのは、なぜ?」
「教祖である今瞭征が、愛人に産ませた子だから」
「認知しているの?」
「ああ。だから、この後継者争いに参加している」
「そうなんだ。でも、彼女、アメリカにずっと住んでたんでしょ? 地盤もないのに、どうやって戦っているの?」
「持っているITとマーケティングの技術を使って、SNSを中心に信者を集めている。あと定期的に公民館などで直接対話も行なっている」
「結構、本気でやっているのね。それぞれの特徴は分かったわ。そこまで分かっているなら、どこに行けばいいか決めるなんて簡単じゃない。方丈君は長女の所。秋田君は次男の所」
「一海さん。どうしてそう思ったんですか?」
秋田が質問した。
「簡単よ。長男は身分が固い人を狙っているし、三男はそもそも興味がないからパス。次男は若者を取り込もうとしているから、秋田君が適任。長女は幅広く信者を集めているから、方丈君が適任。ねっ、いい選択でしょ?」
「異論ないです」
秋田が答えた。
「いい案だ」
方丈も一海の意見に賛同した。
「じゃあ、決まりね。バックアップは私がしっかりやってあげるから、二人は後顧の憂いなく信仰に励みなさい」
一海は真面目な顔を作り、目の前で手を合わせた。
「一海、俺たちが行く所はキリスト教系列だ。合掌する所じゃない」
方丈が突っ込んだ。
「どっちだっていいわ。似たようなもんでしょう」
一海は軽い調子で答えた。
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