第20話 面倒くさめのアマチュアピアノ弾き
フードコートで注文を終え、料理を待っている間に、何となくSNSを開いた。友人たちはまだ注文している最中のようだ。――あたしはこういうとき、食べたいものを選ぶのが極端に早い。
【ストリートピアノ 大人】
【ストピ 承認欲求】
【ストピ 早弾き大会】
ついつい変なワードで検索してしまい、さらに地獄のような投稿の数々を目にして頭を抱える。そうこうしているうちに、注文を終えた友人たちが各々席に戻ってくる。あたしはスマホの画面を落とす。何をやってるんだ。まるであたしが、承認欲求を満たすためにストピを弾きたがっているみたいじゃないか。――でも実際、中学生の頃のあたしは結構すごかったし、見た目もまだ子ども感が抜けきっていなかったから、楽器屋さんでピアノを少し試奏すると「あの女の子、すごい曲弾いてない?」みたいにこそこそ言ってくれる人もいたし、「あなた、本当に上手ねぇ?」と声をかけてくれる方も居たりした。しかし今は、その辺によくいる高校生。私服を着ていれば、見た目はもしかすると成人と大差ないかもしれない。しかも、高校生としてはごくごく一般的なレベルのピアノプレイヤーなので、何ら特別なことはない。そんなあたしが如何にも「あたし、すごいでしょう?」顔で、公共の場においてあるピアノを弾き鳴らすなんて。
手元の呼び出しベルがおおげさな音を鳴らし、震える。あたしは注文した長崎ちゃんぽんを受け取りに席を立った。
久々に来たカラオケではこの前の合唱祭の課題曲を歌った。ピアノを再開するきっかけとなったこの曲を、あたしは全部のパートの音程を知っている。練習のときには、伴奏だけ弾いていたわけではない。各パート(ソプラノ、アルト、テノール。混声三部合唱)の音取りをするのだ。
でも残念ながら、ピアノが弾けるからといって必ずしも歌がうまいとは限らない。絶対音感があるからといって、音を外さずに歌うことができるとは限らないのである。
「あたしはね、『あ、今あたし音を外しながら歌っているな』と自覚しながら、外れた音程で歌っているの。――音痴って、音感が無いっていうパターンと、単に喉が不器用で、思った音を出すことができないパターンと2種類居るんだから」
間奏中にめいっぱいの言い訳をするあたしのことを、友人たちはいつも生温かい目で見るのである。
友人たちと別れて、帰路についたころにはすでに18時だった。母に「今帰る、夕飯は予定通り家で食べます」とLIN○を送った。――今日はもう、ピアノは弾けないんだな。ふと、そんなことを思った。合唱祭でピアノ伴奏を任されてから昨日までの4、5か月ほど、1日たりとも欠かさず、少なくとも30分ほどはピアノに触れてきた。しかし、こんなにもあっさりとその習慣が破られてしまうのである。1日の休みは、3日分の練習を無に帰す。これが本当だとすると恐ろしいことであるが、いずれにせよ明日のあたしは、きっとピアノの鍵盤を重いと感じ、ミスタッチも少々増えるのであろう。この点が、ピアノの厄介なところである。勉強は、たとえ1週間ほど一切机に向かわない日があったとしても、たったそれだけのことで成績が落ちるなんてことはまず、ない。
「ピアノ、マジでコスパ悪いんだよな」
あたしは思わず、帰りの電車の中でそう口に出して呟いていた。
「最近の子どもはコスパコスパってすぐに言うけれども本当にダメだ、軟弱ものばっかりだ。俺たちの時代はな、スマホも無ければゲームも無かった、不便な世の中だ、だから自分で工夫して、勉強もして……」
最初、その的外れな言葉があたしにかけられたものだとは思わなかったけれど、「ほら見ろ、最近のガキはそうやって年長者の言葉を耳に入れない」と言われたタイミングで、絡まれているのはあたしなんだと気づいた。隣の席に座っていた老人が、空虚な目にあたしを映し出しながら、自分の言いたいことをただ口にしていたのだ。猛烈な恐怖を感じ、あたしはあわてて荷物をひっつかみ、幸運にも途中駅にて停車中であった電車を飛び降りた。
――――――――――
本日の1曲
メンデルスゾーン 無言歌集 イ短調 『後悔』
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