第18話 説明責任の所在
「あのさ、桜木くん」
あたしの呼びかけにこちらを振り向き、彼は少し驚いた顔をした。というのも、あたしは少しだけ、彼のことを睨んでいただろうから。――迷惑をかけたのは俺の彼女なのに、どうして俺が睨まれている? と思ったかもしれない。
「一番長い時間を一緒に過ごしているはずの彼女さんにさ、自分の趣味の話だとか、放課後何してるだとか、そういう情報を十分に共有できていないのはどうかと思うけど」
桜木くんは困ったようにでも、と呟いた。
「でも、高中だっていやだろう? もしも……そうだな、それこそ高中に彼氏がいるかどうかは知らんが、仮にいたとして、そいつが高中が頑張っているピアノを邪魔してくるような男だったら」
「いや、どうだろう。あたしは一度しょーもない理由で簡単にピアノを離れている人間なので……多分恋愛優先になる」
桜木くんの顔面が、「おいおいマジかよ」と言っている。ような気がする。
「まぁ、趣味への向き合い方は人それぞれなので置いておいて……でもさ、仮に自分が告白された側であっても、告白した側であっても、相手に最低限の安心感を与えるっていうのは、彼氏彼女の責務だと思うんだけど。それが『付き合う』ことに了承するってことだと思ってたよ? いつも一緒に帰っていた相手が、理由も告げずに突然一緒に帰れないって言い出して、しかも蓋を開けてみたら他の女の子といる……って、十分に疑いを持つ理由にはなる」
「でも、実際何も疚しいことはないだろ! それは俺自身が分かっているし、高中も分かっているわけで」
「そうね。実際疚しいことはない。……あ、これ彼女さん覚えておいてね。本当にうちらなんもないから。でも、彼女さんは信じてくれないわけだ。それは、桜木くんの説明不足が原因なわけ」
桜木くんはむっとした表情で「そもそもどっちの味方なんだよ」と呟いた。
「あたしは基本、女の子の味方だよ♪」
ちょっとふざけてそう言ってみたところ、桜木くんも彼女さんもちょっと引いた様子だったので、あたしは真顔に戻る。
「冗談はさておき、桜木くん。あたし、君に言わなければいけないことがあるんだ。――君のお母様から、レッスンの中止を打診されている」
この話をするのにうってつけのタイミングだと思ったのだ。
「知ってる。音楽の世界は甘くないからって……その世界のこと知ってるからって、エラソーに! 俺は俺で、別にそれで食っていきたいって言ってる訳じゃない、ただ、音楽をやってみたい、それだけなのにさぁ」
「家にピアノがあるはずなのに、なかなか練習が進んでいない理由もそれね。お母様に隠れて練習するしかないから、時間が取れなかったと……」
桜木くんのお母さんは、ピアニストだから――それでお金を稼ぐ道にいるからこそ、あたしたちみたいな素人が、ただ音楽を楽しむためだけにピアノを弾くこともあるということに、あまりピンと来ていないのかもしれない。
「人間の思い込みというものはすごく強いから、桜木くんのお母様を説得するのは難しいと思うし、彼女さんの誤解を解くのも難しいかもね。でもさ、桜木くんの場合、最初から、理解してもらおうとする努力すら放棄してしまっているわけだけれど、それってアリなの?」
人は一人では生きられないから。あたしたちには家族が居て、友人や恋人が居たりする。やりたいこと、成し遂げたいことはそれぞれあれど、周りの人間と上手く折り合いをつけなければならない場面は多々ある。あたしだって、親がOKと言う範囲内で、それなりにピアノを頑張っているのである――
そんなことを考えながら、やはりここ最近のあたしは友人を蔑ろにしすぎている、と思い直したのであった。
――――――――――
本日の1曲
バッハ 第1巻 第2番 BWV847 プレリュード・フーガ
何となく、今回のお話にぴったりな曲調な気がして……笑
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