第17話 惚れた方が負けなのか?
しかも、陽人のお母さんまで一緒に出てきてさぁ? そう言ってその女の子はぷんすか怒っていた。あの日か。
「私ですら、陽人のお母さんに紹介してもらっていないのに!」
あたしとしても、桜木くんのお母さん――エリートピアノ講師のさくら先生に紹介してもらえたのはラッキーだったというか、棚ぼただったわけだけれども。もっとも、この子とはまた違った意味だけど。
なんと言えば良いのか分からず、曖昧に笑みを浮かべてその場に立ち尽くしていると、どうやらその態度がむしろ相手の気に障ったらしい。
「だんまりを決め込むつもり? 話にならない! 陽人も呼んでくるから、そこで待ってな」
そう言い捨てて、その子はどこかへ行ってしまった。おそらく、桜木くんを呼びに、C組にでも行ったのだろう。それならば最初からそうしてくれ、その方が話が早いのだから……とため息をついた。
「……ピアノを習ってるんだよ?」
案の定、桜木くんは首を傾げながらそう答えた。
「とぼけないでよ! 私、見たんだから!」
「ピアノレンタルスタジオから、親と、高中と、俺、が出てきたんだろ? どう考えてもピアノ弾いてたじゃんよ」
「2人で密室に居たわけでしょう? 恋人がいるのにどういうつもりなの」
「そりゃあ、防音室なんだから密室じゃなかったら音漏れまくりだろ」
彼女さんの暴走に逐一ツッコミを入れながら、桜木くんは終始面倒くさそうにしている。あたしは何を見せられているんだ?
「防音室だろうがなんだろうが、私、知らない! おかしいって、恋人でもない男女がそんな近い距離で何時間も一緒に過ごすって」
でも、ふと自分に置き換えて考えてみると、彼女さんの主張もほんの1ミリだけ、理解できる気はする。仮に、あたしに初めてできた大好きな彼氏がいたとして。彼が、他の女子と毎週楽しそうにピアノを弾いているとしたら。……いや、ピアノはあたしから見てかなり身近で、理解するのが容易な存在だから、この場合適切じゃないのかもしれない。もっとあたしの知らない世界――そうだ、例えば、スポーツなんかが良いかもしれない。もしも、あたしの初めての彼氏が、バドミントンで男女ペアを組んでいたとして、毎晩毎晩、二人きりで練習をしていたとしたら? 彼の趣味を応援したいとは思いつつも、「二人きりじゃなくてよくない?」「相手はその子じゃなくてよくない?」「そもそもどうして男女ペア?」と、余計な考えが浮かんでしまうのではないか、というのは想像に難くない。
あたしと桜木くんのピアノレッスンは案外殺伐としている部分もあるのだけれど、相手はそんなこと知らないしな。それに……桜木くん、彼女さんにピアノを始めたなんてことすら言ってなかったんだ。あたしなんかよりも、村松さんなんかよりもずっと近い距離であるはずの、彼女さんにそれを伝えていないのって、どうかと思う。
「ああもう、面倒くさいな!」
ふいに、桜木くんが首を横に振った。
「付き合うことになったときに、やりたいこととか、趣味とか勉強とか、そういうのの邪魔をしないことって、言ったよな。それが破られるようであれば、俺、別れたいと思うんだけれども」
目に涙を浮かべて、何も返せずにいる彼女さんを差し置いて、なぜかあたしが「はい」と挙手をしたのだった。
――――――――――
本日の1曲
シューマン(リスト編曲) 献呈
これ、紹介したことなかったですよね? (念のため)
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