第19話 ストリートピアノは、誰のため
そうして迎えた春休み。――桜木くんのレッスンは、一時中断。あの後彼は、「少し、母親と話してみる」と言ってくれたのだった。いずれにせよ、レッスンの形態(報酬や、レッスンの頻度、時間等)は考え直すべきだと思っている。仮に、お母さんと折り合いがついた場合に、自身で練習してみて、弾き方が分からない部分をあたしに訊きに来てくれればよいと思う。その方が、練習時間が取れない彼には効率的だと思う。
さて、今日のあたしは少々すがすがしい気持ちである。桜木くんのレッスンに関する問題解決に関しては、あたしにできることは終えたといったところだし、何より、今年度の成績が出そろって、無事、高校2年生も特待生続行が決まったのだ! そういうわけで、あたしは友人たちと久々に外に遊びに出掛けていた。ショッピングモールで服など見たあと、食事からのカラオケを予定している。
「……それで、
「ほんと、誤解とくの大変だったんだから……なんなら、まだ疑われてるかも」
「イマドキさ、アカハラ、セクハラしてるって疑われないように、大学教授も部屋を全開にして面談とかするらしいじゃん。女子高生にもそんな時代が到来したか」
「防音室開け放してピアノ弾くのヤバくない?」
桜木くんの彼女の名前は理子さん。友人曰く、結構キツい性格をしているらしく、桜木くんに近づく女の子を悉く責め立てて泣かせてきたらしい。てか桜木くん、モテるのか。彼女がいて、さらに複数人の女の子に言い寄られるだなんて……。運動部ではないみたいだし、いわゆる「イケメン」というわけではないから、ちょっと意外だった。まぁでも、学級委員もやっているみたいだし、成績は良好なようだし、モテるか。どうりで、理子さんに対する態度が余裕に満ちているというか……悪く言えば「付き合ってやっているのだから」というスタンスだったよな、と思い返す。そんな彼の様子に少々違和感を覚え、同級生ながら説教をかましてしまったけれど、大丈夫かしら。
そんなことを考えていたら、不意にピアノの音が聴こえてきた。――ショッピングモールに置いてある、ストリートピアノの音だった。曲は、ブルグミュラーという作曲家による『アラベスク』という作品だけど、なんだかめっちゃテンポが速い。数人の子どもがピアノに群がっている様子を見るに、子どもあるある「アラベスク速弾き大会」が開催されているようである。色とりどりに彩飾されたアップライトピアノと、子どもたち。あたしが子どもの頃は、あまりストリートピアノって無かったと記憶しているのだけれど、妙に懐かしいような、不思議な気持ちになる。
「美織、ストピ弾いてきなよ! 超絶技巧でちびっ子達をビビらせてきな」
友人の言葉にあたしは首を横に振った。
「ああいうのはね、ちびっ子達だから良いの。誰も高校生の大きなお友だちの演奏なんて期待してないんだから」
「えー、うちらは聴きたいよ」
「ダメダメ、内輪受けすぎるでしょ。大人のストピは、プロ以外騒音なんだから」
あたしは、いつかSNSで見かけたストリートピアノに関する誰かのコメントをそのまま口にした。本気でそう思っているわけではないけれど、自分に言い聞かせようとしたのだった。
同時に――
「えー、違うじゃん。ストピは、誰でも気軽に音楽を楽しむために置いてあるんだよ?」
どういうわけかそんな台詞が、あたしの脳内では村松さんの声で再生されるのだ。
――――――――――
本日の1曲
ブルグミュラー 25の練習曲 『アラベスク』
ラシドシラッ、ラシドレミッ、レミファソラッ、ラシドレミッ♪って言えば伝わる方もいる。
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