第22話 クラシックは、共感の繰り返し

「それ、別にピアノ始めたって言わないよね」


 三浦さんは鼻で笑いながらそう言った。


「……そうです、かね」

「たまにいるよねー。大人の人に多いんだけど、独学でピアノやってますって……まだね? まだ、好きなポップスを真似して弾いてみるとか、そういうのだったら分かるんだけど、ましてやクラシックピアノで独学って、もはや矛盾なんだよねぇ」


 矛盾とは。


「だってさ、大昔の大先生方の名曲を現代に生きる私たちが弾くんでしょ? それならば、その大昔から伝わってきた、正しいピアノの弾き方、姿勢、解釈……そういうの、ちゃんと勉強しなきゃ無理に決まってんじゃん。自分一人で勝手に弾こうだなんて、もはや大先生方に失礼。それともあなた、大昔の方と交信でもできるんですか? ってね」


 三浦さんの鬼気迫る様子に、あたしはただぽかんと口を開けるしかなかった。


「ふふ、ねぇ、美織ちゃんはそういう変なことを言う『大人のピアノ愛好家』になんてならないよね? そういう人たち、『ピアノが特技なんです』なんて言う資格無いんだから」

「えっと、そういう方々と何かあったんです?」


 ピアノのプロとして、音大生として、音楽や演奏活動を続ける上では、そのような考え方であるべきなのかもしれない。それでお金を取るというのであれば。――しかし、別にその矛先って、趣味でピアノを弾く他人に向けても仕方ないのでは? そもそも、そういう人は三浦さんのライバルでも、商売敵にもなり得ないというのに。


「……別に、私はそういう人たちを軽蔑するってだけの話。独学でここまで弾けましたーなんて、そういうドヤり方する人いるけど、私は小さい頃から厳しい先生の元で、ひたすら、ひたすら鍛錬を積んできたような、そういうピアニストしか信じないから」

「はぁ、そうですか。まぁ、そういう頑張ってきた方々がプロになっているってのはそうだろうなと思います。厳しい努力を積んできた、三浦さんみたいな方が、芸術で認められてしかるべきってのは、あたしも同意しますね。ただ、最近では結構そういう趣味で簡単にピアノを始める方々も増えてきておりますので、そういう考えはお家で吐き出しておいた方が無難っすよ」


 あたしは嘘がバレやすい人間だから、同意できないものに同意を示すことはできない。ただ、相手の信念が世界を滅ぼすとか、他人を傷つけるものでない限りは、相手の意見に異を唱えることもない。あくまで、話す場所を選べよ、ってだけである。


「でも、美織ちゃんは『こっち側』だったでしょう? 私の言っていること、共感できるんじゃない?」

「……どうですかね」


 話を逸らしたくて、話題をいくつか頭に思い浮かべる。――彼女との接点は、本当にピアノしかなかったんだよなぁ、と改めて気づく。


「ふふ、最初から期待してないよ。美織ちゃんは好きじゃないもんね、『共感』なんて」


 あたしは、三浦さんの言葉に口を噤む。


「でもさぁ、クラシックってそれこそ、作曲家たちの人生に寄り添って、共感して、その想いを曲に乗せる作業の繰り返しってわけじゃない。――そういう作業、本当に美織ちゃんは一人でできるのかしら?」

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